エピローグ(大どんでん返し)

「こういうのなんて言うんだっけ? 骨折り損のくたびれ儲け?」


「そうですね。ただ考えようによっては、すべての謎が解けたんですし、お兄さんも無事だったんだからいいじゃないですか」


 昼過ぎ。太陽が照りつけるアスファルトの上を、助手席に初音を乗せた木村の車が走っていた。ふたりは先ほど敬一郎の家を後にして、K県への帰路についたばかりだ。


「でも、なんか釈然としないわね。あれ、この辺りって……」


 ぼんやりと窓の外を眺めていた初音が疑問を口にした。


「ああ、そうですよ。新新地駅の近くです。帰り道だったみたいですね」


 車がゆっくりと速度を落としていく。信号停車だ。そこで初音は、前方の横断歩道を渡る人ごみの中に、見知った顔を見つける。昨日、新新地駅で運転手のことについて訊ねた糸目の駅員だ。今は私服姿で、手には紙袋をぶら下げていた。


 職場の近くなのだから、別段おかしなところはないように思える。だが、このとき初音は何か予感めいたものを感じた。


「木村。ここを右に進むと、何がある? 北新地駅はそっちだったっけ?」


「そうです。それがどうかしましたか?」


 初音は木村に、例の駅員がいたことを話した。初音の勘が正しければ、彼が向かう先は北新地駅のはずだ。


 駅員に途中で気づかれないよう、車を降りて、初音一人で跡をつけることにする。


 やがて初音の思ったとおり、駅員は北新地駅の中に入っていった。


 色褪せたホームの中で、唯一色彩を放っている花瓶の前に、駅員はいた。紙袋の中から水筒を取り出すと、花瓶の中の水を取り替えて、新しい花に差し替えていた。


 初音の勘は正しかった。このお供え物は、彼が行っていたものだったのだ。


 駅員は初音の存在に気づくと、驚いたような表情を浮かべたが、口に出しては何も言わなかった。


「お祈りしてもいいですか?」


「確か、ここで亡くなった被害者のご友人でしたね。当然の権利です。私に断る必要はありませんよ」


 初音はそのことを訂正しようとして、やめた。意味のないことだと思ったからだ。駅員の傍らにしゃがみ込むと、手を合わせてお祈りをはじめた。


「――君は、事故の真相を調べていると言っていたね」


 しばらくして駅員が口を開いた。目を閉じてお祈りをしている格好のままだ。


「昨日、夢に奴が出てきたんだ。君にすべてを話せという啓示だったのかもしれないな。二年前ここで起こった事故の真実を――」


 そして駅員はゆっくりと初音に向き直った。


 二年前の真実。それは大輔が小田博子を殺したという話だろう。その真実はすでに知っている。そう答えようかとも思ったが、結局言い出せなかった。


 一つは男の表情からは、有無を言わせないほど強い意志が窺えたからだ。おそらく真実を聞かせるのが目的ではない。真実を話すことが目的なのだ。


 そしてもう一つ。真実という言い方が気になった。運転手は事故当時、睡眠中だったはず。何も知らないはずなのだ。


「当時、運転していた人物がナルコレプシーだったという話は知っているかね?」


「はい。あと、自殺されたという話も聞きました」


「……そうか。彼が事故当時、寝ていたという話は、私が無理やり語らせたものだ。実際には、彼は、事故の一部始終を目撃していたんだ――」


 ああ、なんてことだ。


 初音は気が急くのを止められなかった。北麦畑駅を飛び出した初音は、木村の待つ車へと急いだ。


 途中で、敬一郎から電話を受ける。焦る初音以上に焦った声。


「立花。隆文兄ちゃんから連絡があった。肝試しの場所。あれはやはり夜通埼神社だった。それだけじゃない、その肝試しに参加した連中と、その家族が――」


「わかってる。八人が死んだのよね? 私も今、事件の真実を聞かされたばかりなの!」


 ――彼が目撃した事故の真実が、あまりにも現実味がなかったので、『お前、本当は居眠りをしていたんじゃないのか』と私が責めたのだ。あのとき彼は、ホームに残る被害者の女子高生の姿。改札口から立ち去ろうとする女子高生の姿。そしてフェンスの隙間から侵入しようとする男子生徒の姿を目撃していた。


「それだけじゃないんだ、立花。例の呪いのことが書いてあったサイト。どこにも見つからないんだ!」


「なんですって!? ――とにかく電話を切るわ。早く弘瀬に電話しないと!」


 初音は敬一郎との通話を切ると、弘瀬に電話をかけた。しかし、呼び出し音は鳴るが、出る気配がない。


 ――彼は見たんだ。駅に残った女子高生の背後。そこに突然、もう一人の女性が現れたのを。

 長いズタボロの髪の毛は顔を隠すように覆い茂り、同じくズタボロの長襦袢を身にまとっていた。服は血痕で汚れ、服から伸びる手足はところどころ肉がそぎ落ち、骨まで見えていた。

 老婆のように折れ曲がった極端な猫背だったが、それでもなお、その身長はホームに立つ女子高生よりも、頭一つほど高かった。


 気が焦る。弘瀬はまだ電話に出てくれない。


 ――次の瞬間、その化け物が、女子高生を線路に突き落としたのだ。線路に突き落とされた女子高生は慌てて逃げようとしたが、逃げられなかった。

 すぐさま金縛りにあったように、歪な格好のまま固まっていった。まるで、見えない存在に羽交い絞めにされているように。そこに彼の運転する電車が突っ込んだんだ。


 なんということだ。初音は後悔した。まさか、そんな馬鹿げた話があるなんて思ってもいなかった。夜通埼神社の呪いは実在したのだ。だとすれば、弘瀬は――。


 電話をかけ続ける。


 そして、漸く電話が繋がった。


「もしもし、弘瀬? よか――」


「――捧げたよ。八人全員、捧げたよ」


 受話口の向こう側からは、木の葉が擦り合わさるような、乾いた音が聞こえていた。

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怪異的な彼女 ~だけど真犯人は別にいる?~ 赤月カケヤ @kakeya_redmoon

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