封じられたもの
急いでビニールハウスの入り口に着くと、屋敷の方から音が聞こえた。懐中電灯の灯りが何本もこちらに向かってるのが見えた。
「やばい、もう来てる」
代峰さんが鍵を外してビニールハウスの扉を開くと、大音量の羽音が耳に入ってくる。
俺と優は持っていた峰酒を代峰さんに渡した。
「じゃあ、また後で」
「うん。星村君も志度さんもちゃんと隠れててね」
「もちろん。松風、ちゃんとご主人を守るんだぞ」
扉が閉まり、すぐに外から鍵を掛ける音がする。
「よし、後は中に入ってやり過ごそう」
「うん」
内側の扉を開けると羽音が一層強くなる。中は真っ暗だったので数秒だけ電灯をつけた。ビニールハウスの中は何列かに規則正しく植物が並んでいた。並びなどを把握した後は電灯を消した。
「なんで消すの?」
「外から見えたらまずいから」
「あ、そっか・・・」
「なるべく奥の端っこの方に行こう」
二番目の扉を閉めると、中に足を踏み入れた。蜂達が一斉に俺達に群がってくるのが音と感触で分かった。
だが、ともちゃんが言ったとおり峰酒が塗られた部分には寄ってこなかった。
「蜂が近づけないって、一体何が原料なんだか・・・」
なぜ蜂が嫌がるのかわからないが、そんなものを飲んで体に良いとは思えなかった。
入り口の方から、羽音に混じって松風が吠える声、代峰さんが何か叫ぶ音が聞こえた。
「咲季、大丈夫かな・・・」
俺も心配だったが、それでもここから出るわけにはいかなかった。
「きっと大丈夫だよ・・・ともちゃんを信じよう。それに松風もついてる」
暗闇の中、優の手を引いて少しづつ進んでいく。
どうやらこの蜂は、攻撃的な種類ではないらしく、服にはたかるが、それ以上のことはしてこなかった。
蜂が大量に飛び交う中をビニール壁に沿って移動して一番奥の端に着いた。
一番奥の端に到達すると土の上に座った。
まだ油断は出来ないので周りの様子に注意していた。だが、十分程度経っても何も起こらなかったので少し安心した。
優も同じだったらしく、少し話し始めた。
「もー、今日は散々だよ。山の中を歩いてきて、ベタベタしたのを体に塗って、蜂まみれになって・・・」
「本当だよな。ああ・・・こういうときって、温泉とかさ、とにかく風呂入ってすっきりしたいよ」
「うんうん。あ、そうだ・・・こんな時に言うことじゃないかもしれないけどさ・・・帰ったら、それこそ温泉とかでいいけど、どっか行かない?」
「お、いいね。行こう。あ、そうだ、代峰さんと、ともちゃんと、あと、松風もできれば一緒に連れていきたいな。今回のいろいろあったメンバーでさ」
「えっ・・・あ、うん、そうだね・・・」
「ん?どうかした?」
「別に・・・」
暗くて優の表情は見えない。
だけど、こういうときの優は何となく複雑な表情をしてることが多かった。そういう時はそっとしておいてやるのが一番だ。
それからしばらくしてから、携帯を開いて時間を確認する。大分時間が経った気がしたが、まだ一時間も経っていなかった。何もせずに待つと長く感じる。
ともちゃんは二時間とはっきり言ってたから、多分、何か理由があるんだろう。なので、外は静かなようだが待つことにした。
とりあえず余裕ができたので親父にメールをした。
ともちゃんを見つけたこと、事情があって脱出には時間がかかるということを伝えた。 親父からはすぐに返信が来て、早く出てこいとのことだった。今は広瀬さんと合流して、いつでも動けるように待機してるらしい。
今すぐは助けてもらうことはできないが、味方がいると思うと心強かった。
しばらくじっとしていると、朝早くから深夜になるまで動いていた疲れが出て来た。蜂の羽音もしばらくすると慣れて、ずっと座っていると眠気が襲ってきた。
