警告


「・・・なんだったんだろうね」

 優は呆然として呟いた。

「分からない・・・」

「咲季、一応は大丈夫、だったのかな?」

「うーん・・・」

 儀式については不明な点が多いものの、一応代峰さんは確認できた。

 しかし、あの様子は普通ではなかった。儀式の衣装や血を吐いたような姿のインパクトが強いせいかもしれないが、それ抜きにしても意識がしっかりしていないようにも見えた。

「うわっ、もうバスの時間がギリギリだよ。急がないと間に合わないよ」

 優が時計を見て叫ぶ。

「まじか・・・もうそんな時間かよ」

 果たしてあの代峰さんを大丈夫として帰ってしまっていいのだろうか。

(しかし、ここに残って何かできることはあるのか?)

「ほら、早く行こうよ」

 優は神社の出口のほうに向かっている。

 迷ったものの、ここに居たとしても何か計画があるわけではなかったし、一応は代峰さんは確認できた。今を逃すとまた帰るチャンスを逃してしまう。

「勇舞、間に合わなくなるよ!」

 優の方に向かいかけたとき、ステージの裏が騒がしくなり、叫ぶ声が聞こえる。

「早く連れて行け!」

「先に屋敷に電話して用意させておけ!」


 直感的に代峰さんが危険な状態だと思った。

 さっきの代峰さんの姿、そこから今朝の夢を思い出した。

(そう言えば、血まみれで助けを求めていたっけ)

 そして今日の占いを思い出した。「審判」、「戦車」。再会、そのための行動。

(そうだよな、ともちゃんのこともあったな・・・行けってことか)

 ため息をついて、覚悟を決めた。俺は優の方ではなくステージの裏へと走りだした。

「え、勇舞!?」


 ステージの裏手は仮設テントと幕がいくつか建てられているだけの簡素なものだった。

 近づくと慌てた様子の声が聞こえてくる。

 テントに入ろうとしてすると、入り口に「関係者以外立ち入り禁止」と札がかかっていた。中から声が聞こえてくる。

「早く運ぶんだ!」

 意を決してテントに入った。中には神主や男達が数名、太鼓や衣装が置いてあった。そして担架に乗せられた代峰さんがいた。

「なんだお前は!」

 男たちの一人に怒鳴られた。一瞬、怯みそうになるが、代峰さんの姿を見てしまった以上、ここで引くわけにはいかなかった。

「俺は代峰さんの友達です、心配になって来たんです」

「ここは立入禁止だ!今はお前にかまってる場合じゃないんだ、出て行け!」

 そう言われると言い返せないが、何が起こっているのかを確かめる必要があった。

「急げ!」

 神主の指示の下、男たちが担架を持ち上げて代峰さんを運んでいく。さっき見たときと同じく、黒い小袖に口周りが赤黒く汚れていた。だが、さっきは赤かった顔が今は真っ青になり苦痛に歪んでいる。今は意識がはっきりしているようだ。運ばれていく代峰さんと目があった。

「星村君・・・たすけ」

 かすかに声が聞こえたが、すぐそれは激しい咳に変わった。口からは赤黒いものが溢れているが、それはさっき飲んだ液体なのか、彼女の血なのか分からなかった。咳き込んでいる彼女を乗せた担架がテントの外へ出ていく。

 それを追おうとしたが、男達に道を塞がれる。

「おい、何を見てるんだ」

「代峰さんは大丈夫なんですか!?」

「我々が処置をする。心配はいらない。だが、巫女のあの姿を見られたからには、ただでは済ませんな」

 横にいた男に肩を掴まれる感覚がした。強く握られた肩に痛みを感じた。次の瞬間、乱暴に引っ張られ、テントの外に投げ出された。

 草むらに尻もちをついた俺の前に、体格のいい男が立っていた。

「兄ちゃん、ここは立ち入り禁止だ。何を覗きに来た?」

「覗きって・・・代峰さんは大丈夫なんですか?危なそうだったじゃないですか!」

「心配無用だ。我々が手当をすれば大丈夫だ」

「我々?病院じゃないんですか?どこに運ぶんですか?」

 代峰さんを乗せた担架は男たちに囲まれて、どこかへと連れて行かれる所だった。

「うるさい奴だな。病院では手当できない。我々でなければ助けられん」

 テントに残っていた男達のほうから声がした。

「逢坂、探りにきた奴かもしれん。痛めつけてやれ」

 目の前の逢坂と呼ばれた男は俺に近づいてくる。

(逢坂、どこかで聞いたような)

「兄ちゃん、咲季さんと友達ってのは多分、本当なんだろうな。この村の奴なら見に来るなんてしないからな。しかし、見てはいけないものを見てしまってるんで、すまんが、少し痛い目に合ってくれ」

