蜂酒


 深夜になり、周囲の灯りが消えてから二時間近く経った。

「よし、開始しようか」

「うん」

 まず、代峰さんが鍵を取りに行く。ドアの外から暗い廊下に彼女は消えていく。


 どのくらいかかるか分からなかったので若干不安だったが、部屋を出てから十分もせずにあっさりと戻ってきた。

「誰もいなかったし、鍵はいつもの場所にあったから」

「よし・・・じゃあ次は峰酒を探しに行こう」

 三人は部屋を出た。

「なに?お前も来るの?」

 部屋を出る優の後を松風もついてこようとしていた。

「連れて行こう。今までも役に立ってたし」

 三人と一匹で部屋を出た。


 外はほとんど灯りが無い暗闇だった。灯りをつけると目立つため、仕方ないがこのまま進む。

 代峰さんの誘導で儀式の部屋へと進む。

 別の建物に移り、靴を持ってそっと上がる。


 儀式の部屋は大広間のようで、大きな柱が何本か建っていた。シンプルながら高級感のある間だった。ここなら神託と言っても様になるだろう。

 広間の後ろ側に小部屋があった。

「ここ。いつもこの部屋から峰酒を出してきてた」

 小部屋に入り、代峰さんから渡された懐中電灯をつける。その部屋には冷蔵庫、戸棚、小さな流しがあった。

 冷蔵庫を開けた。中にあまり物は入っておらず、ビンが三個あった。灯りを当てると、ビンに赤黒い濁った液体が入っているのが分かった。

「これだ」

 ビンを手に取ると甘ったるい、胸がムカつくような匂いがしてきた。冷蔵庫から取り出したばかりなのにかなり匂っている。

「この匂い、間違いないわ。峰酒よ」

「よし、じゃあこれを持って行こう」

 俺の持っている鞄に二個まで入ったが、残りは優の鞄に入れた。

「これ、すごい匂いだね。匂いつかなきゃいいけど」

 優は顔をしかめている。

「適当な所まで持っていったらすぐ捨てよう。さ、次はビニールハウスだ」




 日本家屋の建物群から離れてビニールハウスへ向かう。昨日来た道を引き返してしばらく行くと、月の光に照らされた白い物が見えてきた。夜になると一層奇妙な光景に見えた。

 ビニールハウスの入り口は南京錠で鍵がしてあった。代峰さんが鍵束を取り出し、手探りで一つづつ鍵を合わせて行く。やがて一つの鍵が回った。

「開いた」

 慎重に両開きのドアを開く。ドアの内側は二メートル四方程度の小部屋になっており、さらに奥のほうへ通じるドアがある。

 中へ入ると何かが振動するような音が響いている。

「なんか、音がするな」

「うん、なんだろうね。何か、機械が動いているのかな」

 この音はどこかで聞いたような気がする。

 奥へ通じるドアの前まで来ると音は大きくなった。中からしている。

 唐突に思い出す。夢で聞いた音だ。

「じゃあ、開けるね」

 代峰さんが扉を開ける。音が大きくなった。真っ暗で何も見えない中、大音量の羽音がする。

「うぅ、何なのよ」

 優は手に持っていた懐中電灯を暗闇の中へ向ける。

 一瞬、畑のように整列して植えられている何かの植物と、その中を蠢く無数の小さなものが照らされた。

 そいつらは内側からドアの外へと這い出してきた。俺はそれを照らす。

 黒と黄色の縞模様。胴体に生えている毛。

「ハチだ!」

 優は慌てて下がる。

「一旦閉めよう!毒があるかもしれない!」

 代峰さんは頷いて扉を閉じた。


 俺達は一旦ビニールハウスから出た。外の扉を閉めると音は大分小さくなった。

「何なの・・・これ」

 優がビニールハウスを見つめてつぶやく。

 この地域の特殊な気候、蜂、植物、峰酒、虫食。

 何かが頭の中でつながりだす。

「もしかして・・・」

 俺は鞄の中に入っているビンを取り出した。

 ビンのフタを開けると、中からは甘く、それでいて嫌な香りが辺りにあふれる。

「う、勇舞、そのビン開けたの?」

「ああ、ちょっと確かめたいことがあってな」

 俺はビンの中に指を入れて、指先にわずかにその液体につける。それを慎重に舌につけた。

 舌先に甘みと痛みに似た刺激を感じる。慌ててそれを吐いた。

「もしかしたら、峰酒は蜂蜜からできてるのかも。さっきの蜂で作ってるんだ」

「蜂蜜で?」

「ああ、多分ね。峰酒は、もしかしたら最初は蜂の酒で蜂酒って書いてたのかも」

 詳しい製造方法は分からないが、ここで作った蜂蜜を原料にしているのだろう。そして問題は、何の植物の蜜を取っているかということだ。さっき一瞬だけ植物が見えたが、あれだけでは何だったのか分からない。

 だが、それはさておいて、当初の目的を果たすことを考える。

「さて、どうするか。何とかして製造を止める方法は・・・」

「さっき見えた中の植物を全部引っこ抜けばいいんじゃない?」

「あの蜂の中で作業をしたら、刺され続けると思う。それは危険だ」

「じゃあ、ビニールハウスに穴を開けて中の蜂が逃げるようにしたら?」

「うーん、あれだけいるってことは、多分、中に巣ができてると思う。なかなか出て行かないと思うし、ちょっとでも残ってたらまた増えちゃう」

 何かないかとあたりを見回す。作業用らしき小屋が近くにあるのが見えた。

「ちょっとあそこの小屋の中を見てみよう。何かあるかもしれない」


 小屋には鍵がかかっていなかったのですぐに中に入れた。

 懐中電灯をつけると、目に写ったのはドラム缶のようなものが二台と、大型のミキサーのような機械が二台あった。それ以外は作業用の道具棚があるが、興味を引きそうなものはなかった。

「多分、ここで峰酒の原料を作ってるんだ」

 俺はドラム缶のようなものに近づいて見てみる。中に何かを置けるようになっており、ドラム缶の脇にハンドルがついていた。恐らくこれに蜂の巣をセットして回して、巣から蜂蜜を分離するのだろう。

 ミキサーのような機械も見てみるが、これはそのままの使い方で、何かを入れて混ぜるのだろう。何か赤黒いものが付着しているのが見える。峰酒の成分に関わるものだろう。

「使えそうなものはないね」

 作業用の道具棚を漁っていた優が諦めた調子で言った。この小屋では何もできることはなさそうだった。

「勇舞、どうする?何か方法ある?」

 すぐには思いつきそうになかった。防護服と強力な殺虫剤があれば話は早いが、今はそんな装備はなかった。

「うーん、どうするかな・・・」

 再び辺りを見渡す。

「代峰さん、あれは?」

 山の斜面に穴が開いており、そこが洞窟のようになっているのが見えた。

「あんなところに洞窟があったんだ。私あまりこっちに来たことなかったから知らなかった」

「一応、あそこも見てみるか」

 この状況を打開するものがあるとは思えないが、念のため見てみることにした。

「もし、あそこに何もなかったら、峰酒を作るのを妨害するのは諦めるしかないかも」

「うん、そうだね。二人は脱出する時間も必要だし、見つかったら危ないし」

 代峰さんは残念そうな、だけどホッとしたような表情をした。やはり家のものを破壊し、両親と伝統に背くのは相当なストレスだったのだろう。とはいっても、神託をやめさせないと代峰さん自身が危ないのだが。

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