番外編 夕 出合い

初めて聞いた声



わたしは、欲張りだ。

友達はいっぱいいるし、両親の仲は良好。

貧乏なわけでもないし、何かコンプレックスがあるわけでもない。

でも、今が楽しいと心の底から思えない。


ああ、知らない人の声がいっぱい聞こえる……嫌だなぁ……


「おはよー!秋川ちゃん!」

「うん!おはよう春香ちゃん!」


通学路でこうして挨拶を返すのもいつも通り。

知っている人の声は知らない人に比べたら大分聞きやすいんだけど、やっぱり嫌悪感が無いわけじゃない。

ただ、みんなが悪いわけじゃないし、いい人たちだって知ってるから、仲良くしたいと思う。


「でさ、その時に――」


ぺちゃくちゃと話をしながら学校に向かって進んでいく。

なんか新しい制服を着てる子が多いと思ったけど、昨日入学式だったって忘れてた。

そっか、今日から一年生も普通の時間に登校するんだ。


「あ!あれ、梅田君じゃない?副会長の!」

「ん?あ、ほんとだ。」

「二週間ぐらい前から会長と付き合い始めたんだって~」

「本当に?お似合いのカップルだね!」


実は会長の顔はそんなに覚えてるわけじゃないんだけど、たしかすごくきれいな人だった気がする。


「あれ?でも隣にいる子誰だろ…新入生みたいだけど……」


確かに、誰かと話しながら歩いてる。

制服が新しいから、新入生かな?

大翔さんよりも背は高くて、顔は……後ろからだから見えないや。


「うわっ!なにあの子!後ろから見ても分かるくらいスタイル良い!」

「確かに!足長いね……羨ましい……」


わたしは背が低いし、ああいうのは憧れるなぁ……


「ねえ秋川ちゃん!もうちょっと近づいてみない?」

「えぇ~~、なんか観察するみたいでいやだなぁ……」

「大丈夫!イケメンは観察される義務があるから!」

「無いよ!そんな義務ないよ!」

「いいからいいから~~」


よくわからない理論を展開する春香ちゃんに引っ張られて、二人に近づくことになった。

正直、とてつもなく気が進まないけど……


「ねえ、やっぱりこういうのは……」

「しっ!もっと近づくから声を出すの禁止!」


ねえ、わたしは一体何になればいいんですか?

忍者?隠密?スパイ?

まあ、あんまりしゃべると怒られるから黙っておこう。


引っ張られるまま近くまでくると、話し声が聞こえてくる。

……なんか、盗み聞きみたいで嫌だなぁ……


「つまり、夜空君は運命も奇跡も信じないという認識でいいんだね?」


……何の話!!?

明らかに男子高校生二人でする話題じゃないよね!!?

っていうか、どうしてそんな話をする流れになったの!?


「そりゃあそうですよ。だって、奇跡とか運命っていうのはその人の努力を要らないって言っちゃう言葉でしょう?それがあるなら頑張る必要もないし、頑張っても『頑張ることが運命だった』って言われちゃうじゃないですか。それってつまらないと思うんですよね。」


その瞬間、わたしの足が止まる。

ただ盗み聞きしただけなのに、その声に惹きこまれた。

始めて、心地よいと思える声。


「あ……」


そう、意味もなく声が漏れる。



もっと近くでこの声を聞いてみたい。

わたしの言葉に、その声で返事をしてほしい。



何故だか、そう思った。



「秋川ちゃん?急に固まってどうしたの?」

「あっ!な、何でもないよ!?」

「え~~?もしかして、イケメンだったから一目惚れしちゃった?」

「そ、そんなわけないじゃん!それに、顔は良く見えなかったし!」

「見てないなんて勿体ない!あんなイケメン!」


別に、かっこいい顔とかに惹かれないしなぁ……



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