2-5. 事件発覚
「アンディ先輩、例の件、ニュースでやるらしいですよ?」
後輩のアホズミが、低い声で言った。
イケメン編集のアンディは、眠そうな顔で
アルコール度数30%のチューハイのCM。
そんなアレコレが流れたあと、ニュースが始まった。
マナテレビの画面左上には、
「マルヤマ大賞受賞作、発刊前にネット公開される!」とテロップが出ていた。
雑然とした机が映る。
その机の上に、かわいい女の子の表紙が描かれた、マンガ本が積まれている。
「発売予定のこれらの作品。その発刊前に、その作品と酷似したデータが、ネット上に無断公開されるという事件が起こりました」
画面は、暗い背景へと切り替わった。
黒い
声優っぽいナレーション。
『ダムはダムでも、食べられないダムって、
『……革命の目的は? 筋を通すのが、セロリストさ』
『室長は、教室という枠から、卒業なさったのです』
マルヤマ大賞受賞作に登場するセリフの一部を、読み上げたものだった。
マナテレビの画面は再び切り替わり、コメンテーター達が映された。皆、席に着いている。
「では、よろしくお願いします」
胸元が大きく開いたスーツ姿の、知的メガネでセクシーな女性アナウンサーが言う。
背広に蝶ネクタイの司会のおっちゃんは、立った状態。
白髪の目立つコメンテーターに、話を振った。
「海賊版ってやつですよねぇ? アーサーギ先生」
「はい。編集部の内部から、データ流出したのだと思いますが、こういった事例は昔からありました。発売前のマンガ雑誌が、なぜか外国のサイトで公開されたり、とか」
「えっ、まずくないですかそれ」
「まずいですよ。そして今回はそれだけじゃなく。商品版とも、賞の応募者が描いたものとも、違うバージョンが、無断公開されているようでして」
「どういうことです? そんな別の版があるんですか?」
「おそらく、編集途中のものが、ネットに出回ったんでしょう」
「あー、そりゃ完全に、内部の犯行だわー」
「断言は出来ませんが、おそらくそうでしょうね。マルヤマ書店さんは大手ですし、セキュリティはしっかりしているはずです。ですが、本作りには沢山の人が絡んでますから」
「……でも先生。描いてる作者さんからしたら、たまったもんじゃないでしょう?」
「ええ。作者さんも出版社も困ってると思いますよ」
その後も、「売上を奪われている」「海賊版サイトは潰すべき」といった、常識的なコメントが続いた。
その会話に。
茶々を入れるように、若い私服姿のコメンテーターが言った。
「逆にこの騒ぎを使って、商品版が売れちゃえば良いんじゃないですか? 売れれば出版社も作者さんも喜ぶでしょ?」
アーサーギ先生が、ムッとした表情で、腕を組みつつ返答した。
「……そういう考え方もあるかもしれませんが、やはり問題は、こういう海賊版が出回ってしまうところですよ。コンテンツで生活の糧を得ている側からすると、たまったものではない」
若い私服のコメンテーターが、両手を大げさに広げて質問した。
「でも、流出したのは、商品版とイコールじゃないんでしょ? 『海賊版』って、内容が同一のデッドコピーを指すんじゃないですか?」
若いコメンテーターのその発言で、場が一気に緊迫する。
そこを、スーツの胸元がさりげに強調された、知的メガネの女性アナウンサーが、苦笑しながらフォローした。
「色々な考え方があるんですね。CMの後、次の話題にうつりましょう」
強引な話題転換。
CM入りよろしく、番組名のテロップが画面にズームアップして、ニュース番組のコーナーが、スマートではない形で終わった。
カタッ。
コーヒーカップが、やや乱暴に、机に置かれた音。
マナテレビを一緒に見ていたゴトゥ編集長は、ノッポの体を丸く縮め、忌々しげに呟いた。
「あの私服の若造、何言ってやがんだ。うちのマンガを盗んだ奴共々、邪神の口に投げ込んでやろうか……」
それは、共通認識だった。
そして、感情として自然だった。
眠い目をこすって編集した。
異世界経由マンガは、そのまま出版するわけにはいかない。
この世界の常識とは、かけ離れた展開になっていることもある。
この世界のモラルに、反する事まで描かれていることもある。
この世界の読者に受け入れられる形へと、再パッケージを行わなければ、「商品」として成立しない。
その商品化と、拡散とに、編集部は心血を注いでいるのだ。
その苦労をあざ笑うかのような言動の者。
データを盗んで無料拡散した者。
それらに対し怒りの感情を持つのは、人間として自然。
「理」以前に、「感情」なのだ。
「……」
アンディは、何も言わず、ゴトゥ編集長の悪態をただ聞いていた。CMに入ったマナテレビを、見続けながら。
「アンディ。次は、お前だ」
高圧的な口調で言うゴトゥ編集長。
アンディは「ふぅ」とため息をついてから、頭を下げ、そして、疲れたように口を開いた。
「はい、編集長。行ってきます……取り調べに……」
(TIPS)
【この話題(私見)】
まず、私は編集部の「中の人」ではありません。
上記の編集部のくだりは、空想上の産物。
で、結局、「海賊版への考え方が色々あり得る」って所かと。
カクヨムは小説の場なので、「視点(一人称)」でいくつかを妄想。
海賊版を流通させちゃう人の「視点」だと、シンプルで自然。
「自分への利があるからいいじゃん」かな?
出版社の「視点」では、
「コストかけて苦労して作った商品を盗みやがって」かな?
作者の「視点」では、
「俺が産んだ著作物だぞ! 盗むな!」かな?
「読んでもらえるなら、まぁいいか」かな?
「利は関係ない! パクリはそもそも許されない!」かな?
読者の「視点」では、
「読めればいいじゃん」かな?
「合法なんでしょ?」かな?
「無料で提供してこそ、真の創作者だろ?」かな?
……いろいろありそうだなぁ。
神視点だと、
「海賊版が横行すると、創作が滅亡する!」かな?
で。
法律って、複数の視点の、バランス調整だと思うんですよね。
著作権法は「交通整理」の役割を果たしている、というか。
無秩序に交差点にみんな突っ込んできたら、衝突事故が起こる。
だから、赤信号つくったり、一方通行にしたりで、衝突事故を減らす。
「文化の発展」という法目的1条を、ゴールに掲げて。
ただ、どうしても法は「後追い」になるし。
「完全な交通整理」は、難しいのだと思います。
(ルールメイカーは万能の神じゃない)
誰かにとっての「ユートピア」は、別の誰かにとっての「ディストピア」になるってやつですね。
だから。
・特定の視点にのみ偏ったルールメイクはアカン。
・だから複数の視点から意見を聞く。
・意見聞いてまとめてる間に時間が経って、法律が現実に置いてかれる。
・うぎゃあ! やっちゃった方が早いじゃん! (実務家視点)
最後に「著作権法視点」のご紹介。
著作権法を擬人化した、著作タンはこう言ってます。
著作タン「俺……創作の
では、また次話で。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます