Ep1ー1 Mad scientists and thunderclap


 巻き上がる灰塵の中から、弾かれるように飛び出す。

 砂と焦げくさい臭いが、酷く鼻についた。

 腰に下げた二振りの黒鞘から一刀、赤い柄の打刀を抜き払う。

 灰色の視界にぬっと姿を現したのは、八本の足と二門の機関砲を持った蜘蛛のような多脚高機動装甲車。

 幽かに揺らめく赤いモノアイは、獲物をつけ狙う獰猛な肉食獣を思わせた。


「無人機、それに近くの警察署所属…… まさか盗難機?」


 僕は右手に握り締めた赤柄の刀、露切ツユキリを正眼に構えた。


 一瞬、そこから飛び退く。

 硬いセメントのタイルを12.4ミリ口径の鉛弾が、粉微塵に砕き割る。

 僕は着地と同時に、機関砲を回り込むように走り出す。

 二門目の機関砲が唸りを上げて火を吹いた。

 訓練で鍛え上げられているとはいえ、人であることには変わらない。

 弾丸の嵐は走り抜ける僕に追い付いた。


「捕捉。モーター起動、異常なし」


 右の瞼を閉じると、流れていく景色がすべて、自分も含め、何倍にも遅くなる。

 スローモーションと化した世界で、迫り来る弾丸を開いた左目が捉えた。

 じわりじわりと近づく銃弾すべてに、赤いロックオンサークルが展開。それをすべてなぞるように、モーターで電磁加速した機巧義腕と露切を切り払った。

 最後のひとつを刀身の腹で叩いて逸らし、そのままもう一度地面を蹴り抜く。


 ここまでの動作、一秒にも満たない。


 そのまま装甲車の側面まで肉薄して、八本の足のうちの二本を根本から切断する。ごとりと傾いた機体の背に飛び乗り、近い方の機銃に露切を突き立てる。

 間髪いれずもうひとつの機銃に飛び込んで、握り込んだ右の拳を叩き込む。装甲を貫通した右腕をそのまま引く抜くと、火薬漏れをしたマガジンが指に絡み付いていた。


「対物弾……口径も大きいな……」

「―――――宗二!」

「ああ、ヒロ。そっちは片付いたのかい?」

「なんとかな。処理は二階堂に頼んである」

「分かった。僕は八瀬君たちの様子を見てくるよ」


 硝煙の向こうから、機巧化した両腕を剥き出しにしたヒロが歩いてきた。

 彼は雨宮 尋孝、僕が所属する特等0番隊の隊長にして僕の幼なじみだ。

 僕は露切を鞘に戻し、戦車の背面から飛び下りた。

 

「俺は本局に伝えに行く。急に警備用の装甲車が暴れだしたのかは分からんが、事態は大きい。火急の報せだ」

「うん、僕も伝えたいことがあるから、また後で」


 そう言って走り去ったヒロを見送り、歩き出す。

 僕はここ一時間前のことを思い出していた。

 




 ◆





 家から出発した僕は、本局にてヒロと合流していた。

 緊急召集は思ったよりも深刻な事態のようで、会議室には重たい空気が漂っている。

 僕はそっと耳打ちするように、隣で腕を組んで椅子に座るヒロに話しかけた。


「……ねえヒロ」

「……どうした」

「僕ら0番隊が呼び出されたからなんとなくは予想してたけど、結構大事おおごとなのかな」

「まあ、案の定だがな。なんでも追っていたブラックリストの一人が尻尾を出したそうだ。警察じゃ片付かん代物だろう」


 深く腰かけるヒロの目付きは険しい。

 事の重大さをしっかりと理解しているようだ。

 これでも特等部隊の隊長、地位はそれなりのものを築いている。ある程度の説明なら詳細までとは行かないでも聞かされてはいるんだろう。


 そんなことを考えながら椅子に座り直すと、会議室の扉が乱暴に開け放たれた。


「よし、集まっているな」


 体の芯に響くような低音の声音がが、会議室を震わせた。

 決して大きな声じゃない。

 けれど耳に残る、発したのは先程入ってきた眼帯の巨漢。

 彼の名は善通寺ゼンツウジ 介道カイドウ、全ACEを統べる対策局本局長である。

 白みがかかった髪を後ろに撫で付け、左目に眼帯を着けた獅子のごとき形相。

 齢54にして衰えを感じさせない元ACEである。


「今回皆に集まってもらったのは、近頃多発している精神異常者―――――俗に廃人と呼ばれる"自我が抜け落ちたような市民"の事についてだ」


 さわり、と会議室が揺れる。

 この場にいる人間は皆一様に既知の事実なのだろう。

 先程善通寺が言った事態、まるで人形のように体を投げ出し、言葉も発っせなくなった「廃人」が近隣の歓楽街で発見されたのは、ここ最近のことである。


「これは恐らく、機巧犯罪の可能性が高い」


 そう宣った善通寺の背後にあるモニターが、とある画像を映し出した。

 どよめきが広がる。

 ヒロの表情は鋭くなり、僕も眉間に皺を寄せた。


「これは先月新たに発見された廃人の資料だ。見て貰えば分かるように、頭頂部付近に妙な模様が見てとれる」


 彼、善通寺の言う通り、ピックアップされた資料画像に映る男性の頭部、旋毛の近くに八角形で銀色の模様が見えた。

 それは髪の毛を抉るように皮膚にめり込んでいて、僅かに金属的な光沢がある。


「これは――――― 機巧化の施術跡だ」


 どよめきは更に大きくなり、勢い余って椅子から立ち上がる者までいる。


「彼ら被害者の身体を全身隈無く赤外線で検査をした結果、すべての廃人に共通することがあった………」


 善通寺が手元のキーボードを操作して、画像を更新する。

 それは数枚の、頭部のレントゲン画像だった。


「………脳が無かった。代わりに数時間で自壊する人工頭脳が組み込まれていたんだ」


 そこに映る頭の中は、まるで誰かに盗まれてしまったかのように、がらんどうとした空洞だった。


「現時点での被害総数は32人。このままではまずい、急ぎ対策を考案する」

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