アイデンティティー2
目が覚めて視界がはっきりすると、黒いシャツの要人女性が目の前の椅子に座っていた。
そして私はベッドで仰向けに、寝かされていた。
「あら?」
足を組むとベージュ色のズボンのラインが浮きだつ。
すらっとした足をしているんだろうなぁ。
ゆっくり見上げると彼女は、黒くて長い髪、白い肌、青い瞳をしていた。
戦闘から避難するのを急いでいたのでハッキリと見慣れなかった。
「良かった、起きてくれたのね、てっきり死んじゃったかと思って・・・」
「こちらこそ、無事でなにより・・・あれ?あの・・・先ほどあなたの胴体の怪我を治療しようと思ってたんですけど、よく見たら塞がってますね」
そう言うと女性に頭を撫でられる。
「その、ごめんなさい。襲われるかと思って・・・。
それと怪我のことは体質上自然と塞がっちゃうから問題ないわ」
自然治癒体質か。
こういった体質の持ち主は細胞の修復が優れているのか短時間で骨折もすら治ってしまうということを聞いた事がある。
何より元気そうであることに感謝している。
すると女性はカメラをいじりながら
「私、サツキ・ブラスコヴィッツ。報道官よ。年齢は25。」
自己紹介をしてきた。
「同じ年齢・・・ですね」
なんか嬉しくなってきた。安心のせいかくすくすとにやけてしまう。
「報道の世界には入ったばっかりだし、なお更同じ年ならタメ口で大丈夫よ。ね?」
サツキも微笑んでくれている。
右手を伸ばして立てかけられた外骨格を指差した
「サツキさんがそう言うなら。私は機動隊7課に所属してる、ミドリだよ、そこの外骨格は友達がプレゼントしてくれたんだ」
よく見ると外骨格の装甲が多少の傷を負っていた。それが私を実戦で守ってくれたのだから。
「あの"コントラクター"達は撃たれたのね・・・それで貴女が代わりに」
「助かっているかわからない、そう願いたいけど、もしかしたら救助要請したから7課の皆と助かってるかもって・・・一緒に来た仲間とは途中で逸れてしまったの」
同じ7課の仲間のことを思うと、このままじゃいられなくなった。
その気が、上半身からシーツに手を突いて起き上がろうと思った。
「ねぇ、もう大丈夫なの?」
サツキが心配してくれつつも、左手を貸してくれた。
「うん、疲れてた・・・だけ、だよ。でもサツキさんを救えたことにホッとしてるよ」
「私もこんなゴーストタウンの中に1人じゃなくて、貴女が居てくれて心強いわ」
難なくベッドから立ち上がれた。
運よく軽傷で済んでいたのか、支障や問題はなさそう。
彼女の怪我の調子も聞いてみよう。
「サツキさんは怪我とかしてるところ、ない?」
サツキは頷き、
「私は自然治癒体質だからもう治った。軽い傷だと治療も省けるわ」
自然治癒体質は15人に1人と言われている、丈夫な体質だ。
人間・動物などの心身全体が生まれながらにして持っている治癒力よりも、優れている力を持つと科学的に言われている。
それにこの体質を持つ人は器用で怪力、それに美人とも聞いている。
サツキは美人とか当てはまるどころか、とびきり美しい人だけど。
部屋の机に立て掛けてあった、
浅い緑みの青の迷彩ペイントが施されたマシンガンをサツキが触る。
「ミドリのM60って、最新型のE7なのね。外骨格を装着してるときの連射の反動ってどんな感じなの?」
「反動は"豚"程じゃ多少の反動は抑えられるし、精度もまあまあになったよ。でも連射が早かったりだとか口径が14.5mm以上はただの反動制御にしかならない。それに.500S&W弾を片手で撃って手がおかしくならなくなっただけマシなんだけどね・・・外骨格着たって、大口径は"ヒーロー気取り"向きじゃないかも」
サツキがレシーバー・カバーを開けて、給弾トレイの中を開く。
「なるほど、ありがとう。そう言えばM60のこと"豚"って言っていたけど、私は"海豚"って名づけたいな、どう?」
