2.August
夏休み。私は何も部活には入らなかったので、宿題とお盆休みだけの退屈な夏休みが訪れていた。
彼は野球部で、練習の毎日なのだろう。短髪に滴る汗を流しながら白球を追いかけたり、大きな声でエールを送ったり忙しいのだろうとぼんやり考えていた。
日中彼の姿をグラウンドに探しに行こうと思ったのだけれど、そんな大それた勇気など持ち合わせても無く、私は悶々とぼんやりと日を消化して行った。
そんな夏休みも中間点を迎え、そろそろお盆のお迎えの準備が始まった頃、友人から盆踊り大会を一緒にみにいかないか?と誘いが来た。私は特に何も予定がなかったので、2つ返事で応えた。さあ、何を着ていこう。友人に尋ねたら
「一緒に浴衣で行こうよ!皆で浴衣合わせしたいな。」
との返事。私は去年祖母に縫ってもらったクリーム色で、桜の花弁柄の浴衣を着ていく事にした。淡い緑の帯を選んで、外から音頭や囃子が聞こえてくる頃には、季節外れの桜の木が一本完成していた。
待ち合わせの場所に行くと、もう他の皆は揃っていて、久しぶりに登校中の女子同士が醸し出す賑やかなテンションに包まれた。
りんご飴。金魚すくい。わた飴。鮮やかな夜の景色。夏の夜を照らし出す数多の提灯。友人の1人は小さな男子が買う様なカッコいいヒーローのお面をひとつ買った。
「ジャンケンで負けた人がこれかぶるんだよー。」
と勝負を持ちかけ、見事に事の提案者が敗北、その日はずっと世界の平和を守る羽目になった。
私は水のヨーヨー釣りをして、レインボー色の氷菓を食べながら、真ん中ではつらつと廻る音頭の列をぼーっと見つめていた。
「あ。。彼はお盆何しているんだろうな。。」
ふと、そんな事が頭をよぎった。夏休み中も彼の事を考えなかった日はない。少しの間友人との再会で心が盛り上がっていて、彼の事を暫し忘れていたのである。
一旦思い出したら気がかりになって忘れられないのが人の常なのだろうか、恋を患ったらなかなか治らないのと事の感覚は類似している。
いつの間にか無意識に友人達の姿越しに、彼の姿を探し始めていた。どんな浴衣を着るのだろう。誰かと一緒にお祭りにくるのかな?
色々な期待と一抹の不安が同時に過った。そして私は更に、その不安をかき消すために彼の姿を探していた。友人との会話も虚ろになり、相づちもデタラメになりそうだった。
きょろきょろしながら歩いたせいか、私は人ごみの一部に過って衝突した。そんなに大げさにぶつかった訳ではないのだが、相手は、
「いってえー!!」
と大げさな声を上げたかと思うと、私の方をじろじろと見ながら因縁をつけて来た。高校生くらいだろうか、明らかに見た目ガラの悪そうな品のない男性達。私は何度もごめんなさいごめんなさいと繰り返したのだが、その男の口調は次第にしつこくなり、
「この後俺らに付き合えよ。」
と無茶苦茶な頼みをして来た。友人達もどうしていいのかわからず。ただ立ち尽くしていた。
「ほらいいじゃんw たのしくやろうぜ?」
と男達が私の腕を掴もうと手を伸ばしたその時、
「すみません。女の子泣いちゃってるじゃないですか。自分は彼女の知人です。このままですと、警備に報告しにいきます。そこに父も居ますので。」
と男の子の声がした。泣きながらそっちを向くと彼が居た。普段着で小さな浴衣姿の女の子と男の子を連れている。
衝突を利用したチンピラ共のナンパ未遂案件はこうして解決の途を辿った。
そうして、私は2度彼に助けられた。
登校日。あの日の彼の行動は殆どの私のクラスの生徒は殆ど知っていた。おしゃべりな私の友人達の仕業である。悪事は広がるのが早いと聞くが、こんなちょっとした事件もこのコミュニティでは広がってしまうのか。と感じた。そういや、誰かと誰かが交際を始めたとかいう恋の話等もここの民の大好物なのであろうか。周りでは彼が私を2度も救った事で何か特別なものが有るのではないのか?という噂も立っていた。彼はいつも通り変わらない態度で接してくれている。普段通り素っ気ない態度で、でも私と彼が会話をする度に、周りの空気がざわっとざわめく様な感覚があった。彼はそれを何ともない様な素振りを見せているのだが私はそんな空気が耐えられそうになく、登校日の予定が終わる事を待たずして保健室に運び込まれた。
調子者の男子は彼に「付き添っていってやれよー。」とはやし立てたが、彼は「保健委員が付き添えよ。」と静かにきっぱりと返した。
私はしばらくの間、ベッドの中に居た。保健室の天井はよく見ると広い。そして真っ白だ。微熱を帯びた様な意識で、彼の言葉を繰り返していた。周りの体を気遣っての事だろう。あんな事を言ったのは。私はそんな事に気を配る余裕もないほど気分が悪かったので、多少落ち着いて来た今。
「彼が付き添いで連れて来てくれて、ここで看病してくれたらなんて形容の出来ない幸せな気分なのだろう。」
と心の中で何かはしたない程の甘美な余韻を感じていた。でも、そんなことになったら、私は何も話せない。まだあの時のお礼もろくに伝えてないのに。あ、だから出来れば2人きりになれる時が欲しいな。などと延々とうつろな意識で考えを巡らせて居た。
終業のチャイムが鳴り、今日は午前で家に戻れる。保健の先生が、
「家の人呼ぶ?」
と尋ねてくれたのだけれど、家族まで心配をかけたくもなかったし、横になったらだいぶ気分も良くなったので。とりあえず皆が下校した頃合いを見計らって教室に戻る事にした。
教室になんとか戻り、誰も居ない事を確認して、私は机の中の物を鞄に入れ始めた。と、その時机からプリントと一緒に何かが落ちるコトリと言う音。栄養スティックだった。コンビニで売っている様なアスリートが補給のために食べる棒状のスナック。あれ?こんな物持って来てないのにな。と思いよくそれを見たら。、
「ちゃんと栄養とれよ。」
とサインペンので書いた様な文字。紛れも無くクラスメートの誰かからのプレゼントだった。誰からだろう。名前は書いてない。彼だったらいいな、と真っ先に思ったのだが。何も判らないし、何も糸口も見つからなかった。だけれども何の理由か判らないけれども嗚咽のない細い数筋の涙が出た。
昇降口を出て、無意識に野球部の居るグラウンドを見つめた。かれは三塁側でエールを叫んでいる。私は遠くに彼の姿を見つめながら、涙の処理も出来ぬままゆっくり帰宅した。
そして、私は彼との距離を感じ始めて来た。
Pinky Finger @mimoriotone
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