作戦会議


「さて、手当もして落ち着いた所で、ちょっと私にも事情を教えてもらえるかな?おっと、その前に、二人の靴とか荷物をこの部屋にまとめておこう」

「え?どうしてです?」

「いつまた、君たちのことを追ってくるか分からんからな。すぐに隠れれるようにしておくんや」

 俺と優は靴と荷物を持ってきてこの部屋の押入れにいれておいた。


 それから、今朝出かけてから、さっきまでのことを話した。

「ふーん。なるほど・・・」

 広瀬さんは難しい顔で考えていた。

「咲季さんは危険そうな儀式をさせられている。星村君の親戚のお姉さんの失踪も関係がありそう。そして、代峰の儀式の舞台裏を覗いたら狙われるようになった・・・」

「簡単に言えば、そんなところです」

 広瀬さんはしばらく考えていたがやがて口を開いた。

「これは・・・すぐに戻ったほうがいいかもしれんな・・・いや、咲季さんのことを心配っていうのは分かるし、親戚のお姉さんも気になるやろ。それは分かる。でもな、星村君もさっき分かったでしょ?本当に危ないんや。代峰に関わると」

 それはこの体が証明していた。

「同級生を心配してやってきた子を傷めつけたり、その後も追ってくるなんて普通はやらんよ。助けようとしない周りの人間も異常や。この村では完全アウェイ状態や。それはつまり、何をされてももみ消されるってことですわ」

 確かにそうだった。単に味方がいないというだけでなく、向こうだけ違法な手段が使えるということだった。

「それに、咲季さんの確認はできたんでしょ?確かに危なそうな状態かもしれんけど、向こうも毎年儀式やってるし、そういう事態には慣れてるかもしれん。病院じゃなくて独自に手当するってのも不思議じゃないかもしれんよ」

「そうだよ、もう帰ろうよ・・・咲季も危ないかもしれないけど、先に勇舞が危なくなっちゃう」

 優も泣きそうな顔で訴えてくる。


 確かに客観的に考えれば、帰るのが一番懸命だった。

 だが、それでも、俺は帰るわけにはいかなかった。

「さっき・・・代峰さんに一瞬だけ会った時、俺に助けを求めた。もしかしたら、このまま放って帰ったら、代峰さんの命が危ないかもしれない」

「だけど・・・勇舞」

「それに、今日調べた感じだと、ともちゃんが失踪した理由にすごく近づいてる気がする。だから、もう少しだけ・・・」

 儀式で使われた赤黒い液体。あれはちょうど一年前にともちゃんが持っていたものだった。

 そして今朝の夢の中で助けを求めた代峰さんとともちゃん。

 そして今日の占いの結果は、俺自身がまだ彼女達に会えるということを信じているということだった。


 優も広瀬さんも黙った。ややあって、広瀬さんは渋い顔で言った。

「しかし・・・今からどうする?」

「う・・・」

 そう言われると、当てはなかった。

「さっきの件で、代峰家に関しては調べづらくなったと思うし・・・それに、星村君は何を知りたい?」

「何を?」

「そう。それを決めんことには、闇雲に動きまわっても危ないだけですわ。一回冷静に整理しましょう」

 そう言われ、一旦これからどうすべきかを考えてみることにした。

 少し落ち着いて考えてから口に出していく。

「まずは・・・代峰さんが本当に無事なのか、それにそもそも何が起こってるのか知りたい」

「うん、そうだね」

 優も頷く。

「ふむ、それがまず一つですな。後は?」

「次は・・・ともちゃんがどうしてるか。どこにいるのか、無事なのか」

 結局のところ、知りたいのはこの二つだけだった。そのためにこの村までやってきた。

「うむ。この二つが目的ですな。では、次は手段を考えますか」

 まずは代峰さんについてからだった。

「どうやったら代峰さんのこと分かるかな?」

「それってさ・・・咲季に聞くのが一番じゃない?」

「でも、聞くって言っても、メールじゃ反応無いし、本当のことを返してくれるとも限らないし」

「ふむ。かと言って、さっきの話からするに家の人に聞いても、本当の事を教えてくれそうにはないですな」

「そうですね。それどころか聞きに行ったら捕まえられる可能性が高そう」

「うーん・・・」

 しばらく三人で考えたが、結局いい案は浮かばなかった。


 次にともちゃんについて考えることにした。

「あの男・・・さっき逢坂って男が口走ってたんです。一年前にともちゃんがどうなったかを知ってる風でした」

「そこでも代峰が絡んでくるか。しかし・・・どうしたもんか」

 広瀬さんは俺の顔と腹の辺りを見ながら困った顔をする。

「直接聞きに行くわけにはいかんよなあ」

「そうですねえ・・・」

 今もみぞおちと顔がズキズキと痛む。

「でも案外、あの男に聞いたら素直に話してくれたりして」

「そんなわけないじゃん!勇舞をこんな目に合わせる奴だよ!」

「はは、まあ、そうだよな・・・」

 確かに普通で考えれば話してくれないだろう。だが、逢坂は可能性がありそうな気がしていた。

 ともちゃんについて話したときの反応。失踪に関わっている可能性は高い。そしてこの傷も代峰に仕えている立場上の行為だったように感じる。広瀬さんの話からするに失踪後は落ち込んでいたと言うし、何か事情があるのかもしれない。


「あ・・・もしかしたらさ、咲季なら、その親戚のお姉さんも何か知ってるんじゃない?」

 ふと、優が思いついたように言った。

「・・・言われてみれば、何か知ってるかも」

「もし、咲季に聞ければ危険ってことはないよね。それに、助けを求めてるくらいだし、家に都合悪いことを隠すってこともなさそうじゃない」

「確かにそうかも。代峰さんに聞くのがいいかも」

 考えるほどに、代峰さんに聞くのが一番な気がしてきた。

「咲季に聞きたいことが多いね。こうなるともうメールとかより、直接話したほうが良さそうじゃない?」

「そうだね・・・でも、どうやって?電話には出ないし、かけるのは危険そうだし・・・」

 それに履歴が着くのも避けたほうがいいような気がした。


「ふむ、しかし、やることは見えてきましたな。咲季さん自身のことも、親戚のお姉さんのことも会って直接聞くのが早そうですな」

「ですね」

「おっしゃ、じゃあ次はどうやって会うかやな・・・ん、音がするな」

 言われて、耳をすますと、外からエンジン音が近づいて来るのが聞こえた。

「こんな時間に来るとは・・・お二人とも。念のため押入れに隠れて。私がいいと言うまで出ないで」




 俺と優は押入れに隠れ、広瀬さんはお寺の方に戻った。

「なんだろうね。お寺に用事がある人?まさか参拝者じゃないよね」

「流石にこの時間だし参拝者じゃないだろうけど・・・急ぎの用事かな?」


 しばらくの間静かにしていたが足音が近づいてくるのが聞こえる。

「広瀬さんかな?」

「そうかも・・・いや、足音が多い?」

 明らかに広瀬さん一人じゃなかった。二人か三人くらいの足音だ。

「広瀬さん以外に誰か来てる。声出さないようにしよう」

「うん」

 やがて障子が開く音がする。

「ね、誰もおりませんよ」

「そのようですね。疑ってすいません。ただ、この寺の辺りで高校生くらいの人影を見たという話がありましたもので。それに、上がって本当にいないか調べろと・・」

「ええ、ええ、分かっております。言われてはるんでしょ?」

「はい。ご迷惑をおかけします」

「では、この寺の客間はこことその隣の部屋がそうでしてな」

 部屋の扉が閉まる音がして、足音が遠ざかっていった。


 十分くらいしただろうか、車の音がして遠ざかっていく。

 それから再び障子が開く音がした。

「お二人とも、もう大丈夫ですよ」

 広瀬さんの声がして、俺と優は押入れから出た。

「いやーまさか本当に寺に上がってくるとは思わんかったよ」

「何だったんですか?」

「代峰家が星村君を探してるみたいや。この辺りで星村君が見られてたらしくてな、尋ねてきましたわ。いないと言ったら、一応上がって部屋を見ると言い出してな・・・本当に上がってくるとはなあ。押入れを開けたりしないかとヒヤヒヤしてましたわ。そこまではしなくて助かったけど」

 昨日の昼飯を買った商店か、それとも今日の昼の蕎麦屋か。心当たりはそんなところだった。

(あれも監視になってるのか)

