Pinky Finger

@mimoriotone

1.May

 何でだろう、こんなに辛い羞恥は耐えられない。私は教室に立ち尽くし大粒の涙を惜しみも無く零していた。これ以上この状態が続けば大きな声で幼児の様にここから逃げ出し、終いには自分の殻に閉じ籠ってしまうのではないか。そんな精神の淵を泣きながらさまよっていた。

 3時限目。英語の授業。終わる数分前に単語ゲームをし、それで最下位になった者が罰ゲームとして教諭が用意したお題をの演技を披露するというルール。初老の英語教論が独断で始めたセンスの無い授業カリキュラムだ。

 私たちは入学してまだ1ヶ月の中学1年生である。教室ではしゃぐ元気はあるものの、思春期特有のシャイな面も持っている。私はとりわけ物静かでもなく元気だと言う訳でもない、普通の生徒。。。だと思っていた。しかし単語ゲームで最下位になった(単にパーティーゲーム程度のルールではあったが)という事実と、何の演技心も芸も持たない状況での恥ずかしさが次第に倍増していって自分の力ではコントロールできなくなっていった。自分はこんなに恥ずかしがりだったんだと初めて気がつき、そのショックもあって誰の救いにも反応できない程に泣きじゃくっていた。

 教論の無茶ぶりなお題は授業を重ねる毎に難易度が増していき、今回は多少破廉恥な内容もふくまれている。男子ならおちゃらけて出来なくもないのだろうが。女子の私としては心が張り裂ける程、顔から火が出る程恥ずかしい試練だった。

 と、その時右斜めに座ってた男子が、

「やらねえんだったら俺がやるよw。」とすくっと立ち上がり。最近テレビで見かけるコメディアンの真似をする様に一瞬の演技を始めた。

 とその時終業のチャイムが鳴り、私の地獄の様な時間は終了となった。


 昼休みが過ぎても、あの時の緊張と鼓動は収まらなかった。休み時間、彼にお礼を言おうとしたのだが。まだ嗚咽がおさまらず、彼に「早く落ち着けなよ。」と言われる始末だった。そのまま1人だけの気まずい沈黙が続いていた。給食も殆ど喉に通らず、友人が心配して「今日は早退した方がいいよお。」と言われてしまった。

 午后の授業はそれでも平常の体を成し、徒然と過ぎて行った。

 そして私が家に戻った頃には家族と会話できるくらいにはなっていた。でも実際、今日はひとつ大きな傷とそれを覆い隠すような治癒が私の心の中にあったのは紛れも無い事実である。その副作用によってほんの1つ甘美でロマンチックな疼きが産まれていたと言う事は、その時の私は気付く間も無かった。


 夜。眠たげに瞳を閉じる。斜め前の席が私の理想であるかの様に表情を変えて脳裏に浮かぶ。彼の背中を見ていない時間、私の理想がまたひとつ彼に近づいていく気がした。朝が待ち遠しい。しかし眠れない程の興奮は無かった。でもぼんやりと上の空の侭で時を費やしてしまうには充分すぎた。会えない休日が辛く感じた。世の偉人や詩人達はこれを「恋」と呼んだのだろうか? それとも「はしたない感情」とでも呼んで秘密の園でそれを嗜んだのであろうか?

 とにかく、胸がチクチク痛くて仕方が無い。


 その後彼とはそんなに特別な会話も無く、彼も普通に接してくれていた。でも、自分が意識すればする程誰にも明かさない緊張が密かに走り、ちょっとした優美な会話の断片も掴まえる事が出来ないでいた。

 完全に、私は彼に恋をしていた。

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