村の歴史


 食事の後、優と広瀬さんが食器を片付けている間、峰授祭のことを思い返す。

 あの儀式は何かおかしいと思った。

 まず、周囲の人の様子。単なる毎年の行事という感じではない。そして儀式のときだけやってきていたスーツ姿の人影や駐車場の高級車。あれは一体なんだったのか?

 近くにいた老人達は代峰さんが盃を何杯飲めるのかを見ているようだった。

 あの赤黒い液体。

 あれと似たものを一年前にともちゃんが家に持ってきていた。

(ともちゃん、代峰家の建てた工場、研究・・・)

 あの時のともちゃんの表情。ぼんやりとした、いつもの彼女らしくない顔だったのを思い出した。その表情は、儀式の時の代峰さんの表情と似ている気がした。

(あれは儀式で代峰さんが飲んだのと同じものだったのか?あの日のことを思い出せれば何か分かる気がするのだが・・・)

 ふと、神主が昔から続いていると言っていたのを思い出した。

 厨房で優と一緒に食器を洗っていた広瀬さんに聞いてみた。

「広瀬さん、この辺りの歴史とか、伝承とかを記した物ってありませんか?」

「歴史・・・そうねえ、前の住職の置いていった本が書斎にあった気がします。後で取ってきましょう」


 広瀬さんは本を五、六冊抱えて部屋に戻ってきた。どれも色褪せて茶色くなった本だった。

「これが歴史に関する本で、こっちがこの地方の民話とか伝承をまとめたものです」

 とありあえず歴史に関する本を一冊手に取る。タイトルは「卜相村の歴史」とある。昨日、広瀬さんが言ったとおり、昔は卜相村と書いていたことが分かる。本を受け取ると埃のようなものが舞い上がり、むせそうになった。

 村の地図と写真、村長の話などが記載され、その後に村の歴史が書かれている。村の起源はかなり古く、平安か鎌倉の頃にはこの辺りに集落があった形跡があるらしい。その後、江戸や近代の歴史が続き、道路の開通や学校教育の始まりなどが書かれていた。

 村の食文化についての記載があり、虫食が書かれている。虫に関しては馴染みがあるようだった。


 それ以上は参考になりそうなことは書かれていなかったので、今度は伝承と民話の本を見ることにした。

 何か儀式に関係してそうな話があるかもしれないので、優も一緒に調べてくれた。一冊を手に取るとそれも黄ばんだ表紙で、染みがついており相当に古いことが分かった。開いて目次を確認する。鬼女紅葉や早太郎、黒姫物語などが載っており、これは俺も子供の頃にこの地域の昔話で知っている物だった。知らない話だけを見ていく。


 しばらく見ても儀式に関係してそうな話は見つからなかった。残っている本も確認したが、それらしい話は見つからない。昔からある儀式なら、民話にその影があるのではないかと思ったのだが。


 とりあえず他にやることが無いので家に電話して、今日あったことと今日も泊まることを伝えた。傷を負ったということは伏せて話した。

 だが、親父は雰囲気で危険な目にあってることを察したらしい。

「おい、勇舞。お前本当に大丈夫なんだろうな?無理はするなって言っただろ」

「いや、大丈夫だよ。別に無理はしてない」

「本当か?何かあってからじゃ遅いんだ。村の人に追われるとか・・・全く、身の危険に関しては臆病すぎるくらいじゃないと駄目なんだ。優ちゃんも一緒なんだろ?とにかく、明日はもう帰って来い。いや・・・明日早くに俺がそっちに迎えに行く。いつでも連絡取れるようにしてろよ」

 俺が止めても、親父は迎えに来ると言って聞かなかった。もう少し息子の言うことを信用して欲しいと思ったが、この状況では親父の方が正論だった。それに代峰さんからの返信も来ていないので動ける目処はない。

