巫女の告白
俺はともちゃんの隣の牢屋にぶちこまれた。
男たちが遠くへ離れたのを見てから牢の壁越しに話し始める。
「ただいま」
「おかえり。予定通り?」
「うん。順調」
「後どのくらいでここから出られそう?」
「二、三時間で出れると思う。優と親父たちが山道をどのくらいで進めるかにもよるけど、さっき俺と優が歩いて道つけてるし、多分大丈夫」
「そっかー、この牢屋もこれで最後かと思うと感慨深いなあ」
「それは嘘だろ・・・でも、どのくらい入ってたの?」
そろそろ峰酒の力は切れてきたようで、聴力も普通に戻ってきている。声の様子からともちゃんの様子があまり読み取れなくなっていた。
「二ヶ月くらいかな?ちょっと時間感覚怪しいけど。一年前から失踪したことになってると思うけど、十ヶ月くらいは巫女代理やってたから、その間はあっちの建物に住んでたよ」
「そっか。それならよかった。間に合った」
こんな牢屋に一年も入れられてたら死んでいたかもしれない。普通の建物じゃないから温度や温度もきついだろうし、日光もほとんど当たらないから、衛生面も危ない。まして峰酒に蝕まれた体ならなおさらだ。
「うん、良かったけどさ・・・勇舞、もっと早く来てくれると思ってたのに」
「ああ、ごめん・・・でも、分かりづらすぎるだろ?大体あの時は捕まってすらいなかった」
「あの時は、あたしが危ないなんてこと教える訳にはいかなかったからね」
峰酒を飲んでようやくあの時の記憶が蘇った。
あの日、ともちゃんは家にやってきて、峰酒を俺に飲ませた。
ともちゃんは妙にそわそわしていたから、あの時はもう、峰酒の研究を始めて自分で試していたのだろう。
代峰に捕まる恐れがあることを認識していた彼女は保険をかけた。
あの時、峰酒を初めて飲んでわけも分からなくなった俺に暗示をかけていた。
もし、ともちゃんが失踪した場合、様々なことから連想して思い出すこと、助けに来ること、あの日のことはしばらくの間は忘れていること。
「こんな危ない所に助けに来させるんだから、ひどいよ」
「ふふ、でも、勇舞なら来てくれるはずし、助けてくれるだけの力があるって思ってたからさ」
「ちぇっ・・・でも仕方ないか、俺、ともちゃんのこと好きだから、多分、もっと危ない所でも行ってたよ」
「知ってたよ。だから勇舞にしたんだって」
「はは、知ってたんだ。なおさらひどいよね。でも、それも暗示じゃないよね?」
もちろんこの気持ちが暗示なんかじゃないことは自分が一番分かってる。
「違うよ。だって勇舞、ずっと前からあたしのこと好きだったじゃん」
「ははは、確かにそうだね」
利用されてると思うと複雑だったが、ある意味、この気持が信頼されていたこと、そして頼られていたと思うと嬉しくもあった。
「ところでさ、俺達の家系が代峰の血が混じってるって、いつ頃分かったの?」
ともちゃんが峰酒を飲めること、妙に代峰さんと似ていること、そして俺も峰酒が飲めること。どこかで同じ血が繋がっているはずだった。
「峰酒の研究を始めて、しばらくしてから偶然わかったよ。峰酒を分解、吸収できる人間とできない人間の酵素がどう違うか調べててさ。サンプルであたしの酵素で試したら・・・なんと分解できるじゃないか!代峰の巫女のものより分解する力は弱かったけど、他の人の酵素だと全く分解できなかったからね」
「それから代峰家の家系を調べたの?」
「うん。かなり遡らないとうちの血筋とは繋がらなかったから、調べるのには苦労したよ。私と代峰は遠い親戚。まあ、五代くらい遡らないと繋がってないから、血は薄いけどね。星村家のご先祖だって墨相村の近くに住んでたって話は知ってる?」
「ああ、そう言えば、うちのお母さんの・・・母親だったかおばあちゃんがこの辺りで住んでたって言ってたような」
