第3話 教師は保身に走る

襲いかかる大型犬の頭に赤いレンガがガッとぶつかる。投石は続けて赤いレンガをそっと持ち上げて、もう一度打撃を与えてみる。振り下ろす様な豪速球だ。

「…投石だ!」

「名前通りじゃねーか!」

攻撃の最中こそ無防備なもので、その一瞬の隙に合わせる攻撃がカウンターとして機能する。

さすがのチャウチャウらしき大型犬も予期せぬ攻撃にショックを受け、血液を流しながら後ずさりする。


(まさか、この儂が人間如きに…)


戦意を失いつつある大型犬に投石の追い討ちが加わる。こめかみを狙ったつま先を立てた回し蹴りだった。投石の長い脚がバールの如く犬の頭を強打する。

「慢心が貴様の敗因であります」

イノシシの様な大型犬がうつむきに倒れる。気を失っていた。

「人間如きに負けるはずも無かったはずなのに」


真っ赤な歓声が校舎を揺るがした。投石の完全勝利だった。何故犬に追いかけ回されていたかはさて置いて。

ちなみにオレオも「うおおおおぉ」と興奮の唸りを上げていたが、すぐ我に返り頬を赤らめ黙る。


投石は職員室に呼び出され白谷に叱られていた。どうやら飼い主はPTAの役員だったらしい。白谷は取り敢えず保身に走るタイプの教師であった。一方的な叱咤に対して投石は「はあ」「まあ」しか返事をしない。メガネの奥の細い眼は窓の外の はるか遠く曇天を眺めていた。

いきなり課された自習の時間にオレオのクラスはお祭り騒ぎになっていた。いつもぼーっとしてる投石の予想外の格闘センス、理不尽な教師に対する怒り。そもそも何故に投石は犬に追いかけ回されていたか。

ふと教室の扉が開き、投石が入ってくる。クラスが興奮に包まれ投石を讃える。

「大変だったな投石!」

「お前、なんで犬とケンカしてたんだよ?!」

いつもは関わりの皆無に等しいクラスメイトが投石を取り囲む。皆、好奇心を孕んだニタニタした笑みを浮かべている。

「はあ、まあ」

何事も無かった様にクラスメイトの間を抜け、投石は自分の席に座る。カバンの中から本を取り出し、さも当たり前かの様に読書をはじめた。

投石の肩透かしな無反応に不満を覚えたクラスメイトは当分しつこく投石を質問攻めにした。祭りの熱気が冷めていない。しかし、投石は全くクラスメイトを相手にせず、メガネ越しに文字を追う。やがてはクラスの興奮も少し冷め、いつも通りの日常に溶けていく。

(オズの…魔法使い?)

オレオだけが投石と彼が読んでる本のタイトルを横目に見ていた。

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