 仕方なく、明日迎えに来てもらうことにした。


「優、明日うちの親父が迎えに来るってさ」

「そっか、お父さんは心配だよね・・・あ、所でさ、この話、なんか儀式に関係してそうじゃない?」

 優が本を開いていた。

「何かそれっぽいのあった?」

 それは題名がついていない話だった。俺は目次でも判断して飛ばしていたから見逃していたかもしれない。



昔、猟師が山へ狩りに入った時のことだった。

猟師は神の使いである女と出会った。

その女は山の神へ捧げ物を運んでいる所だった。

猟師には病気の娘がいたので、神へ与えるものならば病気を治せるに違いないと思った。

捧げ物を女から奪い、娘に与えようとした。

女は困り、猟師に返してくれるように頼んだ。

猟師は娘が元気になったら残りは返すと言った。

家の娘に飲ませると、すぐに元気になった。

不思議なことに娘は動物達の話が分かるようになった。

娘は動物の話から猟のこと、天気のことが分かるようになり、猟師は豊かになった。

猟師は欲が出た。

捧げ物は返さず、神の使いである女を捕まえて家に閉じ込めた。

女にもっと捧げ物を作らせようとした。

女は怒り、猟師の娘に呪いをかけた。

娘は再び病気になった。

困った猟師は女を放した。

女は山の神の元へ去っていった。




「どことなく似てるかな・・・」

 山の神が出て来るという点、神に関する物を飲む点、飲んだ女が何らかの力を得るという点。

 そして、代峰家に関する噂の一つ、巫女の呪いとも一致する。

「そう言えばさ、動物の話が分かるようになるって、そんな昔話って他にないっけ?」

「ええっと、なんだっけ・・・頭巾被って動物の話が分かるようになる話だよね?」

「聞き耳ずきん、ですかな?」

 広瀬さんに言われて思い至る。

「そう、それです。似てないですか?この話」

「確かに似てる箇所がありますな。お金持ちになるというところも似てる。昔話は色んな話が混ざったりすることもありますからな」

「へえ、混ざることがあるんですか・・・ということは、この話は聞き耳ずきんがこの地方でアレンジされたものなんですかね?」

「どうでしょうな・・・聞き耳ずきんの要素が断片的すぎる気がしますな。むしろ、元の話に聞き耳ずきんの要素を混ぜたんじゃなかろうか」

「混ぜた・・・じゃあ、元々は神の使いと猟師の話だったんですかね?」

「そうかもしれん。なにせ、神の使いを捕まえたりするなんて、あんまり聞いたことない話ですから、この地域のオリジナルの話かもしれません」

 確かに、こんな話は聞いたことは無かった。

「あと、娘が色んなことを分かるようになったのって・・・もしかして占いを表してたりしませんかな」

「占い?」

「うん。この動物の話が分かるようになった、ってくだりですが、動物の話が分かったんじゃなくて、何かよく当たる占いとか、予想ができるようになったってことじゃないですか?で、当時はそれが何故なのか説明ができんから、聞き耳頭巾の話をくっつけて説明した、って言うことかもしれん。ほら、この村の昔の名前」

「卜相村?」

「そう。村の名前でもあるし、占いとか予想に関係する地域だったのかもしれません。例えば、それを生業にしている者たちがいたとか」

「もしかして・・・神社って、昔は占いとか、そういう要素もあったんですか?」

「うん、今ではおみくじとか祈祷とか、そういったものにそれらしい名残を残しているだけですが・・・神道は昔は政治にも使われてたくらいですし、行動指針として利用されたり、占いっぽいことをしていたってのもありえそうですな」

 色々な要素を考えるに、この昔話が妙に代峰家に関係しているように思えてきた。

 だが、よくわからない部分もあった。

「この、神の使いってなんですかね?これが何者なのかよくわからないんですが」

「・・・はっきりとは何なのか書かれていませんな」

「山に帰ったりするし、女とは書かれてますが、人間ではなさそうな気がします」

「そうやな、神話とか宗教で神の使いって言ったら、大抵は動物なのが相場なんやけどな。この短い話じゃ何なのかわかりませんな」

「動物・・・この村とかで何か特別に扱われてる動物っていますか?」

「いや、聞いたことないな。そういう神聖視されてるような動物は」

(占い、動物、巫女・・・)

 何かつながりそうであと一歩がつながらない。

 結局、それ以上はこの話から代峰家についてわかりそうなことは無かった。

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