カービィボウルと私

 敵を知り己を知れば百戦危うからずという言葉があって、おそらくこの言葉で大事なところは「己を知る」というところなんじゃあないかなと思っている。もちろん敵を知るのも大事なことだが、我々が生きるぬるくてうすにがい日常の中には、はっきりとした「敵」というのはなかなか存在してくれず、なのに戦いだけはいつもある。そういう時はもうしょうがないから、「己を知る」よりほかにない。もちろんいくら己を知ったところで、敵の正体は不明だから、百戦危うからずどころか、一戦一戦をヒーヒー言いながら乗り越えていかなくてはならないけれど、知らないよりは知っていた方が楽なところと、苦しみが減るところがあるように思う。


 じゃあ己を知りましょう、学びましょうということになるが、これもなかなかどうして簡単なことではない。己は己で、結構正体不明のもので、もはや「自分の気持ちを一番良く分からないのが自分」というのは手垢がついた表現になるくらい、我々は自分のことがなんだか良く分からないものである。


 そうして俺もご多分にもれず、自分で自分のことがまだ良く分かっていない。でも、「ああ俺ってこういうことが得意で、これだったら出来るんだな」「これ系は苦手で、こうなっちゃったらダメなんだな」というものがおぼろげに見えていなくもない。見えるきっかけの一つが、カービィボウルであったということである。カービィだから言うまでもないが、天下のニンテンドーのソフトである。


 カービィボウルというのはどういうゲームかというと、カービィをボウルとして扱うゴルフゲームである。というととんでもない血みどろの絵が浮かんだかもしれないが、安心して欲しい、クラブはない。カービィは自力で転がっていく。


 ゲームをスタートすると、まず自分のアイコンをドットで打ち込んでねってことになって、マリオペイントのスタンプで培ったドット打ちが楽しすぎてそれだけで1時間経過したりしてしまうのだが、なんとかそれを乗り越えると、ファーストステージが始まる。一ステージには8つのホールがあり、全部で8ステージで、あとエクストラステージがあって、トータルでは128ホールを回れる。


 ホールの中には何体かの敵キャラがいて、カービィがその敵にぶつかると撃破できる。全ての敵を撃破すると、最後の一体はホールになるので、今度はそこにカービィが転がればホールクリア。敵の中には「コピー能力」を持つものもいて、そいつを撃破するとカービィは一打に一度、その能力を使用できるようになる。


 さて、この「スーパーファミコンと私」史上最も役に立つことを言うが、1ステージの1ホール、すなわち1-1が始まったら、あなたは二回Lボタンを押すべきである。押したら次はAボタン。そんで、ターラーラーラ、となったところでもう一回A。あとはだまって画面を見守ると良い。


 するとしばらくしたのち、

 てれってれってってってってれってってってってー、と明るいファンファーレが鳴り響き、ピロリピッピッピーと1upした音が聞こえる。そう、あなたはホールインワンを成功させたのだ。みんなに配布するTシャツの柄は、ぜひあなたが作ったドット絵にして欲しい。


 というのを未だに覚えているくらい、このゲームには「最適解」がある。もちろん多少は揺らぎというか、タイミングを見計らってボタンを押さなきゃあならないところはあるが(たとえばトランポリンに着地した瞬間や、着水した瞬間に「がんばりボタン」を押すとか。あとトルネードは操作がちょっとムズイ)、基本的に、同じ操作をすると同じ結果が得られる。風の影響とか、敵がランダム配置になってるとか、そういうことは一切ない。

 

 じゃあ面白くないじゃん、作業じゃん、と思う人もいるかもしれないが、俺はこのシステムが大好きだった!!! 急に大きい声を出して申し訳ないが、ここが往年のテキストサイトでなくて良かったな。もしここがあの時のままなら、今のは虹色でフォントサイズは72だったぞ。


 このゲームはホールのセレクトが出来ない。だから、1-8の最適解を調査したければ、1-1から順にクリアしていかねばならない。正確にいうとノーマルステージは可能だが、そのためには全ステージで金メダル(規定打数以内でクリアすると金・銀・銅のメダルが貰える。当然金を取るにはかなり少ない打数でクリアする必要がある)を取得しなければならないので、時すでに遅しというか、まあそれでも限界を突き詰めるためには使えるんだけど。

 かてて加えて、1-8を最小打数(ホールインワン)でクリアするためには、(一見最適解に見えるパラソルではなく)1-3からハイジャンプを持ち越さねばならない、というような兼ね合いもあるので、どっちにしても1-1から地道に調べていくというのが必須である。


 これが面白かった!!

 もちろんわかりやすく「新コピー能力」が配置されてて、それを使ったらクリアできるよ、というホールも数多いが、もちろん後半に行くにつれていやらしい配置になっていき、ホール自体も広くなり、さらにはクラッコが適当なタイミングで雷を落としたりもしだす。そこを何度も何度も行って、クラッコが二発目の雷を打ったあとにエネルギーをためて、75パーセントで打つとどのクラッコにも当たらない、とか、そういうのを発見した時はゾクゾクした。


 なお、調べたところ「日本カービィボウル学会」という会があって、もうだから知識的なことを喋るつもりは一切ないが(というか今すぐこの会の公開してる動画を見にいきませんか? 俺は見ます)、とにかくここによると、理論的には123/128ホールでホールインワンが可能であるとのことである。全ホールは3打以内に回れることになってる。もちろん、というのも悲しいが、そんな水準ではなかった。でも楽しかったんだ。「3-5 二打予想」というのもあって、これはボタン制限をかけてるようなのでともかくとして、わくわくする学会だなぁ!!


  つまり俺は、「答が決まっているが、その答ははっきり見えず、試行錯誤で漸近していく」という作業が大好きで、これならいくらでもできる、ということである。で、リアル脱出ゲーム(これも好きなんです)もそう、ミステリもそう。俺の好きなものは大概こういう性質である。できないのはダイエットくらいのものである。これは逆に答えが見え過ぎてんのよ。と言い訳をしつつ。


 で、これが分かっていることで、俺は多少己を知れた。ただ惜しむらくは、この現実というゲームはカービィボウルとちょっと違って基本、「答え」というのはハッキリしてない。むしろ、答えを導くためにアレコレすることが求められている。誰も答えを設置してくれてないというか、設置された瞬間にやることがなくなるというか。それは少しばかり残念ではあるが、でもまあ、そういう意味ではあるかないか分からない答えを見つける、というのが一つの価値基準の一つではあって、でホイホイその価値基準に飛びつかなくて良かったなぁという思いはある。負け犬の遠吠えに聞こえるだろうか? 俺の耳には、ホールクリアの時のてれってれってってってってれってれってってってってーん(ピロリピッピッピー)というファンファーレが聴こえているんだけど。

 

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