囮
森の中からカラカサ松の辺りを見ると誰もいなかった。
だが、近くに逢坂と他数名の男が潜んでいるのは知っていた。
「じゃあ・・・行ってくるから、頼んだぞ・・・優」
優は固い表情だったが強く頷いた。優がこの表情だったときの過去の記憶が浮かぶ。
バレーの県大会に応援に行った時、それから体育祭の時に見た表情だ。この表情のときの優は、少し緊張してるけど集中してる時だ
視覚、聴覚など外部からの刺激や情報が入ると、記憶と組み合わせて何でも推論しようとしてしまうらしい。
それら勝手に並列で動くから気になってしまう。慣れてくると気にならなくなるのかもしれない。あるいは意図的にこの機能をオフにしたりできるようになるのか。
そんなことを考えながら、俺は森を出てカラカサ松の方に歩く。
時刻は早朝で辺りは明るくなりかけていた。こんな時でなければ爽やかな朝になっていただろう。
さも森の中を放浪して、疲れきって出てきたという歩き方をした。
昨日、松風と一緒に通った道を思い出せたから彷徨ったりはしなかったのだが。
俺がカラカサ松の近くで座り込むと数分して車がやってきた。
中から三人ほど男が出てくる。俺は驚いた表情をして、森の中に逃げようとする振りをした。
後ろから男達が走ってくる音がはっきりと聞こえる。後何歩で追いつくかが計算できた。
途中でわざと転んだ。そのほうが早く捕まるからだ。
男たちは俺を取り押さえると乱暴に車まで連れて行った。
車では逢坂が待っていた。
「やっぱり兄ちゃんだったか。あまり関わるなって言ったよな?」
こいつに負わせられた傷は今も残っているが、ともちゃんを助けたことを考えると憎む気にはなれなかった。
「姉ちゃんを牢に入れたな、なんで出してやらないんだ」
「お前、知香を見たのか・・・姉ちゃんだと?」
逢坂は明らかに動揺した。反応からするに、逢坂は今でもともちゃんのことが好きで、なんとかしようとしているらしい。
逢坂がベッドを運び込み、食事を運んだりしている姿が浮かんだ。
代々使えた代峰に対する義理立てと、ともちゃんの扱いで一年前から苦しんでいるということも分かった。
「お前、知香の弟か?弟がいるなんて・・・そんな話は聞いてなかったぞ」
「ああ・・・片方の親は違うけどな」
全くのデタラメだが、調査されていない範囲で血が近いという印象を与えておく。
ともちゃんに対する手前、これで俺に手荒なことはしづらいはずだ。
そして、峰酒を飲める貴重な人間でもあると暗に知らせることで、手荒なことはできなくなるはずだ。
「そうか・・・車に載せろ」
ワゴン車の後部座席に座らされ、その両側に逢坂の部下が座る。
俺はちらりとバックミラーでカラカサ松の後ろの森を見た。
優ならちゃんとやってくれるだろう。
車は山を戻って代峰家の正門から入っていった。
車から降ろされると、神主が待っていた。
男二人に両側から抑えられたまま神主の前に連れて行かれた。
神主は峰授祭の時に儀式を取り仕切っていた男だった。あの時は装束と冠を付けていたが、今日は普通の服だった。
こうして見ると威圧感などは無く、普通に人の良さそうな男だった。
(しかし、この男がこの村を支配しているのか)
「君は確か・・・峰授祭の時にテントまで来てたね。咲季の同級生だったかな」
「はい。そうです」
「咲季のことが心配で来てくれたのかな?」
「ええ・・・」
神主の表情は穏やかで、家に侵入された怒りなどは感じられなかった。
「そうか、それはありがとう。咲季もなかなか友達ができないと言ってたから、こうして訪ねてきてくれる友達ができて嬉しいよ」
「・・・」
表情やしぐさから評価するに、神主は本当のことを言っている。
物欲にまみれて無理やり神託をさせる人物を想像していたから少し意外でもあった。
「峰酒のことは咲季から聞いたのかな?」
「ええ、多少は。あれを飲むと不思議な力で予知できるようになるらしいですね」
今まさにその力が俺に備わっているのだが、もう少しお芝居をする。
「それを知ってるのか。どうやって作っているかは知っているのかな?」
一瞬、神主の目が鋭くなった。
ここが肝の質問か。
「ええ、あのビニールハウス、多分、あの中で作ってるんでしょ?」
多少知っているが核心までは知らないレベルの返答をする。
正確に言えば、あそこでは原料となる蜜を取るだけで加工は別の場所でやっているのだろう。
そしてビニールハウスに入ったことは無いということを暗にアピールする。もし女王蜂のことを知っていると悟られれば危険だった。
「そこまで知ってるか、困ったな」
俺のことをどう処分するか悩んでいるらしい。
一見して、軽い悩みのように見える。だが、この場合、俺が失踪者になるか、それよりはましな程度で済ますかという悩みだと分かった。
一見普通に見えてどこかがおかしくなっているのかもしれない。
「こいつ、知香の兄弟とのことです。片方の親は違うらしいですが」
逢坂が代峰にちらりと言う。
「ほう・・・」
神主が俺のことをまじまじと見る。
「言われれば、確かに似てる部分があるかもしれんな。もしかすると神託ができるか・・・男ではあるが・・・」
その時の神主の表情を見たとき、彼が妻、代峰さんのお母さん、を看病している所が脳裏に浮かんだ。
そして、彼自身も神託そのものを好きでやらせているわけではないこと、ともちゃんに神託を肩代わりさせたのは、代峰さんのお母さんの負担を減らすためということも分かった。
彼自身も代峰の巫女を助けたいという思いはあるらしかった。
(それなのにやめれないのか・・・呪いだな)
「とりあえず、牢に入れておいてくれ」
神主がそう言うと俺は再び両側を抑えられて連行される。
連行される間際、俺は神主に言った。
「咲季さんは神託はやめたいし、お母さんのことを助けたいって言ってましたよ」
「おい、余計なことを言うな」
苛ついた様子で逢坂が俺を引っ張る。逢坂もまたこの因習を断ち切れずにいる人間なのだろう。
神主が周りには聞こえない程度つぶやくのが聞こえる。
「やめれるなら・・・とっくにやめてるさ」
それは今の俺の聴力でなければ聞こえなかったほどの小さなつぶやきだった。少なくとも俺を連れている男たちは聞こえなかったようだ。
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