2-7. 儂じゃよ?

Shino:今日も話せて良かったよ、お父さん。

Kengo:ワシもだよ。ああすまない。仕事に戻らないとだ。

Shino:了解、また後で。


 ワシは、儂の娘、シーノとのチャットを終了した。


 シーノの、人としての肉体は、とうに無い。

 シーノは、邪神アザトースの欠片と融合し、今はマルヤマ書店の地下空洞に居る。

 マルヤマの、『異世界ブラッシュアップ』編集法に、そのチカラを利用されている。



 ――儂はまだ、マルヤマから、シーノを救い出せていなかった。



 コーヒーをすすり、三本満足棒を四本食べた。

 二本ほど、朝の魔力列車で食べてしまうのが、儂のいつもの習慣だった。

 さて、仕事に取り掛かることにする。

 今日中に、異世界ニュースの分析報告書を作らなければならない。スマートに。



 今日も今日とて、儂の務める大手企業『グルグール』のクローラーが集めてきた異世界情報は、雑多に過ぎた。



 ある異世界では、新しい力「バイオマスオ」をめぐって、国家間戦争が起きそうになっていた。


 バイオテクノロジーなる力で増殖させた婿養子を、円筒の周囲に多数配置する。婿養子は、こぞって円筒を回す。

 その回転を、に変換するのが「バイオマスオ」だ。


 人体そのものを直接、力の生成に用いるなど、我々の世界では決して許されない所業だ。



 しかし、異世界と、この世界とは。

 文化が、法律が、倫理が違うのだった。



 また、別のある異世界では、自然人ではなく、「川」が大統領に就任する珍事が発生していた。その国の宰相を務める人物が、どんなトラブルも「まぁまぁ水に流して」と、大統領に丸投げにする。桃とかも丸投げにする。



 その他、諸々の。



 もし我が世界で起きたなら、世界を震撼させるだろうビッグニュースの数々を、情報整理し、上への報告資料として編纂へんさんしていく。

 その作業は、魔法箱に住む「しもべ妖精」任せではあるが、最終チェックは人間が行わなければならなかった。



(さて……次の件は、気合いを入れて分析報告しないとな……)

 それこそ、シーノとの異世界経由チャットを中断せざるを得ない程に。

 


 次の件とは。



 ――「室長」と呼ばれる人物が、『名無し室長の人心掌握術』なる、分厚い自伝を出版したのだった。


 これ自体は大した話でもない。我らがディストピア国においても、カリスマは時に、分厚い自伝を出版する。ごく普通の事だ。


 問題は。


 その異世界自伝マンガが、漫画サイト『フリーコミックギルド』に公開されていた事だ。


 その事件は、「マルヤマ書店の不手際」として、既に大ニュースにもなっていた。



 ……おそらく、そのマンガのマナデータは。

 『グルグールスニペット』という、弊社の魔導プラットフォームから、取得したものだろうと思われた。



「ふん。違法でなければ、何でもやっていいと思ってるんだろうなあ」

 つい、そんな言葉が口をついて出た。

 まあ、広告での小金稼ぎサイトなど、我々グルグールの規模からすれば、路傍の小石だ。どうでもいい。



 弊社の、グルグールスニペット。

 それは、異世界クローラーが集めた出版物のを、抜粋表示する。


(抜粋表示は合法だからな。ふふふ)

 儂は、一人笑いの衝動を消そうと、コーヒーをひと口すすった。


 グルグールスニペットは合法だ。

 このディストピア国に存在する書籍の、魔導機器上での抜粋表示は、『フェアユースに該当する』との判決も出ていた。


 ディストピア国内の書籍ですら、抜粋表示は合法なのだ。

 異世界書籍の抜粋表示が、違法になるわけがあるまい?


