第4話 変な犬

下校中の投石は先程の白い犬と歩いていた。激しい雨が降っている。

「おい、投石」

ビニール傘をさしたオレオが投石の後から駆け足で追いかけてきた。足元に水しぶきが踊る。

「何でありますか」

投石は傘をささないまま歩いている。ずぶ濡れの学ランが生昆布の様にへばりついていた。雫がしたるメガネの奥で細い目が面倒くさそうにオレオを見下ろす。

「お前傘ささないのかよ。てか、その犬どうしたんだよ? さっきまで殺し合ってたじゃんよ」

ビニール傘越しにオレオが投石を見上げる。やたらと歩みの速い投石の歩幅に早足でついてきている。オレオは見た目は白人の少女だが、背は高くなく中肉中背といったところだ。長身の投石と比べると頭一つ以上の差はあった。

「正当防衛であります。この犬は貰ったのです」

「はあ?」

オレオは訳が分からなかった。なぜにケンカした犬を貰うと言うのだ。それより、人の犬をもらったりするものなのか。

「もう少し詳しく」

「えー面倒くさいのであります」

「ヨーグレットやるよ」

オレオが6個入のタブレット菓子を投石に差し出す。雨に降られて水が滴りまくっている。

「…頂くのであります」

投石はお菓子を受け取り、学ランのポケットに入れる。

「こいつ…、変な犬なのであります」

「?、別に普通のデカい雑種じゃねーの?」

雨でぐっしょり濡れた白い犬は、やや毛の長い普通の雑種にしか見えなかった。雨に降られながらのそのそと歩いている。

「足元を見て欲しいのです」

オレオは投石の指さす先を見た。その先には至って普通の犬脚しかうつらなかったが、ふとオレオは違和感を感じた。

普通に歩いているのだが、たとえ水溜りを踏んでも波紋も飛沫も起きない。まるでこの世界に存在しないかの様な幽霊みたいに。


「お、お!おばけ!」


普通の女子中学生同様、ホラーの類が苦手なオレオは真っ青になって後ずさりしようとする。

「…多分おばけではないのであります。それがしの膝蹴りが確実に入っていました。つまり実態はあるのです」


その時、交差点に差し掛かった瞬間、黒い車が飛び出してきた。一番手前にいた投石がドカっと音を立てて飛ばされる。

「ひでぶ!」

「投石?!」

黒のトヨタプリウスだった。その場に止まりすかさず後部座席からおりてきた男二人がオレオを掴む。

「きゃっ!なんだテメーら!ふざけんなよ!!」

オレオは反射的に肘で片方の鼻を打とうとしたが、狙いがうまく定まらずなだれ込む様に後部座席へ引きずられる。

間髪入れず黒いプリウスは静かな走行音と共に発進する。


雨が降る中の突然のパニックと対照的に車の中は静かだった。

「テメーら、どういうつもりだぁぁ!」

オレオは全力で暴れる。隙あらばドアを開けて飛び出してやろうと藻掻くのだが、男二人に挟まれているため上手くいかない。

「大人しくしろ!クソアマ!」

左側にいる男がガムテープでオレオを拘束しようとしている。随分細身な男だ。マスクで口元を隠していたが、オレオは見覚えがあった。先日ナンパしてきたチャラ男だった。

「てめぇ!昨日の…ぶっ殺してやる!」

オレオは男の喉に噛み付こうと歯をガチガチ鳴らしながら何度か試しているが、結局はガムテープで口を塞がれた。両手も結束バンドで拘束されてしまったがなお全力で抗おうと大騒ぎする。

「うるせえ!静かにさせろ!盗難車なんだぞ!」

運転席の茶髪の編み込みの男が怒鳴る。オレオよりは確実に歳上だろうが高校生くらいだろう。無免許運転に違いない。

口にガムテープを貼られたオレオは物理的に静かになりざるを得なかった。

「んーんー!!」

「なんつーアマだ。しかし聞いてた通り顔はいいな、本当に外人じゃねーか」

運転席の男がバックミラー越しに後部座席のオレオを吟味する様に見ている。

「乳はねーが」

色の入った細いメガネ越しにいやらしい目が光っている。

「睨むなよ、お前、帝陀(ティーダ)の鼻を割ってくれたんだよな」

「んーん〜!!」

青い目が(殺してやる)と言わんばかりにバックミラーを睨みつける。

「安心しな、たっぷり落とし前はつけてもらうからよ…その、からdぶべら!!」


走行中のプリウスの隣を未確認物体が走っていた。でかい白い犬に跨ったでかいメガネ坊主だった。



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