2-6. 一体、誰が

 イケメン編集、アンディの髪の毛はボサボサだった。

 寝不足で、キューティクルの回復が覚束おぼつかないのだ。


 魔力列車のつり革に体重をかけるが、気を抜くと、すぐ頭が舟を漕いでしまう。


 アンディは眠気覚ましに、左の手のひらの中心を、右親指でぐりぐり押す。それでも効かず、鞄からペンを取り出し、ペンの背中で同じことをやる。念を込めながら。左の手のひらには凹みができていた。


 しかしやはり、舟を漕いでしまう。

 あと一軒、謝罪に回れば、今日のタスクは終わりなのだ。



 マルヤマ大賞を受賞した『名無し室長の人心掌握術』。



 その原作『人間塾』の作者、カザマツ氏の家に着く。

 痩せた、おとなしい青年だった。

 玄関口まで現れたカザマツ氏は、シャツにチノパンというラフな格好。今日の執筆でマナを使い果たしたかの如く、げっそりとしていた。


「アンディさん……どうして、こんなことが起こったんですか?」と聞いてきた。


「誠に申し訳御座いません。今、流出経路を確認している所でして……」

 今日、何度も繰り返したその言葉を、苦し気な声音と共に出して、アンディは深く頭を下げた。


 彼は、謝罪行脚あんぎゃを続けていたのだった――。



 ◆



 謝罪行脚あんぎゃが、アンディ「1人」になったのには、理由がある。


 事件発覚の後。

 マルヤマ書店編集部のメンバーは、みな、ぎゅうと絞られた。


 生搾りグレープフルーツも驚く程、ギッチリと。

「唯我独尊ラーメン」のスープを煮詰めた如く、コッテリと。


 なにせ、『裏切り者には無残な死』という条項が、雇用契約に含まれているのだ。

 追求の手が緩むなど有りえなかった。


 編集部の人間はみな、魔導機器スマートフォン等の私物をすべて没収され、点検された。


 仕事の合間にこっそり、いかがわしい画像を集めていた、とある編集者は、別の意味で罰せられた。


 『念を込めて魔導機器スマートフォンをスワイプすると、触手が女体の上を動く』という、謎魔導アプリが秘密裏に導入されていたからだ。


 それだけではなかった。その編集者は、『スマホ所有者の声を好みの女性の声に変換する』という、超絶謎魔導アプリすら、隠蔽魔法付きで導入していたのだ。


 別件逮捕の如く、それらが見つかったとある編集者は間違いなく、ただでは済まないだろう。


 その一方で。


 イケメン編集のアンディは、いち早く潔白が証明された。

 彼は、異世界から鮭のようにピチピチと戻ってきたマンガを、地下の大空洞で、虫網を使って捕まえ、別の担当者へと渡しただけだったからだ。


 編集部の人間がすべて疑われた状態で。

 WEBマンガ家への謝罪は、早急に行わねばならない。 

 となると、「シロ」が確定したアンディに白羽の矢が立つのは、当然の帰結と言えた。


「他のみんなも、早く戻ってきてくれないかなぁ……」

 切なげに呟くアンディを乗せて、魔力列車は宵闇を駆けていった――。



  ◆



 そして、幾日かが経過。

 マルヤマ書店による、記者会見が始まる。


 外国から訪れるVIPも宿泊する、豪奢なホテルの一室。

 そこには、マスコミが殺到していた。


 用意された席は満席。

 補助のパイプ椅子が所狭しと並べられ、席をゲットした人は一様に、魔導カメラの調整や、魔導機器スマートフォンへの何かしらの入力を行っていた。 


 それでも入り切らない、傍聴者の集団。

 あふれた傍聴者は、部屋の後ろで立ち見状態。ガヤガヤと、何事かをしやべっていた。


 程なくして、会見が始まった。

 

 ホリル本部長が、スーツにネクタイをびしっと決め、神妙な面持ちで壇上に上がった。


 胸元には、マルヤマの社員バッジ。

 マスコミが乱発する魔導カメラのシャッター光を反射して、社員バッジのが光った。


「私は、マルヤマ書店統括本部長、ホリルと申します。本日はお忙しい中、お集まり下さり、誠にありがとうございます」

 胸を張り、そう言った後、ホリル本部長は、深々と頭を下げた。

 