 実際、異世界での出版物は、での保護対象ではない。

 その異世界と、も結んでいない。



 案の定。

 マルヤマ書店も「著作権侵害だ!」などと、大騒ぎはしなかった。

 記者会見でお茶を濁したのみ。



 当たり前だ。



 ディストピア国の著作権法によって、侵害と認定されるには、3つの要件を満たす必要がある。


(1)著作物性

(2)依拠性

(3)類似性


 の、3要件だ。



 そもそも、異世界出版物が、この世界の保護対象ではないのだから。

 (1)の要件を満たさず、非侵害。



 一方で。

 この世界での、マルヤマ大賞の「応募原稿」とやらを規準として、マルヤマが権利を主張しようとした場合は、「(2)依拠性」の立証が出来なくなるだろう。

 マルヤマがそう主張したいならば、依拠のを明らかにしないと。



(ふふふ。異世界ブラッシュアップ編集をしている、という事実を、マルヤマは世間に公表できるかな?)

 笑みを抑えるのに、またもコーヒーが必要だった。



 まず、公表は無理だろう。

 編集法は、マルヤマの機密事項だ。

 かつて、マルヤマに魔導技術者として務めていた儂には、その事がよくわかる。



 詰み。

 秘密をバラせないマルヤマは、侵害だと主張立証することが出来ない。



 一方、我々グルグールは、を検索して、その一部をこの世界で抜粋公開したに過ぎないのだ。ディストピア国の中で、情報を盗み見たわけではないのだ。


 これに加えてさらに、フェアユース規定……。

 マルヤマは、ぐうの音も出ないはずだ。



「ふふっ。文句を言われる筋合いはない。うちは、違法なことはしていないんだからな」

 分析報告書を作成しながら、そんな事をひとりごちた。


 魔法箱に住む、しもべ妖精が、「違法でなければ、やっていいと言うことですね?」と言い出したので、「うるさい」と答えた。






 への迂回と、への迂回とを、一緒にするな。






 三本満足棒を、あと二本食べる。

 何本食べれば、儂は満たされるのだろう。



 マルヤマの記者会見の後、間髪を入れず正式出版された、マルヤマのマンガ書籍は、何度も重版がかかっているという。


 いわゆる「炎上商法」で、マルヤマも、ちゃんと利を取っていた。

 

 マルヤマ首脳陣の柔軟さ、したたかさは、この身をもって知っている。かつては、マルヤマにいた儂だからだ。



 しかし……。

 儂は、少しだけ身震いした。



 マルヤマの奴らは、いつ気付くだろうか?



「異世界著作物を、この世界へと具現化させている者が、マルヤマ書店以外にも存在する」という事実に。そして――。


 に着目しているプラットフォームは、マルヤマだけではないという事実に。



 マルヤマは、「地下空洞に眠る邪神のカケラ」から「異世界」へと向かう「下り情報」にも、疑いの目を向けるかもしれない。


 邪神のカケラに貼り付いている私の娘、シーノとの、チャットによる秘密の逢瀬おうせも、見つかってしまうかもしれない。



 を、通信ポートとして用いるというのが、儂の設計した、異世界経由・魔導通信チャットの、基本コンセプトなのだから。



(儂は、シーノを本当に救うことが出来るのたろうか……)



 娘が人間としての体を失って、数年。

 儂にも、衰えが見えてきた……。


 またコーヒーをすすろうとした儂の、恐れを感知したかの如く――。


 コーヒーカップの波面はぷるぷると、小さな波紋を生み出し続けていた。




〈続く〉





(TIPS)

【台無し】

 物事がすっかりだめになること。


 今回は「過剰なインフレによる台無し」です。


 国をまたぐと、違法性を問いにくくなる。

 ->『フリーコミックギルド』


 をまたぐと、違法性云々を超越する。

 ->マルヤマ書店の《異世界ブラッシュアップ》

 ー>《グルグールスニペット》


 では、また次章で。

 お見逃し! 




(著者注:この物語は、ですう!!)

(すいませんすいませんすいません)

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