第5話 FF(前輪駆動)
「く、蔵人(クラウド)先輩、犬に追いつかれてますよ!」
豪雨の中、隣の車線で黒いプリウスと併走するものがいた。メガネ坊主が跨った白い犬だった。犬の足踏みはゆったりとしているのに、まるで風の様に走る。ホバークラフトの様な異様な走りだ。
「…んんんん!(投石!)」
「気味が悪いわー!」
蔵人の操縦するプリウスは隣の車線に幅を寄せ、犬に跨った投石に体当たりする。ドンという車両が響く感触があった。
「んんんんー!!(投石ー!!)」
「やったか!おい、帝陀(ティーダ)あいつはどうなってる?!」
右側の後部座席に座っている帝陀が窓を開け、首を出して後ろを確認する。雨飛沫が激しく車内に入り込む。
「…いないっス」
「んなわけねーだろ!目悪いのか?!」
「いや、俺の視力は3.ゼ…ローラー!!」
後部座席の真ん中に挟まれていたオレオは目を疑った。窓から突き出した帝陀の首を、上から白い犬がかぶりつき、窓の外に引っ張っている。
「うおおおおぉ、天井にいるのかよ!おい、ティーダ?!」
「先輩!やばい!助け…」
パニック気味の悲鳴がふと遠ざかる、窓の外に引きずり出されたのだ。サイドミラー越しにずぶ濡れの車道に帝陀が転がっているのが見えた。
「ティーダー!!」「さっきは痛かったのであります」
引きずり出された帝陀が座っていた座席、つまり運転席の後にずぶ濡れのメガネ坊主が座っていた。
「て、てめえいつの間に、守凍(スコール)なんとかしろよ!」
蔵人のハンドルを握る手が冷たい汗で湿る。すぐ後ろにメガネ坊主がいる。蔵人はそっとバックミラーを覗いた。
「お前は後で殺す」
猫の様な蛇の様な瞳孔を開いた青い瞳と目が合った。口の周りが四角の形で赤くなっている。侵入者により勢い良くガムテープを剥がされたらしい。
オレオは口を大きく開いて左側に座っている黒髪の少年を振り向き、そして齧りついた。右肩の服を貫き犬歯が深々と刺さる。
「みぎゃーー!!!」
黒髪の少年は必死でばたつき殴り、オレオを突き放そうとするが、オレオは肩肉を食いちぎらんばかりに深く噛み付いている。押し離そうとすると肉が裂けそうになり激痛が走った。
「パパパパパパパ…!」
「守凍ー!!」
「さて、」
蔵人の首に後部座席から長い腕がまわってきた。そのままヘッドレストごとゆっくりとチョークスリーパーがかかる。
「とりあえず、車を停めるのであります」
雨の降る河川敷、タイヤを破られ、窓ガラスを全て叩き割られたプリウスの中に血だらけの男二人が気を失っていた。全裸だった。
服は剥ぎ取られて川に捨てられてしまったらしい。
天狗のしわざか 花井ユーキ @kimugn
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