 詰めかけたマスコミは、彼の一挙手一足頭を見逃すまいと、際限のないフラッシュ光の雨を浴びせた。


「この度は、弊社主催の、マルヤマ大賞における、データ流出の件で、お騒がせを致しまして、誠に、申し訳ございませんでした」

 そう言って、優美な動きで、再び頭を下げた。


 そしてホリルは。


・流出経路は調査中である。再発防止策については、経路がわかり次第、しっかり検討する。

・自分を含め、責任者を一定期間の減棒処分とする。

・応募作家の皆様には、この場を借りて深くお詫びし、受賞作の正式版を、しっかりと読者の皆様へと、確実にお届けすることを約束する。


 以上の3点を述べ、そして三度みたび、頭を下げた。


 フラッシュの明滅が、ホリル本部長に浴びせかけられた。


 ――。


「ふぅ」

 控室の椅子に、ホリル本部長が座る。足を組む。


「お疲れ様でございます」

 綺麗な秘書が、お茶をお出しする。


「ん。ありがとう」


 控室には他に、ゴトゥ編集長、アンディ、他数名が居た。

 アンディは、少し離れたところで、窓の光量を調節していた。


「本当に、お疲れ様でございました」

 ゴトゥ編集長は、ホリル本部長のご機嫌を取った。長い身長を、折り曲げながら。


「この程度、別にどうってことは無いよ。それより、ゴトゥくん」

「は、はいぃ」

 ゴトゥ編集長の顔が引きつる。


「いまだに、流出の犯人が、割り出せていないのか?」

 ホリル本部長の目が、一転して険しくなった。

 口は笑っている。しかし、「灼熱の光線で射抜かれ、焼き尽くされるのでは」と感じさせる、そんなホリルの目だった。


「誠に、申し訳ございません」

 平謝りのゴトゥ編集長。部下であるアンディ達も、一緒になって頭をさげる。


 彼らが頭を上げると、険しかったホリルの目は、細く閉じられていた。

 自嘲の軽い笑いが、ホリルの右頬を、若干つり上げていた。


 ホリルは、静かに言った。

「……すまない。応募してくれたWEBマンガ家さん達の気持ちを考えると、どうにも理性が制御できない時が、いまだにあるなぁ。まぁ、裏切り者は、見つかり次第、すればいいのだが」


(本部長、さらっと、怖いこと言った!)

 とでも思ったか、イケメン編集のアンディの身は硬直し、アンディの震えが伝搬した窓が、カタカタと振動した。


「君たち?  我々の行動原理は何か、覚えているよね?」

 表情の一切を消して、ホリル本部長が問う。

 

「「「面白いを読者にお届けすることです」」」

 ゴトゥ編集長や、アンディ達の声が、同期した。

 


 出版不況。

 そんな絶望的逆境において。

『面白い』のためには、身を焦がす覚悟が必要だ。

 悪魔に魂を売るほどの。



 ――いや。悪魔ではなく、邪神だ。邪神アザースに魂を売るほどの。

 ――いや。売るのは、魂ではなく書籍だ。



 ホリル本部長は、直立する部下達に向かって言った。

「まぁ……ピンチは、チャンスに変えるものだ。炎上効果があるうちに、正式版を出版する。だから君たち、編集のペースアップをたのむね」


「「「はい!」」」

 直立不動のまま応じる、部下の面々。


 その様子を確認すると、ホリルは満足げに頷いて立ち上がり、両手を後ろで組み、そしし控室から出ていった。目を細めたまま。


 上司の退室を見届けると、一転、弛緩する部下たち。

 ゴトゥ編集長は、へなへなと床に座り込んだ。


「やれやれ……」

「これはまた、デスマーチ確定だな……」

 ガヤガヤとしゃべりだす、編集部の面々。


 窓際、皆とは少し離れた位置で、アンディがため息をつく。

 端正なアゴをつまんで、小さく独りごちた。


「あれだけ厳しいチェックでも、流出の犯人は見つからなかった。一体誰が、データを流出させたんだろう?」

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