スーパーボンバーマン2と私

 人生を変えたソフトはあるかな?

 俺にはある。



 小学校をスーパーファミコンと手をつないで駆け抜けた俺だったが(時々はPCエンジンやメガドライブ、それからゲームボーイではなくゲームギアとの密会を楽しむこともあったけれども)、中学校に入ってからはNintendo 64に移行してしまって、スーパーファミコンは祖母の家に送られた。ちなみにいまだにあるしまだやる。あの時は、「もうスパ……スーファミなんてやることないぜ、これからは64 bit CPUの時代サ!」って思ってたはずなんだけど、なんなら64よりやるし(64は親戚に譲ってしまったから)、エッセイまで書く始末である。そして、下手したら命を救われている。以前、純粋脂肪批判というデブエッセイでも書いた話だが、もう一回書いておこうと思う。


 俺は快楽と退屈に弱い人間で、最近こそ「ぼーっとする」ことの良さとか楽しみがわかってきて、わかってきすぎるあまり寝てもないのに深夜になったりしているが、昔はとにかく「ぼーっと」ってのがダメだった。始終なにかを読んだり聞いたり話したり、それもできなきゃあ益体もないことを考えてて、別にそれが普通だし、何しろ自分で勝手にやってることだから誰にも文句は言えないが、こうしてると気の休まる時がない。気の休まる時がないことにすら気づかないまま結構長く生きてきた。


 ところが酒、これは凄い。強制的に「気を休める」というか、思考が散漫になって、生きているだけで楽しくなってくる。酒を飲んで、鼻歌なんかを歌っていれば、ぼやーっとしてきていつのまにか寝ている。これは凄いなと思った。たぶんそれが幸せだなと思った。


 で、とにかく度数と価格の比だけで考えて、今はよう飲まないけれど「サッポロソフト」とか「大五郎」の4リッターのやつとか買ってきて、氷だけ突っ込んで飲むみたいな生活を始めた。これは楽しかった。はじめのうちは。


 ところがある時から、酒を飲まないと落ち着かなくなるようになった。一応大学には通っていたので、朝起きて焼酎を一杯煽って、昼にはもう気だるい感じになってたので、大学近くの友人の家に上がり込んでもう一杯、で午後をやり過ごして終わったらまた飲む。バイトがある日はなんとかかんとかやり過ごして、終わったらまた飲んで倒れこむように寝て、朝起きて焼酎を一杯煽る。こんな生活をマジで半年近くやってた。


 それでもまだどこかで楽観視してるというか、やめよったらやめられるだろうし、昔は「お酒を飲む」というのがある種の人的価値として認められていて、周りもそれを褒めそやす、とまでは言わないが、「もーしょーがねーな雅島は」みたいな感じで、半笑いでどっちかと言うと肯定的、だもんで危機感も覚えず楽しく飲んだくれていた。


 が、ある時、千歳にレラっていうアウトレットモールが出来たばっかの時だったと思うが、知り合いの車を借りてドライブがてら買い物行ってぶらぶらしてた時のこと。何人かで行ったので、俺だけが運転するわけではないが、なにせ経験の足りない素人集団、こまめに交代して行こうという話になって、ってことは運転するかもしんないなぁと思ってこの日の朝は飲まずに行ったら、ついたあたりからもう手がかたかたと震えだした。すごく喉が渇いてきた。気持ちがなんか昂るのに不安みたいな変な感じになって、冷や汗をかいて。なんじゃらほいこれは、と思った。でもなんだか不思議な確信があって、手近なラーメン屋に飛び込んで、ラーメンの注文もそこそこに生ビールを頼んで飲んで、まーこのビールがうまい。手の震えも治まって、気持ちも落ち着く。よかったよかった、めでたしめでたし。


 とはならんかった。さすがにヤバくねこれは? と今更ながらに気がついて、帰りはもちろんハンドルは握らず完全に送ってもらって、帰ってきてどうすっかなと思った。


 俺の実家は小樽と札幌の境界線上にあり、大学は札幌にあって、電車で20分くらいの距離である。だから普通に自宅生をやっていたのだが、この20分が怠かったので結構近くで独り住まいしている人間のところを渡り歩いて暮らしていたのだが、さーすがにこれは実家帰ってちょっと養生した方がいっかなあと思って、で、した。


 ぜんぜん養生にならなかった。家でこそ飲まないが、家から出ないわけにもいかず、出たらどっかで飲んでしまう。うーんこりゃあ問題だぞと思って俺は、藁をもすがる思いで卒業して看護師をやってる先輩のところに出向いた。で、この人に率直に現状を説明した。


 先輩は哀れんだような目で俺を見た後、着替えを3日分持ってこいと言った。で素直に持って行ったら、今から酒が抜けるまで外出は禁止だと言った。


 えーって思った。どうすんだよ手錠でもかけるのかって思ったけど、手錠はかけられなかった。そのかわり、財布を握られて合鍵を貰えなかった。先輩が住むのはワンルームのアパートとマンションの中間みたいな家で、一階にはオートロックがあるから鍵を持たずに外に出たら家に入れないし、そもそも鍵をかけずに家を出られたら困るんだよね、と強く言い含められた。こりゃ参った。そりゃまあ、やればできないこともないが、出ても金はないし、戻るのには誰かしらに、特に先輩に迷惑がかかるから出られない。こんな監禁の方法があるんだなぁと思った。