「ねえ、勇舞、ねえ。あれ何かわかる?」
眠りかけて半分意識が飛んでいた時、優が何か言ってきた。
「ん・・・何?」
「あれ、あれよ」
優はビニールハウスの中央の方を指す。真っ暗なのでほとんど見えないのだが、微かに輪郭が見えた。
四角い大きな箱のようなものがビニールハウスの中央にあった。植えている植物よりも大きいため遠くからでも目立った。妙にあの辺りに蜂が群れているようにも見える。
「なんだろう・・・巣とかかな?」
だが、巣でないことはすぐにわかった。なぜなら、箱状の巣は既に植物に混じって均等に設置されているからだ。
気になった。
この秘密のビニールハウスの中、中央に大きく設置されているもの。周辺の蜂の密度。
「ちょっと見てくる」
「あ、あたしも行くよ」
蜂と植物に注意しながらゆっくりと進む。中央に進むにしたがって、蜂が多くなっていく。
箱に近づくに連れて、蜂達がぶつかってくるようになった。これは明らかな警告だった。「これ以上は進むのは危なそうだ。蜂達が向かってくる」
これ以上無理に進んだら、峰酒を塗った上からでも刺されるかもしれない。
仕方ないので、少し離れて懐中電灯で照らすことにした。外に光が漏れないように注意して、中央の箱に光を当てる。
はじめに見えたのは、四角い格子状のものだった。さっきまで見ていた牢屋を連想させる。それは木製でかなり古そうだった。二メートル四方くらいの大きさだった。
次に、その周囲に蠢く無数の蜂達。
そして、その檻の中に何かがいた。
「なんだ、あれ?」
「なにかが動いてるよ」
そいつは、蜂の輪郭をしていた。色は黄色と黒で胴体には毛が生えている。
「うっ」
思わず声が出た。
檻の中にいるそれは確かに外見は蜂だった。だが、その大きさが異常だった。恐らく体長は五十センチ程度はありそうだった。
そいつは生きており、ときどき檻の中を動くのが見える。巨大な羽と足を動かし、箱の中から出ようとしているようだった。普段は見慣れている小さな虫と違い、巨大な足と羽が動く様子は異様だった。
「なにあれ・・・あんな大きい蜂なんているの?」
「聞いたことないな」
あれは一体何なのか、なぜ檻の中にいるのか、峰酒との関係は・・・疑問が次々と出てくる。
少しの間、そいつから目が離せなかったが、しばらくして我に返る。
蜂がどんどんぶつかってくる。光で蜂を刺激しないほうがいいと気がついて電灯を消した。
暗くなるともう見ることもできないので、さっき座っていた場所に戻ることにした。
「あれ、なんなんだろうね・・・」
「もしかしてさ、あの馬鹿でかい蜂、あれが神の使いじゃないか?」
「へ?」
ずっと頭に引っかかっていたことだった。
「昨日の民話さ、あれがもし峰酒の力を表現したものだとしたら、神の使いってなんだろうって考えてたんだ」
「あの話って本当のことだったのかな?」
「昔、この地域に住んでた人で、あの蜂から取れるものに特別な力があるって知った人があの話を書いたんじゃないかな」
「じゃあさ、もしあれが神の使いだとすると、代峰家ってあの蜂に呪われるの?」
「ああ、多分あの蜂達が作るものは、一時的に人間の感覚や知力を高めてくれる効果があるけど、副作用とか中毒性とか、危険なものなんだと思う」
「じゃあさ・・・あの蜂を放してやれば峰酒は作れなくなるんじゃない?」
「そうだな・・・ビニールハウスを壊したり、ここの植物を全部枯らすよりはそっちの方が簡単そうだ」
しかし、もし民話が本当だとして気になることがあった。
(蜂を解放しても、呪いが消えるわけじゃない)
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