第2話 投石VS

「まだ五月なのに台風が来るんだって」

「またえらい時期に来おるねんな」


食後の玄米茶を啜っていると天気予報が流れていた。窓の外は夜のとばりが落ちてきている。

「私は台風って何故か懐かしく感じるんだ。変かな?」

オレオの父、甘茶規夫は縁側でタバコをふかしていた。問いには答えずに長ーい煙を吹き出す。


「…オズの魔法使いって言うおとぎ話があってな」

父の口から意外な言葉が出てきたのでオレオは少したじろいだ。そういう物語がある事くらいは知っている。

「カンザス州のドロシーって女の子がハリケーンに巻き込まれて、魔法使いの国に行くんや」

大工であり、関西弁が抜けない父とアメリカのカンザス州と言ったワードにひどく違和感を感じたが、オレオはお茶を啜りながら話を聞く。

「そこで出会ったカカシとブリキのロボットとライオンの力を借りて冒険するんやけど、まあ結局は無事帰ってくるんやわ」

「へー」

「その帰り方なんやけど、カカトを三回叩いて…」

「カカトを叩く?なにそれ」

「えーっと、、忘れた」

「忘れたんかい」

カンザス州とかは覚えてるのに大事な所を忘れているものだと少し呆れた。規夫は何も無かったかのようにタバコをふかしている。

「あれ、終わり?」

「終わりや。図書館で読んでオチ教えてくれ」

規夫は大阪出身のくせに話にオチをつけないことがある。オレオからしたら馴れたもので、逆に会話にいちいちオチを付けなくて済む辺り楽だった。

「気が向いたらね」

「オレオは飛ばされるなよ」

「日本にハリケーンとかねーよ」


台風の影響で学校が休みということも無く、オレオが通う中学校は通常運転だった。正直休めると思っていたのでがっかりした。曇り空だけどんよりと気持ちを落ち込ませる。

クラスはいつも通りの模様で授業前の喧騒を楽しんでいた。やれバラエティ番組がどうとか、アイドルの誰彼がどうとか、オレオもテレビは観るもののいちいち話題に挙げる程のものとは思っていない。ややついていけないところがあった。


「はいはいおはようさん、出席とるぞ」

担任の白谷がドアを開けて入ってきた。体操着にクロックスのパチモンを履いており、イマイチぱっとしない中年である。あいうえお順に出席を取っていった。ちなみに甘茶オレオは一番最初に呼ばれるので、悪目立ちしていた。気に入らなかった。


「…投石と畑はまた遅刻か?

ったく、あいつらにはやる気を感じんな」

それはあんたも似たようなものだと思いながら窓の外を見ていると、校庭がおかしな事になっていた。


(なげいし?!)


長身のメガネ坊主が運動場を駆け回りながら何かから逃げていた。三匹の犬が彼を追い回している。クラスで気づいているのはオレオくらいだ。

(あいつ何やってんの?!)

追い回している犬はいずれも大型犬で、犬種は分からないが一匹一匹が人一人咬み殺せそうなスペックを醸し出していた。


「おい、あれって投石じゃね?!」

「犬に追われているぞ!」


クラスメイトが気付き出した。ざわめきがクラスを取り巻く。学生とは校庭に犬が入ってくるとプチパニックを起こすものである。


「よけろ、あぶな!」

「やり返せ投石!」


好き勝手窓から叫ぶクラスメイトに視線を返すほど悠長な現場ではなく、投石は真剣に犬と戦っていた。校門から飼い主らしき小太りのオバサンがキャーキャー叫びながら入ってくる。


黒いシェパードの様な犬が噛み付いて来るのを長い腕ではたき、後ろずさりすると、次はチャウチャウの様な茶色い犬が被せかかろうとした。俊敏な動きで敢えて斜め前へ避け、後に構えていた白いよくわからない雑種っぽい犬に回し蹴りを入れる。

「キャー、カートちゃん!やめて、うちの犬なのよ!」

「おい、ばか。投石何やってんだやめろ!」

窓から担任の白谷が叫ぶ。やめたら死ぬだろうが。オレオは心の中で突っ込む。


「あのババアマジキチ」

「リードつけてねーんだ、マナー違反だぞ」

「…勘弁してくれよ、おふくろ」

「お前ん家の犬かよ小判!」


投石もクラスでは浮いた存在だった。家が貧乏だという理由でお下がりの学ランを着ているのも浮いていた。オレオの中学校の制服はブレザーである。

さすがの修羅場を前にクラスメイトもことのヤバさに焦っている。今となっては全ての教室の窓からブレザーの群衆がバトルに沸いていた。紺色が蠢いている。


飛びかかるシェパードらしき犬に向かって敢えて踏み込み、マズルに強力なエルボーが入る。突き刺す形の肘打ちだった。

「キャイーン!キャイーン!」

「いやー!クリスちゃーん!!」

シェパードらしき犬が身悶えしていた。さすがに戦意を失ったか。


「投石やるなあ」

「しかし、あのオバサン、NIRVANAのファンなんじゃねーのか?」

クラスのざわめきが興奮に変っている。不良らしき不良のいない21世紀、乱闘騒ぎなんて初めての経験だったのだ。


チャウチャウらしき犬をいなしながら白い犬に通算3度目の蹴りを入れる。頭を抱えこんだ膝蹴りだった。白い犬がばたりと横に倒れる。


「カートちゃーん!!!」


「もう1匹やったぞ!」

「ぺ」

「しかし、あの白い犬、別に何もしてなくね?!」


学校は興奮の渦に巻き込まれていた。クラスでは常に斜に構えているオレオすらハラハラしていた。負けるな投石。頑張れ投石。


チャウチャウらしき犬は図体がでかいだけあって、さすがの投石も間合いを縮めれず何も出来ずにいた。

倒された兄弟分の無念を背負い、咬み殺す気合いを投石にぶつけてくる。


「おい、やべーぞ!」

「花壇に追い込まれたぞ」


イノシシ並にでかいチャウチャウらしき犬はついに投石を追い込まれたと確信した。唸り声を漏らしながら投石へと突進する。後がない投石にとって、絶対絶命の危機が訪れた。


「なげいしー!!」

オレオの叫びが歓声を突き抜ける。

























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