夜空君=星空深夜





『これから少しの間ですが、このステージにいる皆さんと一緒に、本物の歌声・・・・・を届けたいと思いますので、どうぞよろしくお願いします。』


流れるような台詞セリフ

たった挨拶だけなのに、惹き込まれていく。


『僕がこれから歌うのは、『星空深夜』というアーティストの曲です。』


夜空君本人星空深夜本物の曲を歌う。

それがわかってる人は、この中にもほとんどいない。


『では、一曲目。〈ふゆのそらのひ〉』


そう言うと、前奏が流れ始める。




息を吸って、歌声を出す。






――――あなたの――――






ゾクッ



それは、『星空深夜』としての声とは違う。

正真正銘の、夜空君の声・・・・・


こんな歌声も出せたんだ。

まるで、別の歌みたい。けれど、これでもう一つの完成品で。

プロとは程遠い楽器の音でも、本物の芸術品に引っ張り上げる歌声。


全てが、呑み込まれた。












もう、誰も言葉を発することができない。

数曲歌った後の今でも、みんな夜空君の歌声に惹きこまれて出れない。


前の曲の余韻とも違う、およそ、文化祭に似つかないような、静寂。

だれも、それを破れない。

唯一それを破れるのは、ステージ上のただ一人夜空君だけ


『これまでの演奏、いかがだったでしょうか。』


沈黙を強調するかのように、その口から紡がれた言葉は、心の奥底にまで入ってくる。

暖かく、何処までも。


『次が、正真正銘、最後の演奏です。アンコールも、ありません。』


誰も「もっと歌って」と言えない。

まるでそれが絶対に逆らえない言葉のように、会場がそれを受け入れる。


『最後の曲は、つまらないと思うかもしれません。

……これは、僕が・・ある人のために創った曲です。だから、この曲だけは、たった一人の為に、歌います。』


視線が動く。

勘違いかもしれない。

けれど、そうであって欲しくない。

今、夜空君が見ているのは、わたしがいい。



今、わたしは夜空君と視線が絡み合っている。そんな気がする。



『ちゃんと聞いててね。』



夜空君は、そう、確かに呟いた。




曲が流れ始める。

始めて聞いたわけではない音楽。

どこか懐かしい音楽。



歌声が、紡がれる。



やっぱり。



――さあ、泣いて



この曲



――手を繋いで



わたし、聞いたことある。



――どうにもならないなんて



だって、この曲は



―――悲しいことを



夜空君が創ってるところを見せてくれた時の曲なんだから。




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