Ep1ー2 Mad scientists and thunderclap


「巡回任務、ですか」


 隣で立ち上がったヒロが、そう言った。

 その言葉に善通寺は深く頷いた。


「その通り、君の0番隊を中心に複数の小隊で市街の巡回捜査を行ってほしい」


 ヒロは訝しげな表情で問い掛ける。


「何故、わざわざ我々を? 自惚れでなければ我々、特等部隊は対策局の懐刀。温存しておくべきと言ったのは貴方ではないですか」

「ああ、そうだ。だがこれは不測の事態、君たちを奮うのは今こそだと考慮した次第だが」

「それは過剰戦力と愚考します。そもそも0番隊の権限は先生……マリエル技師の物。その彼女に許可はとったのですか」


 ヒロはひそめた眉を気にしようともせず、そう言ってのけた。

 確かに、と僕は内心で同意をする。

 僕らが動く云々の可否はすべて先生の一存にあるのだ。


「うむ、その件についてだが」

「―――――その件については、心配ありませんよヒロタカ」


 善通寺が発言しようとした声に被せるように、鈴の音色のような声が響いた。

 聞きなれた優しげな声音は僕の中に染み渡るようで、それはヒロも同様。

 間接照明の淡い光に照された金糸はきらきらと輝き、ビスクドールのような美しさのなかに、慈母のごとき心がある。

 溢れ出す優しさを湛えたその笑顔は、会議室にいる誰もを魅了した。

 白と黒のゴシックドレス、顔を薄く隠したレースのヴェール。

 車椅子に腰をかけて入室したのは、他でもない僕らの母であり先生である。


 ―――――マリエル・アナスタシア。


 その人だった。


「先生!」

「先生、なんでここに!」


 僕とヒロが同時に声をあげる。

 こちらを見て微笑んだ先生は、優しい声で諭すように言った。


「ヒロタカ、ソウジ。あまり声を荒げないで、局長にお呼ばれしたのよ」

「マリエル技師、よく来てくださった。こちらへどうぞ」


 善通寺は畏まった言いぐさで先生を招き入れる。

 僕らはそれを呆気にとられたように、ただ見るしかなかった。


「可愛い私の子供たち、あなた方0番隊に命じます。どうか彼の言うことを聞いてあげてほしいの」





 ◆





 その後、自宅への道中で暴走した警備用装甲車に出くわした訳だが、今は後処理も済んで、とんぼ返りした本局にて先生と会話に興じていた。

 八瀬君たち0番隊の皆はなんともなく、僕らの家がある区画には被害は及んでいないようだった。


「そういえばソウジ、デバイスの調子はどう? 帰ったらメンテナンスをしなくちゃいけないわね」

「はい。特に異常も見られませんし、痛みも無いので大丈夫です。最近は起動もしていないので数値も安定していると思いますよ」


 そう言って、僕は首筋に嵌め込んだチョーカーのような機械を撫でる。

 これは先生が開発した特殊機巧装置「マキナ・システム」の起動用デバイスだ。

 マキナ・システムとは簡単に説明すれば、安全性の高い脳内麻薬といったところ。

 同期している機巧兵器の性能向上及び、脳内伝達物質の流れを早め、当事者の運動神経や反射速度を著しく上昇させる機巧兵器だ。

 特別な施術はリスクを伴うが、命の危険はないらしい。

 先生が確立した技術で、施術適合者は皆が基本的に孤児や捨て子だから、先生が僕らの家で保護している。

 ヒロ率いる0番隊は構成メンバー全員が適合者だ。

 結成当時は隊員総数14名だったけれど、今では半数以下の6人。

 8人は戦死、名誉の殉職だった。全員、先生が看取ったらしい。


 生き残った6人。ヒロと僕、功太郎に八瀬君、羽屋見さんと鏑木だ。

 功太郎は僕とヒロの同い年で、フルネームは二階堂 功太郎。

 八瀬君は僕たちの三つ下の17歳で、下の名前は英士エイシ

 羽屋見さんは唯一の女の子で、八瀬君と同い年。下の名前は理子サトコだけど、本人にはダサいから苗字で呼んでほしいと言われている。

 鏑木は僕らの一こ下、お調子者だけど良い子だ。下の名前は新平シンペイ


「それにしても、なんで僕らの出動許可を降ろしたんですか? いつもの先生なら善通寺局長の言うことでも頷かなかった筈です」

「そうね…… 少し、嫌な予感がするの」

「嫌な予感、ですか……?」

「ええ、貴方たち0番隊が必要なほどの大事に、なるかもしれないわ」

「0番隊が必要なほどの……… ヒロにも、相談しておきます」

「お願いね、私もすぐに帰るから」





 ◆





 帰宅したら話したいことがあると、連絡メールをヒロへ送った僕はそのまま家へ帰った。

 基本的に温存すべき戦力であるボクたち0番隊は、常時待機命令が出されている。自宅も本局に近い位置にあり、非常時にすぐ対応できるようになっているのだ。


「おかえりなさい副長、戦闘になったみたいですが無事でなによりです」


 そう言って微笑んだのは0番隊構成員の一人、八瀬君だ。


「ただいま、悪いけどお茶淹れてくれるかい」

「はい、分かりました。アールグレイで構いませんか?」

「いや、アッサムでミルクティーにしてほしいな。甘めのほうが良い」

「了解です」


 余談だが、紅茶集めは僕の趣味だ。

 ソファーに腰掛けて首もとをくつろげていると、リビングの奥にある扉が開いた。


「功太郎、お疲れさま」

「ああ」


 ジャージのズボンを一枚だけ穿き、タオルを首にかけた若干二メートルの巨漢。寡黙な雰囲気を纏う彼は、二階堂 功太郎。

 恐らくトレーニングルームに居たのだろう、体から湯気がたっている。


「今日の会議であったことは聞いているかい?」

「ヒロから」

「そうか。自壊式の人口頭脳や暴走した装甲車もそうだけど……なにより」


「先生、お茶淹れましたよ」


「ん…… ああ、ありがとう」

「どういたしまして、二階堂さんも飲みますか?」

「構わない」

「分かりました」


 そう言って八瀬君はキッチンへ戻っていく。

 自分のぶんも淹れるのだろうか。

 仕切り直して、口を開く。


「話を戻すけど、なにより信じられないんだ。先生が僕らの指揮権を一時的とはいえ、善通寺に委譲するなんて」

「………」

「それも他ならない善通寺の要求だ。普段なら飲むわけがない」

「なにか、裏がある……?」

「ああ」


 一口、ふんわりと甘いミルクティーを口に含み、下で転がして飲み込む。

 脳の隅々まで、糖分が行き渡るような気がした。


「別にマリエル先生を、疑ってる訳じゃあないんだ」

「分かってる」

「けど……きっと何かあるんだ。そう、例えば―――――」


 功太郎の顔を窺うように一拍置いて。


「善通寺だけじゃない、対策局っていう一つの組織が、大きな闇を抱えているのかもしれない。先生はそれに巻き込まれてる可能性がある」

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Cløckwørk・Children.《クロックワークチルドレン》 坂本Alice@竜馬 @EnagaItori0306

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