サツキが通称の改名を提案してきた。
確かに、豚呼ばわりは可哀想。
「"いるか"?豚は機動隊の大体の人がそう呼んでたんだ。でもそっちのほうが好いかもしれないね」
豚呼ばわりが始まったのはベトナム戦争からだって、キリが教えてくれた。
なんでも、初期型は重いからだと。
「でしょ!ピンと来たの。青色だし」
サツキがるんるんとしている。
「なんだか、カッコかわいいあだ名だね。前哨基地に戻ったら皆にそう呼ばせよう」
銃の話でここまで嬉しくなるのは都市機動隊に入る前以来だろうなぁ。
1階に下りて、キッチンの冷蔵庫の中を確認する。
電気が通っているおかげか、全体的に腐っている様にはなっていなかった。
むしろ調理すれば食べられそうな食材ばかり。
私は糧食とスナックバーがあるけど、サツキの荷物は恐らく・・・半分は墜落した機内の中に残っているかもしれない。
でも彼女が必要としている食料やハンディカメラなどは、背負っていたリュックの中にあったようだった。
それが半分だとすると、残りは他の機材か何かだろう。
「ミドリ、何か食べられそうなものあった?」
「食べられそうなものばっかりだし、飲み物もあるよ。アイスもね」
シンクで洗物を片付けていたサツキが、洗物を終えたところだ。
機内に置いて来てしまった物を聞いてみる。
「そういえば、置いて来てしまった物とか・・・あったりする?」
「手元にないのは護衛から手渡されたシールド機材とか、ドローンが1機だけよ。
でも使い方よくわからなかったし、う~んって感じ。後悔するほどでもないかな」
防衛の役に立つ設置型シールドはともかく、ドローンは攻撃型じゃなくとも、ないとあるのじゃ大きな違いがあるし、生存率が上がる。
でも使い方はドローンの機種や性能によっても使い勝手が微妙に違うので、と考えればあの場所へ戻るより、きっぱり諦めて前へ進もうと思って諦めれる。
それに前にも戦闘が離れたところにあったらしいから、何か目新しい物も見つかるだろう。
使える食材の準備をしつつ、少し私なりに考えていた。
「ねぇミドリ、この家って棄てられたにしては都市にある家と変わらないくらい不便がないけど、問題なさそうだったら、私たちのセーフハウスにしない?」
サツキと作った美味しそうな2人前の肉料理を食べながら、話合っていた。
この辺は機動隊と軍隊の戦闘がなく、野蛮な盗賊とかもいなそうだ。
「この辺のことが解るまでは、余程のことがない限りは迂闊に遠距離移動しないほうがいいかもしれないけど、今の食料の量じゃ居れるのはせいぜい2日だな。でも沢山の物や動かせる車両が見つかればより有利にできる可能性があるかも」
「あとは本とか資料とかもね、回線とかが機能していないからコンピュータは少ししか頼れないわ」
今のところ、この状況に絶望は圧し掛かっていない。
幸いにもサツキはどこか強い人なのが、荒廃した世界に取り残された絶望を招かない。
今、美味しい料理も食べれているし。
「ごちそうさま!ミドリってお肉焼いたりするのホント上手いのね~」
「ごちそうさま。たまに母さんの家事手伝いとかしているからそれが響いたのかも」
「片付けは私やっとくから、ミドリは休んでいて」
サツキが任せろと言わんばかりに食器皿をまとめながら微笑んで言った。
「ありがとう。その前に風呂場を見てくるよ。お湯が出てくるか試してみる」
風呂場の戸を開けると、ここも汚れはないに等しくて全体的に乾いていた。
奥にあるバスタブの後ろの窓が夜風を微かに通していた。
コントロールパネルの電源を立ち上げ、湯を出させてみたが、出てきた湯は一向に温まらず、結局は水しか出なかった。
だが水質は割りと綺麗なほうだ。とりあえず浴槽に水を溢れない程度になるまでの量を待ってみようと考えた。
そして追炊きの機能が使えれば問題ない。
浴槽は一般家庭にあるような大きさで恐らく10分ほどで丁度溜まる。
