先輩、僕のファンでしたよね?



でも、僕は何かを創るのが怖かった。

何かを創ろうと考えるたびに、『あの日』のことが頭から離れなくなる。

でも、何かを創ること以外で、僕が咲にしてあげられることはできなかった。


だからだろう。


いつからか、何かを創っている時の記憶が薄くなってきた。

それはたぶん悲しいことから逃げるための一種の自己防衛として、軽い二重人格のようになったのだろう。

それが、『星空深夜』


僕から芸術家のところだけをコピーした存在。


でも、彼はあまり表に出ようとしない。

彼は繊細だ。

ライブ中も、歌っている最中以外は出ないほどだ。

だから、誰も気が付かない。


ただ、ふと彼の存在を感じることはある。

ファンと接するときは、少しだけ彼が出てくる。

無邪気な、子供の心のままの彼が。



彼は直接話しかけてはこない。というか、必要ない。

僕たちは二重人格とも違う気がする。

僕が『星空深夜』の時の記憶を持っていなくて、彼は僕の記憶も思いも持っているから、厳密に分けられてはいない。

ただ、僕が怖い記憶に蓋をしているだけ。

だから、彼が考えたことは、僕には伝わらない。

それでも彼は何かを伝えたかったのだろう。





だから、この曲は僕の思いを客観的に考えたモノなのかもしれない。


「何考えてんだ。それじゃあ、僕が千雪に恋しているみたいじゃないか。」


そう呟いて、ありえないと言いそうになる。


「……でも、キスされてから何かがおかしい。」


この思いは何だろう。

そこまで考えた時に、ふと星空深夜のCDが目に留まる。


「……千雪って、僕のファンだったよね。」


僕の歌を、待ってくれているんだよね。


「なんか曲を創りたくなってきた。」


何故か、星空深夜に頼る気は起きない。

これは、自分がした方がいい気がする。


「そう言えば、アルバムかシングルか、何かの曲をそろそろ出す時期だったな。」


実際、そんなものは口実でしかないのを僕は知っている。


「咲の為に星空深夜になって、千雪の為に『夜空』が曲を創るなんてね。」


名前は借りるよ。だって、本名で曲を出すわけにもいかないじゃないか。



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