返信


 夜も更けて、明日の予定だけ確認してから寝ることにした。

 明日に親父が迎えに来ることを伝えると広瀬さんは賛成した。

「それが良いでしょうな。本数が少なくて簡単に目につくバスは危険や。迎えに来てもらうのが一番やな」

 一応、代峰さんからの返信はギリギリまで待ちたかった。明日、親父がやってくる時間になっても返信がなかったら、仕方ないのでその時は大人しく帰ることにした。

 ただし、返信が来たら、その時はそれに応じて行動することにした。


 電気を消した部屋で横になる。常夜灯も消すと真っ暗になった。目を閉じているかどうかも分からない暗闇。

 その暗闇の中で今日の出来事を思い浮かべる。

 ともちゃんの一年前の様子。優と楽しんだお祭り。異様な儀式。赤い液体。代峰さん。逢坂。広瀬さんと優の三人の食事。親父との会話。この村の歴史と昔話。

 それらはどこかで繋がっている気がしたが、頭の中ではごちゃごちゃと混ざったままだった。




暗闇の中、女が横たわっていた。

黒い着物を着ており、かろうじて長く黒い髪が分かった。

白い顔だけが闇に浮かび上がっているようだ。

代峰さんだった。

神主の装束を着た男が彼女に近づいていく。

猟銃と盃を持っていた。

男は杯に入っている赤黒い液体を代峰さんに飲ませていく。

代峰さんは盃を飲み干すと、俺に近づいてくる。

暗闇の中、白く浮かび上がった顔が近づいてくる。

それは以前の代峰さんではないような気がした。

逃げようとしたが体が動かなかった。

音がする。

いつの間にか黒と黄色の兵士たちに押さえられていた。

代峰さんの顔は白い無表情だった。

彼女の白い顔の中で、目と唇だけが異様に赤い。

「星村君」

彼女の口から液体が溢れ出し、暗闇の中に垂れていく。

赤黒いそれは彼女が血を吐き出しているようにも見えた。

「勇舞」

それはともちゃんの顔に変わっていた。

二人とも顔が、雰囲気がよく似ている。

彼女の口の端が釣り上がる。

彼女の手が俺の頬に触れる。

彼女の唇が近づいて、俺の唇に振れた。

何かが口の中に流れ込んでくるのを感じる。




 コーン、と鐘の音が聞こえてきた。障子は明るくなっていた。

 広瀬さんが鐘を突いているのだろう。

 少し体がだるい。疲れと傷のせいだろうか。もう少しだけ布団の中で横になっていることにする。

 布団に包まってさっきの夢を思い出そうとした。

 細部までは思い出せないが、代峰さんとともちゃんが出てきたのは覚えている。儀式に似たことをしていた気がする。昨日の峰授祭の儀式が印象に残って夢に出てきたのだろうか。

 それにしても、ともちゃんと代峰さんはよく一緒に夢に出てくる。確かに二人は似ている気がする。長い髪も大きな目も雰囲気も。


 代峰さんでメールのことを思い出した。もしかしたら昨日の返信が来ているかもしれない。

 携帯を確認するが、返信は着ていなかった。

 そのまましばらく布団の中で横になっていると優の声がした。

「勇舞、起きてる?」

「ああ、起きてるよ」

「そう、もう少ししたら朝ごはんできるから来てね」


 洗面所で顔を洗う。鏡を見ると、顔の腫れはほとんどひいていた。

 昨日の客間に行くと、広瀬さんと優が食事を並べていた。

「星村君、おはよう。顔は大分良くなったみたいだな。腹の打撲はどうかな?」

「おはようございます。腹は・・・まだ少し痛むけど、そんなには気にならないです」

「そうか、それは良かった。じゃあ飯にしようか」

 今日のメニューはオムレツにサラダ、イカそうめん、ご飯と味噌汁だった。

「いただきます」

 今日も三人で声を合わせて食事を始める。今日もご飯はうまかった。

 他の家で食事をすると、その家独自の味付けとかがあって馴染めないこともあるが、広瀬さんの料理は癖がなくて食べやすい。僧侶だから味付けが薄いのかもしれない。

「そういえば、咲季から返信きた?」

「いや、まだ来てない。昨日の様子だと、とてもじゃないけどメール見れるような状態じゃないかもしれないし」

「そっかあ・・・心配だね。でも、勇舞のお父さんっていつ頃来るの?咲季の返信遅いと、迎えが着ちゃうよね」

「うん、時間までは詳しく聞いてないけど、朝早くに家を出たら昼前くらいに着くんじゃない?」

 バスでこの村に来た時間を思い出すが、車ならもっと早く着くだろう。

「咲季さんのことは気になるかもしれんが、無事に帰れるならそれに越したことはない。そうだ。この寺の電話番号と私のメアドを教えておこう。お二人が帰った後で何か分かったら連絡しよう」

 俺と優は広瀬さんから連絡先を教えてもらった。


 朝食が済むと昨日と同じくお茶を出してもらった。

 その後、二人は食器を片付け出した。俺も手伝おうとしたが、怪我を理由に免除された。

 一人で居間に座ってお茶を飲む。何となく窓から見える景色を眺める。近くに木曽山脈が走っており、青い壁が間近に見える。その麓にはちらほらと民家や水田が見えた。自然が豊かでのどかな場所だ。閉鎖的で危険な村と似つかわしくなかった。


