ラブミー〜女の子は世界を救う〜

上原トム

第1話 おっさん、女の子になる

-ひまわり銀行。ここは今日まで俺が勤めていた会社だった。

会社の前にある大きな明るいひまわりのロゴの看板を見て俺は一礼した。

「入社から13年ありがとうございましたっ!」

俺は独り寂しくその場を後にした。

…大学を卒業して今まで、思い出は何も残っていなかった。

所詮こんなものか、俺の人生は…。

「真面目に堅実に、誠君はいい子!」

俺の頭で何度も繰り返し、思い出す。父に言われた、母に言われた、先生に。

やんわりと上司に『希望退職』を言い渡されたのだ。何だよ『希望退職』って。

俺は一切希望してねーよ。


俺はその後ひたすらぐうたらと家の中で過ごした。

そう失業保険が降りる。13年分も俺の給料から引かれていたんだ。

退職金だって少しは出た。

このご時世退職金が出るだけありがたい。

だが2ヶ月も何もしないでいると、あっという間に体重は増え、

髪の毛はボサボサ、見るも耐えられない姿になった。

36歳の男の体は、誰にも見られなくなり、簡単に衰えていく。

何も気力が起きない・・・。ダメだ。このままじゃダメだ。

独り住む都内家賃10万円の2LDK。

インスタント食品の空ばっかりが落ちていた。


夜。

俺は初めて女を買った。

買ったと言っても体の関係じゃなかった。女の時間を買った。

名前は結衣。

HPで見たレンタル彼女。一番売れ筋の彼女、1時間1万円。

23歳。アイドルみたいな服が似合ってずっと見て見たくなるような子犬のような瞳、甘える本当の女の子って感じの声。タイプだった。

最初は良かった。しかしオプションや予約料などプラス、またプラス料金とお金がかかった。気づいたら1ヶ月で300万円使ってた。

やばい。退職金を全て使うなんて。

気づいたらカードが使えなくなっていた。

優衣にも会えなくなった。


そんな時スマホにー通のメールがきた。

かつての高校生の橘新からだった。

『久しぶりに会わないか?こないだ久しぶりに器を作ったんだ、歩本に渡したい』

俺はすぐに返信した。『いいよ、会おう』。

俺は嬉しかった。あんなに会社でひたすら真面目に働き、築いた人間関係も

あっという間に消えた。俺にメールをする奴はいなった。

だから正直に嬉しかった。

橘は俺が大学時代所属していたロボット部の仲間だった。

橘は頭が良くて理系肌だったが芸術肌な一面があった。金持ちだったかなぜか家に工房があり、実験が長引くときは工房を借りたりしていた。そのとき彼は時々陶芸をしていた。

橘かぁ。

頭が良くて、女にモテて、話術に長けた男。そんな彼がこんな俺に会いたいと言ってくれるのは嬉しいものだ。


1週間後。目黒のおしゃれなカフェで橘に会った。

橘は昔と変わらずイケメンだった。

橘は俺の姿を見て引きつった顔をした。

「どうしたんだよ、歩本。言っちゃ悪いけど、今のお前たるんでる」

「…実は会勤めてた会社を辞めてさ。家でぐうたらしてたらあっという間に太って。ドラックストアでダイエットサプリとか買ってるんだけど、全然効かなくて」

「あー市販のはダメだよ。気休めだよ」

「そっかあ。橘は昔のようにスタイル良いな」

「羨ましいか?」

「…なにそれ。俺全然そんなこと思ってねーし。ただ同じ年なのに差が出るんだなって感想言っただけだよ」

「ってか、橘、俺がこの体型保ってるの遺伝だとか思ってる?努力してるんだよ。俺なりに」

「へえ、外見気にしてんだ」

「気にしてるよ。学生の頃から、ずっと。筋トレも毎日してるし。ファッション雑誌でトレンドもチェックして、眉だって整えて、化粧水だって使ってる」

「・・・へえ。女みたいだな」

俺は少し鼻で笑ってしまった。

橘はムッとした顔をする。

「今のお前友達いないだろ・・・」

「えっ?」

「つまんないな、今のお前」

「…昔からつまんないよ、俺は」

「学生時代の頃のお前は、素直だったと思う」

橘はカバンの中からメモ用紙を取り出し、書き始める。

「これ、俺が毎日やってる筋トレメニュー。あと今サプリメント持ってるから

お前にやるよ」

橘は俺にサプリメントが入った赤い小袋をくれた。

「へえ・・・試してみるよ」

「うん、一回使ったらやめられなくなるよ」

俺はサプリメントを自分のカバンの中に大切に入れた。

「あと、器な。これを渡しに来たんだ」

俺は上の空で器を受け取った。

俺の気持ちはサプリメントを試したい一心だった。


その夜俺はサプリメントを飲み、寝た。

そして次の日の朝、目覚めて鏡で自分の姿を見て驚いた。

元の体型に戻っていた。1日で15キロも痩せていた。

いやいやそんなことはない。そんなこと有り得るわけがなかった。

でも嬉しくって頭が麻痺した。

その場で俺はもらった残りのサプリメントを飲んだ。

次の日みたら自分の姿がすらっとした体型になっていた。橘体型に似ていると思った。


すげえすげえすげえ。

これだったら人生やり直せるかもしれない。

真面目だけだった俺に選択肢が増えたような気がした。

もしかしたらレンタルしていた優衣も、お金抜きで俺のこと夫にしたいと

思うかもしれない。


しかし、また次の日起きるとまた、元の体型に戻っていた。

ちょっと前まで見ていた体型なのにげんなりする。

昨日の姿に戻りたい。

俺は急いで橘にスマホで電話した。

「なあ、橘!お前のくれたサプリメントすげえな!あれ、もっと欲しいんだけど、どうやったら手にはいる!?」

「ああ、効果すごいだろ?実はさ、そのサプリメント、僕が経営している会社が作ってるだ」

「そ、そうなのか?すげえな、橘、流石だよお前!サプリメント欲しいよ」

「ああ、いいけど、あれ普通に買うととっても高いんだ。よかったらさ、歩本さえよかったら、僕の会社の社員にならない?そしたらサプリメントは無料で渡せる」

「なる!俺!社員になるよ!」

「そう、良かった。ちょうど空いている部門があったんだ」

俺は橘作ったサプリメントの虜になった。

それから悪夢のような毎日が始まったのだった…。


俺はその後橘が経営している大きな会社の工場に向かった。

橘はダイエットの研究をしているといい、俺はダイエットモデルとして

働いて欲しいと言って来た。

俺は痩せるし、金も入るしで、一石二鳥だと喜び、契約書に判子を押した。

1時間後には豪華な昼食が出た。それを食べた後、俺は倒れて気を失った。


目を覚ますと水の中にいた。俺はカプセルの中にいるようだった。体が痛い。

俺は俺の体を見る。

見慣れない、女の体だった。

えっ?

橘は遠目から俺が暴れるのを見てカプセルの水を抜いた。

俺は外の空気を吸うことが出来た。

俺は俺の体を触る。女の体になっていた。若くて柔らかい、女の体。

俺は橘の襟をつかんだ。

「俺の体をどうしたんだ!?」

「大丈夫だよ。ちょっとした実験だよ」

「橘、俺を騙したのか?」

橘は俺の手を引き離す。

今の俺の腕は華奢でいとも簡単に外れた。

「騙してないよ。ただ実験がしたいんだけだよ。

僕と君は世界を変えるんだ」

橘がニッコリと笑った。











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