「そう。勇舞の家族は母方が代峰の血筋だね。勇舞のお母さん、巫女になれるかもよ」
「やめてくれよ・・・お母さんがこんな力手に入れたら・・・」
「はは、冗談だよ・・・真面目な話をすると、峰酒を飲めないってことは無いとは思うけど、体への負担が代峰家の巫女とは段違いだからね。私は十ヶ月くらいでもう限界だった。代峰家の女なら数年から十年くらいは持つはずだからね」
「限界って・・・ともちゃん、体は大丈夫なの?」
「いや・・・もう、私の体は障害が出始めてる。やっぱり純正な代峰の血筋じゃないから、峰酒の分解がちゃんとできてなかったから、だいぶ体はボロボロだよ。もう峰酒をほとんど受け付けなくなってるし」
「障害・・・ねえ、ともちゃん、ここから出たら助かるんだよね?」
「うん、今から病院行って、ある程度療養すればね。多少は生活に不便は出るかもしれないけど、死ぬってことはないよ」
話からするに、体の色々な機能が弱っているのだろう。これから色々な薬を飲んだり、定期的に病院に通わなくてはいけないのかと想像した。
「そっか・・・でも、生きてて本当によかった」
大変そうだけど、生きててくれるなら全然良かった。
「そんな暗そうな声出すほどじゃないよ。生きてただけで儲けもんだったし。それに・・・呪いの対処法もわかりそうだし」
「呪い?」
そう言えば、民話で出てきた神の使いからの呪い、あれが具体的に何なのかは分かっていなかった。
「そう。元々、代峰から峰酒の研究依頼を受けた時、一番優先することは峰酒の強烈な副作用を防ぐことだった」
「研究って工場でやってたの?」
「そうだよ。あの施設は代峰が峰酒の研究をさせるために作ったんだ。まあ、峰酒は違法な成分が大量に含まれてるから、職員でも峰酒の研究のことを知ってるのはごく一部だけだったけどね。表向きは健康サプリメントの工場だよ」
「そうだったんだ・・・で、研究はどうなったの?」
「ん・・・うん、そうね・・・いや、だいぶいいとこまでは分かってたんだけどさ」
急に歯切れが悪くなる。
「いいとこまで分かって、どうしたの?」
「その・・・ちょっと、興味が出てさ」
「まさか・・・」
「ん?・・・」
「自分で試した?」
「・・・」
「・・・」
「ん、うん・・・ちょっとね」
「・・・」
「・・・ごめん」
なんとも言えない脱力感を感じる。昨日から徹夜で動き回ってた疲れが一気に出てきた気がする。
結局、ともちゃんが自分で招いた危機だった。
極秘で外に知られるわけにはいかない研究だから、代峰家も頭を抱えただろう。
自分で試して中毒になられても病院に連れていくわけにもいかず、閉じ込められても不思議ではない。
研究を続けれる人もいなくなり、色々もみ消さなければならなかっただろう。
(そして、俺も振り回されてたってことか)
「まあ・・・でも、そういう所がともちゃんのいいところだから・・・」
自分に言い聞かせるようにして声に出す。
「あ、ありがとう・・・まあ、後で勇舞も助けてあげるからさ」
「助けるって?」
「呪いさ」
「呪いって副作用のこと?それってある程度飲まなかったら治まるんじゃないの?」
「くっくっく・・・峰酒の呪いはそんな甘いものではないぞ。勇舞は結構飲んでたな・・・楽しみにしておけよ」
妙におどけた口調だったから、あまり怖くはなかった。
それでも気にはなった。ドラッグなど、大抵の禁断症状はしばらく摂取を控えていれば治るものだと思っていたが。
「でも、俺の呪いって、もとを辿ればともちゃんが原因だよね」
「う・・・」
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