「車に乗って帰ったのは確認したんで、今はもういなくなりましたわ。さて、私、夕飯まだでしてな。用意しますわ。さっきの話の続きは飯食いながらしましょ」

 俺と優は既に祭りでいろいろ食べていたが、せっかくなので一緒にいただくことにした。優は広瀬さんを手伝いに厨房に行った。俺はこの部屋で休んでるように言われたので、一人で寝転がって考えた。


 さっきは代峰さんに会うと言ったが、果たしてそんなことは可能なのか。さっき担架で運ばれていく様子からするに、ほぼ安静にしていなければいけないだろう。従って、彼女が自宅から出てくるのは難しそうな気がした。代峰さん自身も監視されているような節があるし、そもそもあまり自由が無いからこんなことになっているのだ。

 その上、俺はお尋ね者になったらしく、見つからないように会う必要があった。


 代峰家に忍び込むのは危険だった。家の中の間取りが分からない上に、あれだけの家なら防犯がしっかりしているだろう。

 それに忍びこむのは犯罪なので、捕まったらどんな目に合うか。ただでさえアウェイなのに。

 ああでもない、こうでもないと考えていると、二人が料理を運び込んできてくれた。


 さっきの捜索があったので、他の部屋も窓やカーテンを閉めて回った。昨日と変わって重い雰囲気での夕食になった。

 今日のメニューは、鯖の塩焼き、コロッケ、それにサラダと味噌汁だった。

「夜も精進料理ってわけじゃないんですね」

「そうやね、修行中だと精進料理になりますが、その期間が過ぎれば、本人次第ですな。仏の教えはそもそも肉食を禁じているものではありませんからな。それに現代では肉と魚を禁じると、買えるものや外で食べれるものがほとんど無くなってしまいます。朝早くから動く坊主は体力勝負ということもありますし、力のつくものを食べないとやっていけません。本当は私も食べたいわけではないんですが、仕方ないんですわ」

 そんなことを言いながら、うまそうに鯖にかじりついている。

(この人絶対好きで食べてる)


 食べながら、さっき一人で考えていたことを話した。代峰さんに出てきてもらうのは難しそうだし、かと言って代峰家に忍び込むのは危険だろう、と。二人の意見を聞いても、やはり、それは危険という結論だった。

「代峰家はあれだけの豪邸ですし、当然、防犯もしっかりしてるでしょうな。それに、家に入ったことがある人によると、ごっつい犬を飼ってるらしいですわ。黒くてでっかい犬って話でしたな」

 黒い警察犬、と聞いて代峰さんのマンションで見たドーベルマンが浮かんだ。もしかしたら、あれはペットというよりは防犯と護衛という意味で代峰さんに付けられたものなのかもしれない。立ち上がったら俺くらいの高さになるのを思い出した。あんなのに襲われたら、本当に命を落としかねない。


「それならさ、咲季に直接会う方法聞いてみたら?」

 優が食後のお茶を出しながら言った。

「聞くって・・・どうやって?」

「メールで」

「いや、でも、メールは返してくれないし。そもそもメールで聞けるなら会いに行く必要はないし」

「ほら、咲季って暗号でメール送ってきたじゃん。きっとそのままじゃ、誰かにメール見られてて、返せないのかも。だから、勇舞も暗号で送ってみたら?」

「なるほど・・・」




代峰さん、今日は祭りで少しだけ姿がみれたけれど、

 危なそう状態だったよね?

無理しないでしっかり直してね。

二学期からは元気になって会

 えるといいな。

心配だけど、色々大変そうなので、俺と優は一度帰

 ることにするよ。

もし夏休み中に長野市に戻ってきたら

教えてね

 ?




 暗号で「あえる?」というメッセージを入れた。誰かに見られてもいいように、帰ったということにしてある。

 全体を見ると不自然な文章ではある。あんな死にそうな状態の人に送る内容ではないと分かっている。

 だが、これ以上この村に長居できそうにない。あまり悩んで文章に時間をかけても、会えなければ本末転倒だ。明日くらいまでに返信が来なければ本当に帰るしか無い。こちらから会いに行くのは難しいので、後は代峰さんの返信待ちとなった。

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