 ぼーっとしていると携帯が鳴った。親父からの電話だった。

「さっきこっちを出た。あと一、二時間もすれば着くだろう。それまで動いたりするんじゃないぞ」

「ああ、わかってるよ。泊めてもらってる寺で大人しくしてるよ」

「本当に大人しくしてろよ。とにかく、無事でな。それと、優ちゃんもお前がちゃんと見てるんだぞ」

「うん、わかってるよ。優は無事だし大丈夫だよ」


 電話を切って携帯を置こうとしたときだった。再び携帯が震えた。

 メールが届いており、差出人を見ると代峰咲季とあった。鼓動が少し早くなった。俺はゆっくりとメールを開いた。




心配してくれてありがとう。

私は大丈夫。今は少し落ち着いたから。

それと本当に来てくれたんだね。

嬉しい。でも、もう

 帰っちゃったんだよね?

この辺りの面白い所とか、案内したかったか

 らちょっと残念。会えなくてごめんね。

二学期は普通に学校行く

 から大丈夫だよ

そう言えば、宿題とか出てるんだよね。

全然やってないし、そもそも何が出てるのかも

 さっぱりだから、やばいな~。




 文章自体は至って普通で、とりあえず代峰さんは今は大丈夫なようだ。そして暗号を確認する。

「帰、ら、か、さ・・・からかさ?」

 全く心当たりの無い言葉だった。思い浮かぶ言葉といえば、唐傘お化けくらいなものだった。

 優と広瀬さんが食器洗いと片付けを終えて部屋に戻ってきた。

「今、親父から電話があって、こっちに向かってるのと、あと代峰さんから返信来た」

 二人にメールの内容を見せた。

「咲季は今は大丈夫なんだね。それは良かったけど・・・からかさって何?」

「分からない。うーん、地名とか?広瀬さんは何か知ってますか?」

「いやー、分からんなあ。もしかしたらこの村にそういう何かがあるのかもしれんが、私は聞いたこと無いなあ」

 それから三人で少し考えてみたものの、思い当たるところはなかった。

「せっかく返信が来たのに、意味が分からない」

「うーむ、私も長く住んでるわけじゃないからそんなに詳しくないし。村人なら何か分かるかもしれませんが・・・」

「でも、いきなり聞くには変な内容ですよね」

 広瀬さんに聞いてもらうというのも変な目で見られるかもしれない。

「咲季にもう一回メール送ってみたら?どこ?って」

「でも、病人がそんなに携帯いじってたら周りの人に怪しまれないかな?」

 看病してる人とかはいるだろうし、周囲の人に怪しまれたらメールを細かくチェックされるかもしれない。そう何度も返信してくれるか分からない。

「それに、これで通じると思ったから、このメッセージなんじゃないかな」

「ということは・・・割りと有名なものなんやろな。ならちょっと私の部屋に来て。ネットで調べましょ」


 広瀬さんの部屋は本堂から少し廊下を進んだ所にあった。

「さ、入って」

「お邪魔します」

 部屋の中は雑然としていた。部屋の壁は本棚で埋まっており、難しそうなタイトルの本が本棚に詰められている。本棚には入りきらず床に積み上げられている本も多い。

 そして、テレビ、そこに繋いでいるゲーム機、スピーカー。布団を上げたであろう何も置いてない空間。

 窓に向かった机にはパソコンと開きっぱなしの本とノートと何かの書類。

 広瀬さんは机の本とかノートを適当に閉じて片付けるとパソコンを立ち上げる。

「さて、からかさ、でしたな。墨相村と合わせて検索して見ますか」


 ブラウザを立ち上げてキーワードを入れる。すると、お化けに関する記事や墨相村が含まれていない記事ばかりがヒットする。

 そうしたものを飛ばして見ていくと、一つ気になるものがあった。

「その、カラカサ松って何かそれっぽくないですか?」

 ページを開くと、墨相村の森林保護に関するサイトだった。その中で、墨相村にある天然記念物のカラカサ松について記した記事があった。

「樹齢四百年以上か、こりゃ立派なもんですな」

「これのことかな?これ、場所はどこですか?」

「この近くですな。なるほど、ちょうど代峰家の所有してる山の裏のようですわ」

「じゃあ、多分これですね」

 一応、検索結果を他にも見たが、それらしきものは他にはなかった。

「俺、とりあえずここに行きます。多分、ここなら代峰さんが来てくれるか、あるいは、何かしらやり取りできる方法があるのかも」

「うむ、では急ごうか」

「はい・・・あ、優はここに残ってて」

 親父から優の無事を確保しておけと言われているのを思い出した。

「えっ?行くよ。当たり前じゃない」

「いや、でも危ないかもしれないからさ」

「一人で残るなんてやだよ。それに、ここに残ってる方が安全って言えないでしょ。それに、あたしがいたほうが・・・勇舞を助けれるかもしれないし」

 優はじっと俺を見つめる。その目には強い決意を感じる。

「うーむ、確かに残っている方が安全かと言われると怪しいですな。昨日のように寺に乗り込んで来る可能性も無くはない」

 言われてみればそうだった。実際に部屋に上がって確認するくらいの連中だった。

「そうだったな・・・じゃあ、優も一緒に来てくれ」

「うん!」

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