台無しパート
2-4. 海賊版、あらわる
「なに! それは本当か?」
縦長ノッポのゴトゥ編集長が、デスクからニョキッと立ち上がって言った。
「はい。弊社の異世界経由マンガのデータが、ネットに無断公開されています。『フリーコミックギルド』というサイトです」
アンディという、若くイケメンの編集が冷静に報告する。
彼らの勤めるマルヤマ書店は、《異世界ブラッシュアップ》という編集テクニックを用いていた。すなわち――。
邪神『アザトース』の力を借り、WEBマンガ家が応募してきた応募原稿を異世界転移させて具現化。
異世界の現実として進み、ブラッシュアップされたそのマンガを、邪神の力で現世に戻して、そして出版するのだ。
クトゥルフ神話にちなんだ、「出世魚」の如き編集メソッドだった。
マルヤマ書店の地下大空洞で採れた、巨大な海の如き異世界からの、ピチピチのマンガ達。
この世界の倫理感ベースで表現チェック等を施し、さぁ出版!
……というその時に、なんとそのマンガデータが、何者かの手により、インタマナネット上に、無料アップロードされていたと言うのだ。
そのデータへのリンクが、かの有名リーチサイト『フリーコミックギルド』から貼られている。つまり、相当程度の「潜在読者」が、リーチサイトに奪われていると考えられた。
「海賊版ってことか! ふざけるな!」
ゴトゥ編集長は、ツバを飛ばしながら吠えた。
拡散効果も期待できる二次創作ならまだしも、海賊版は、出版業界で許されることではない。それがよくある考え方だった。コストと責任を負って作ったコンテンツに、なんらのプラスアルファ無く
現にこのディストピア国も、著作権侵害の
「WEBマンガの応募者には、連絡したか? アンディ」
「はい……カンカンに怒ってまして。『俺の作品の勝手公開を許すとは。しかも改変までされるとは!』と」
そこに割り込んだ男。
アンディの後輩、アホズミだった。
明らかに体育会系上がりと思しき豊かな胸筋を張って、アホズミは言った。
「誠意を持って、ちゃんと説明すればよいのでは? 原作マンガと、異世界でブラッシュアップされて戻ってきた異世界経由マンガとは、別物だということを。そしてマルヤマは、そのような二次利用を、応募要項に記載したとおりに、WEBマンガ家から許諾してもらっているということを」
「……理屈としては、そうなんだけどね」
先輩編集のアンディは言った。
マルヤマ書店側の見解としては、確かにそのとおりだ。
例えば今回、マルヤマ大賞を受賞した、カザマツ氏の原作『人間塾』には、作中のキーパーソンである室長が、そもそも登場しない。
それも当然。
室長は、ディストピア国にも原作にも居ない、異世界の人物だから。
その一方で。
異世界ブラッシュアップ後のマンガ、『名無し室長の人心掌握術』は、室長のヒーロー性があってこそ成立している。編集部はそう考えていた。
そして、マルヤマ大賞の応募要項には、同一性保持権などの著作者人格権を、応募者はマルヤマに対して行使しない、とする条項がある。財産としての著作権についても、翻案や二次的利用も含め、マルヤマが自由に行い得るよう、条項が工夫されていた。
応募者は、
契約自由の原則。文句を言われる筋合いは、本来ならば無い。しかし――。
「アホズミ! 異世界を使ってブラッシュアップしている事は、マルヤマの機密事項だろうが!」
ゴトゥ編集長の喝が飛ぶ。
「そ、そうでした……」
アホズミは赤面しつつ頭を下げた。
先輩編集のアンディは、ゴトゥ編集長の話を受けて、続ける。
「WEBマンガ家さん達は、『別物だ』とは思わないよ。人には、理とは別に、感情ってものがある。『俺の作品を勝手に!』って感情は、理を簡単に吹き飛ばす。そして大抵の応募者さんは、そもそも応募要項を読んでない」
アホズミは、納得げに頷いて言った。
「確かに、そうかもしれません……」
アンディも頷く。
「まぁ、通常通り、発刊までこぎつけたなら、応募者さんの騒ぎも起きないんだけどね……いずれにしろ、SNSとかでの炎上が、必至だろうね……」
「まずいよ、その展開は!」
手足をバタつかせる、ゴトゥ編集長。
その時だった。
「何を騒いでいるんだい?」
後ろから出し抜けに声が聞こえて、3人はぎょっとして振り向いた。
そこに居た人物。
ベスト付きデザイナーズスーツを着て、ニコニコと目を細めている、髪の白い、そのお人は……。
「ほ、ホリル本部長……!」
飛び上がったゴトゥ編集長は本部長の元へ駆け寄り、ペコペコ頭を下げながら、状況を説明した。
早口でまくし立てるゴトゥ編集長とは対照的に、ホリル本部長はうんうんと、ゆっくり頷きながら聞いていた。
ゴトゥ編集長の説明が一段落してから、ホリル本部長は言った。
「炎上、ねぇ……させておけばいいんじゃない?」
「えっ!?」
ゴトゥ編集長の目が点になった。
「法的には、問題ないんだよね? しかもうちだって、無断公開の被害者じゃない? だったら、騒いで話を大きくしてもらった方が、いい宣伝になるでしょ? ふふふ」
「そ、そんな……」
慌てるゴトゥ編集長に対し、ホリル本部長は笑いながら、さらに続けた。
「ゴトゥくん? 我々の行動原理は何だっけ? 『面白いを読者にお届けすること』だったよね? ならば読者さんに、楽しんでもらおうじゃないか。炎上祭りも含めてさ」
ふふふふふふふふふ。
大ボスの低い笑いが、編集部に響いた。
(TIPS)
【この章の世界観】
拙作『俺が応募したラノベ、郵便事故で異世界転移したらしいんだけど?』
https://kakuyomu.jp/works/1177354054883141345
を魔改造してます。
大学生WEB小説家の
【|ただ乗り(フリーライド)】
「フリーライド防止法!」
……みたいな、法目的ドンズバが1つある感じでは……実は無かったりします。
いろんな法律にまたがってケアされています。
長くなるので、気になる方は「7.おまけ」へ
【人格権と財産権】
現世の日本では、
(1)著作者人格権
(2)財産権
の2本立てになってます。
「勝手にコピんじゃねぇ!」な複製権とか
「なに、ネットにアップしてんだよぉ!」な公衆送信権とかは、(2)財産権の方ですね。譲渡可能な権利。
その一方で、
「なに勝手にセリフ削ってくれとんねん!」な同一性保持権とかは、(1)の人格権の方。こちらは、「一身専属」と言って、譲渡不可。
譲渡不可なので、利用規約とかだと「(1)の権利は行使しないでね 」と書いてあるのが一般的。(著作者人格権の不行使特約)
「(1)の権利、俺によこせ」とは書けない。
……それを踏まえて、カクヨムさんの利用規約、10条3項とか、読み直してみると、腑に落ちるかもです。
【応募規約を読んでない(私見)】
それが人情ですよね……。
生活で時間も限られるし、小難しいし、「全部なんて読めるかぁ!」ってなるのが人情。
ただですよ?
何かに応募するなら、その規約は読んでおいた方が良いと思います。
知らずに進んで、後から問題発生するのが一番怖いし、双方に傷も残ります。
後で争うより、転ばぬ先の杖ですよ。我々ユーザーからするとね? (私見)
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