 でしょうがないので日がな一日掃除をしたり飯を炊いたり、先輩の家の本を読んだり寝たりして(すごく眠くなったので、まあこれは良かった)過ごしたが、3日目くらいがめちゃめちゃしんどかった。参ったなーこりゃ、謎の汗だ、いいだけ寝たから寝られないし、もう本も集中効かないし、テレビも面白くない。どーおすっかなマジで、と思って、先輩に頼み込んで、酒の持ち込み不可で人を呼んでいいかと尋ねた。しょうがねーなぁみたいなことを言われて感謝をして何人か人を呼んで、それで何をしてたかと言うと先輩の家にあった(マルチタップもあった)スーパーボンバーマン2である。


 ボンバーマンはもちろんやったことがあり、攻略本の話の時にちらっとしてたが、画鋲ウソテックに騙されたりもする程度には楽しくやっていた。しかし当時の敵は親と弟で、ま、はっきり言ってぬるい、家族の団欒の一環みたいな、トランプで言ったらババ抜きみたいな、戦略なんてほとんどなくて、わーい勝ったワー負けた、そんな程度のものであった。


 このスーパーボンバーマン2はぜんぜん違った。まず俺は禁断症状が出てる、というのがかなりハンディキャップだし、相手は同年代でしっかり経験を積んできている。初手でハンドを取ったら、このハンドで壁に向かってボムを投げると、ボムは地球を一周して反対側の俺のところに飛んでくる。まだ土地を開いてなければなす術なく爆死である。爆弾はただ並べるのではなくて、角角に置くと、爆風が連鎖して広範囲に焼かれてしまう。なんだったら、「キック持ってない」ということが明らかになった瞬間に、ノールック・ノーコンタクトで挟み撃ちにして逃げられないタイミングで爆弾を置いたりする。こんな戦略はぜんぜん知らなかった。とんでもない洗礼を食らって、俺はとにかく連敗を喫した。

 

 ただこれはとてもとてもとても楽しかった。本気で悔しいのに、ゲラゲラ笑ってする敗北があるんだと思った。人間の笑いが極限まで高まると、もう声が出なくなることを知った。腹筋だけがヒクヒク動いて、血圧がゴリゴリにあがって、顔が真っ赤になって、とにかく息を吸わなくちゃって思うんだけど、湧き上がるなにかが邪魔してそれもままならない、みたいな、本気で涙が出てくるみたいな笑いがあることをはじめて知った。


 急いでアイテムを回収しなきゃと思うあまり、l字区画の真ん中にボムを置いてしまって開始位置でなすすべなく死んだとき。アイテムブロックが一個しかないステージで、アイテムは欲しいが挟まれたら死ぬ、でもキックが出た、という駆け引きをしながらキックに向かって駆けていったやつをボムで閉じ込めた、と思ったら更にもう一人がハンドで帰り道を塞いできて俺も死んでしまったとき。上下が繋がってるステージの端でうまく隠れてたら、ハリーのブロックでなすすべなく死んだとき。キノコの上を飛び越えられるステージで、ボムを置いて華麗にジャンプして移動したら、タイミングよくキノコが復活してしまって永久にジャンプし続ける存在になってしまい、全員笑い転げて勝負になんなくなり、これもハリーブロックでなすすべなく死んだとき。


 いいだけ笑った。今も少し笑っている。


 先輩ともめちゃくちゃ対戦した。最後の方、俺側のメンツが揃わなかった時に至っては、先輩の友達を呼び出してまで四人対戦をやりまくった。


 気づけば手の震えも、妙な焦りも、喉の渇きも、なんもかんもなくなってスッキリしていた。治ったみたいです、と言うと、先輩は、良かったねと言って笑った後、禁酒してる人しか参加できない治験に俺を軽やかに叩き込んだ。そこでなにが起こったかの顛末は「閑話:リパーゼ幻想」って話を読んでもらう……までもなくて、「お前リパーゼないわ」って言われてわりとすぐ帰された。


 友人の家に置いてた酒を大半は流しに捨て、飲むわって言うやつには進呈し、爾来お酒とは節度のある付き合いをしており、晩酌ですら自宅ではよっぽどのことがない限り(なんかビンゴで酒を当てたとか)しない。程よく楽しめていると思う。それもこれもスーパーボンバーマン2のおかげである。そういう意味で、スーパーボンバーマン2は、俺の命の恩人なのである。人生を変えたソフトと言ってもいいだろう。


 人生を変えたソフトはあるかな?

 俺はある。


 あなたにはあるだろうか?

 あったらその話を聞きたいと思う。

「あなたのスーファミの物語」を。






 ところで今でも1.5年に一度くらい先輩には会うが、会うたびにボンバーマンの話をしている。一度先輩がこう言ったことがある。

「いやー、貢くんとボンバーマンやったのは楽しかったねえ。今はなかなかねー。ソフトはあるんだけどねえ。……アレ? あんとき、?」

 そこ忘れるんだ!? ボンバーマンは覚えてるのに!???

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