最終話 千雪と夜空が……


「結局、僕は途中で悪い予感がして、急いで引き返したんだ。そして、玄関で靴を脱いだ時に、爆発音がした。」

「それで……」

「下敷きになってた咲を何とか引っ張り出して、助けた。

 少しでも早く外に出るために、はめ殺しの窓を割って出たんだけど、その時に左肩を怪我しちゃってね。今でも痛いんだ。」

「うん。」

「喧嘩の段階で、僕の方が折れていればよかったんだよね。レンジのこと、言ってればよかったんだよね。料理を放りださなきゃよかったんだよね。僕が家を空けなければ……」


その言葉は、どれも、『もしも』の話。

でも、わたしがその立場だったら割り切れるかと訊かれても、無理だって言っちゃう。


「夜空君。それは、運が悪かっただけなんだよ。聞き飽きたかもしれないけど、それは『仕方なかった』んだよ。

 でも、わたしが夜空君の立場だったとしても、『仕方ない』って思えない。自分を責めちゃう気持ちは分かるし、それが悪だともいわない。

 けどね、夜空君はもう十分ここまで頑張ったんだよ!一人で抱えて、誰にも話せなくても、頑張ったんだよ!」

「ち、違っ……僕は、ただ、誰かに責められるのが怖くて……」


一度溢れだすと止まらないのだと思う。

わたしも、そういうタイプだからわかる。


「僕は!嫌われないようにって。咲の為にって甘い言葉を使って……嘘をついて!」

「そうだとしても、それを責められないよ!誰だって、嫌われるのは怖いし、嫌だよ!でも、一人で抱え込む方が、もっとつらいよ!

 咲ちゃんの為に、『星空深夜』ってもう一人の自分を創って!」

「違うよ!僕は、大事なものを気付つけないように、大事なものを作らないでいるために、『好き』を全部詰め込んだ『星空深夜』に押し付けて、自分がこれ以上誰も好きにならないようにしたんだ!自分の為に!

 嫌なことも、嫌な思い出も、全部、全部、思い出さないために『星空深夜』が出来たんだよ!」

「でも、今は、違うんだよね?

 あのアルバム、聴いてたらわかるよ。あの曲たちは、他でもない夜空君自身が考えて、伝えようとして、創ったんだって!」

「っ!!誰のせいで!そうなったと思ってるの!!」

「知らないよ!」

「僕は、君がいたから!千雪がいたから!あのアルバムを創れたんだよ!千雪が大事だから!好きになっちゃったから、『星空深夜』の存在意義がなくなって、全部僕が背負ったんだよ!」


それは、もはや叫び。

あまりに自然なその叫び告白に、なにも言えない。

ただ、それを聞くことしかできなかった。


「もういいよ!ここまで言ったら何処までも馬鹿みたいに叫んでやる!

 いっつも何がしたいかわからないくせに、かわいくて!

 天然・・入ってて、変なことばっかり言うくせに、僕の心に響くことを言って!

 危なっかしくて、目が離せなくて、いつの間にか信頼してて、気がついたら、かっこつけたいなんて馬鹿なこと考えてて、キスなんかされたから、この気持ちに気がついちゃったんじゃないか!

 君が好きだって、気がついちゃったんじゃないか!」


「はぁ、はぁ」と肩で息をして、そう言い切る姿は、驚くほど今言った言葉と合っていなくて。

でも、本気なんだって、心からの声なんだって。わかるから。


「それなら、もう頑張らなくてもいいよ!夜空君は十分かっこいいよ!

 わたしからすれば、たった一人の大事な人で、もう絶対離れたくなくて!

 通学路でその声を聞いた時からずっと惹かれてる!

 いっつもしっかり・・・・してて、そのくせわたしが怒ったり、泣いたりしたらとっても狼狽えて、わたしが頼ったら受け止めてくれて!

 そんな大好きな夜空君が、つらそうに見えちゃったんだもん!一人で抱え込んでたんだもん!

 だから、うざいって嫌われる覚悟のうえで、こうやって無理やり聞いて!それでもわたしにちっとも頼ってくれなくて!

 自分を嫌いになっていく夜空君を見ると、こっちまでつらくなるから、もう自分を責めないでよ!」


言いたいことは全部言った。

恥ずかしいことも。今、夜空君にしてもらいたいことも。

全部、等身大の自分で。夜空君がしてくれたみたいに、全部、ぜーんぶ。



お互いの視線が絡む。

絶対、いま真っ赤になってる。

でも、目を逸らしちゃいけない。そんな気がする。

涙で、視界が歪む


「あー、負けた。そこまで言われて、泣かれて、勝てる気がしない。」


唐突に夜空君はそう言うと、髪をぐしゃぐしゃと掻いて、はぁっとため息を吐く。

そして、また視線をわたしに合わせると、一瞬だけ、目を瞑って、優しく言葉を紡ぐ。


「……また、夜だね。」


だから、わたしも優しい感じで聞き返す。


「何が?」

「……ただの先輩と後輩・・・・・から、変わるきっかけだったのは千雪が何故か・・・家に押しかけてきたとき。あれも夜で、結局僕は勢いに負けた。

 で、二回目のきっかけは、夏休み、この場所で千雪と、天輝と話したこと。今日みたいに星がきれいな夜だったね。

 そして、今回。僕はほんとに大事なところで弱いんだね。また負けてるよ。」


そう言って恥ずかしそうに頬を掻く姿すら、輝いて見えるのはまだ残った涙のせいなのか。

それとも……


 「ねえ、千雪。ちゃんと、改めて言うね。好きだよ。」


さっきの叫びと、同じ言葉。

でも、前回のはただ想いを叫んだだけ。

今回のは、そこから先の、新しい関係まで考えられた言葉。


「うん。わたしも、夜空君が好き。ずっと、最初から。

 こんな足りないわたしだけど、好きでいてくれますか?」


ずっと。こんなふうに言いたかった。

好きだって。正面から、言いたかった。


「勿論。約束するよ。僕、約束は守る人だから。」

「知ってるよ。だから、夜空君が好きでいられるんだもん。」


そのまま、わたしは夜空君の胸に飛び込む。

それを、優しく受け止めてくれる。


「ふふっ。」


思わず、笑みがこぼれる。


「どうしたの?」

「いや、こうなるなんて、想像もつかなかったよ。」

「確かに。でも、星空の下、海の見えるテラスで告白するなんてなかなかいいシチュエーションじゃない?」

「そうだね。」


そう言って、抱き合いながら笑い合う。

見上げると、夜空君が柔らかく、笑ってこちらを見ながら、頭を撫でてくれている。

こんな状況、考えもしなかった。


一緒に・・・住むことに・・・・・なった・・・ときから、色々学校ではできないことをした。

その事実でさえも面白く思えるほど、今が素晴らしいと思える。


「千雪。」

「なぁに?」


優しく、そう呼びかけてくれる。

それがたまらなく嬉しい。


「月が、綺麗だね。」

「ふふっ。そうだね!」


これから、どれくらいドキドキさせられるんだろう。







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