だがこの家では時計も"時"も止まっている・・・となるとヘルメットのデジタルバイザーや携帯で時間を見て計るしかないだろう。
風呂場を後にし、外骨格が置いてある部屋に戻る。
外骨格のスケルトンにセットされたヘルメットを取り外し、デジタルバイザーの電源を立ち上げる。
時間は17時丁度だった。何事も無かったら今頃は退社して自宅に、又は帰宅路から反れて寄り道している時間帯だったのに。
それはサツキもその護衛の人も、7課の皆もそう思っているはず。
そう思いながらバックパックの中身を整理していたら、もう10分ほどになる頃合になっていた。
部屋を出て、一階の風呂場へ向かう。
向かうと、浴槽は丁度良いほどに水が溜まっていた。コントロールパネルで水を止め、追炊きを行った。
リビングに行くと、サツキが家中の残っていた衣類や布を集めていた。
「見て見てミドリ、割と着替えになりそうなのが色々見つかったよ~」
彼女はじゃーんと広げた衣類に囲まれて喜んでいた。
「なっ・・・、そんなに服が残っているのか」
人が去ってたとはいえ、こんなに服が残っているのも不思議だ。
「なんか汗臭いのもなーっと思って、それに洗面台の隣に洗濯機があったのよ」
「この辺の空気は汚れていないから、天気に問題が無ければ外干しもできる。外骨格のガイガーカウンターのアラームが鳴り始めない内は大丈夫ですよ~」
「へぇ~、機動隊の外骨格って凄いって知っていたけどそこまで便利なのね」
「軍用のは更に凄くて、光学迷彩とかが使えるって聞いたことあるな。トラックの突進にも負けないほどの力があるとか・・・軍用の外骨格はあまり公にされていないから、この話は旧式の事かもしれないし、更に改善した型を持っているかもしれないね」
話をしていると、風呂場の方からピーピーと音がなった。
確認しに風呂場へ行くと、湯気が広がっていた。追炊きは成功していた。
「やった。これでちゃんとした湯船につかれる」
「ホント!?私も一緒に入ろうかな」
2人で入浴をしてその後、ベッドでぐっすり寝られて次の日を迎えた。
はっきりとした視界に見えた、窓からの日差しに導かれたかのように部屋を出た。
部屋を出て階段を降りて1階へ向かうと、テレビの前のソファーで寝ているサツキの姿が見えた。ブランケットをかけて寝ていた。テレビでも見ていたのかもしれない。
私がちょっと早く起きすぎたのかもしれない。
2階の部屋へ戻ると、ヘルメットのバイザーが光を点滅している。
何かの信号をキャッチした合図だ。急いでヘルメットを取り、バイザーが何をキャッチしたのか確認する。
そう遠くは無い所から無線の周波数をキャッチしたようだ。
無線を聴いてみると、ノイズが耳に入ってきた。
ノイズがやがて小さくなると、声が聞こえてきた。
「・・・は建物の上に大きめの青い看板と大型トラックと・・・にあ・・・ちは安全・・・いが・・・ッ」
ノイズが邪魔をして僅かの事柄しか聞けなかったが、青い看板とトラックがというのは聞き取れた。発信元の場所のを示しているのだろうか?
サツキにもこの事を話して、発信元の場所へ行ってみようと思う。
起きたらの話だけど...。
しばらくして、朝食と身支度を済ませた私とサツキは"建物の上の青い看板と大型トラック"の場所へ向かって外出した。
外は静かで、空気が少し冷えていた。空は鳥が跳んでいるのがはっきりわかる程に澄んでいる。
「涼しいわ~」
「夜の涼しさが残っているのかもね」
静かなので遠くの銃声や爆発音が聞こえる。方角的に発信元とは反対方向からだ。
都市機動隊の打撃部隊は今頃、軍隊と戦っているに違いない。
歩いてくとその音が遠のいていき、それと同時に目的地まで近づいている。
廃墟街を歩きながらそう思った。
ピーク・ボーン・マス ダイ @dai-CyberPunk
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