 男の身長自体は俺より少し大きい程度だが、肩幅や筋肉の付き方が明らかに鍛えられたものだった。どう動くべきか、逃げるか立ち向かうか迷った瞬間に、男の腕が俺のみぞおちに滑り込んだ。

「うっ!」

 激痛と電流のような痺れがみぞおちに走る。

「うっ・・・うぅっ」

 呼吸ができず、痛みで頭の中が真っ白になる。

 腹を抱えて無防備になった顔に平手が飛んで来るのが見えた。ビンタなんて可愛いもんじゃなかった。打たれた頭が回転し、それに引っ張られて体全体がねじれながら倒れる。

 地面の冷たい感触と頬へのビリビリとした痛みを感じる。倒れているにもかかわらず、目の前が周り、地面がグラグラと揺れているような気がした。

 意識の朦朧としている所に声が聞こえてくる。

「巫女は我々がなんとかするから安心しろ。だが、もしあの姿を見たことを誰かに話したらこんなもんじゃ済まないからな」

 男はそう言ってテントのほうへ引き返して行った。

 みぞおちと頬の猛烈な痛みを感じながら、逢坂という名前をどこで聞いたかを思い出していた。そしてすぐに思い至った。

「お前・・・宇佐美知香をどこにやった」

 なんとかそれだけの声を絞りだせた。我ながら震えたか細い声だったが、逢坂の足が止まった。

「お前、知香のことを知っているのか?」

 逢坂が戻ってきたらしい。男の声が頭上でする。

(ともちゃんのことを名前で呼んでるのか)

「一年前に・・・お前が、何かしたってことは知ってる」

 全くの当てずっぽうだった。だが、痛みとアドレナリンが無謀な挑発をさせた。

「知香は・・・俺が何かしたわけじゃなかった」

 妙に苦しそうな声が聞こえた。不思議に思って逢坂を見ようとしたその瞬間、腹に衝撃があった。一瞬体が浮き上がるような感覚がした。

「うぅっふぅ!」

 息が絞りだされ、腹を蹴り上げられたのが分かった。

「知香の知り合いか・・・警告してやるが、関わらないことだ」

 痛みで呻くことしかできず、逢坂が遠ざかっていくのを止めることはできなかった。




 俺が倒れたまま呻いていると、こちらに走ってくる足音が聞こえた。

「勇舞!勇舞!大丈夫!?」

 優の声がして、仰向けに転がされた。

「ああ・・・こんなの全然、平気」

 全く平気じゃないが、口でだけ強がっておいた。しゃべると口の中で血の味がした。

「ごめん、ごめん・・・怖くて、ただ見てるだけだった・・・」

 優は一部始終を見ていたようだ。声が震えて泣きそうな顔をしていた。

「いや、いいよ・・・平気だし」

 優までこんな目に合うことはない。

 それから少しだけ、仰向けで寝ていたが、なんとか立ち上がれそうだった。

「大丈夫?」

「ああ・・・平気だよ。親に殴られて鍛えられてるからさ」

 笑いながら言ったつもりだが、頬の感覚があまりなく、ちゃんと笑えたかどうか分からない。優の表情も固く、笑ってくれなかった。

 優に助けられながら立ち上がると、数人の村人が俺達を見ていた。だが、俺達を助けようという感じはしなかった。

「なるほどね。みんな代峰には関わりたくないってことか」


 優に肩を貸してもらいながら、代峰神社から出た。

「しまった、バスもう行ったよな?」

「あ、そうだね・・・でも、そんなことより、勇舞の手当しないと」

「え?ああ、こんなの後で大丈夫だよ」

 そうは言ったものの、平手打ちを喰らった顔の左側は熱く、腫れてる感覚があるし、胃とみぞおちからは痛みが取れない。

「くそ、覚えてろよ・・・」

 優に聞こえないように小さくつぶやく。


「おお、星村君と志渡さんじゃないか」

 神社の外の駐車場に出た辺りで聞き覚えのある声がした。

「いやー、遅くまで仕事がかかってしまってな。祭りに来るのが遅れたよ。ん?どうしたんや、二人とも」

 広瀬さんは俺達を見ると険しい表情になる。

「広瀬さん!勇舞が酷い目にあったの!早く手当して上げないと!」

「これは一体・・・いや、訳を聞くのは後にしよう。早く車に乗りなされ」

 すぐ近くに広瀬さんの止めた車があった。俺と優は後部座席に載せられる。

「おし、すぐに寺に戻りますか・・・ん?」

 広瀬さんが神社の方を見た、既に暗くなっているが、屋台の影に照らされて何人かがこっちに向かってくるのが見えた。

「何か嫌な予感がするな・・・お二人とも、座席の足元に入って小さくなって。上から何か被って。そこにある袈裟でもいいから。急いで!」

 広瀬さんの声に促されて、座席の下に潜りこむ。

 その上から袈裟を被った。幸い、それは十分に大きかったので、俺と優を覆ってくれた。


 俺と優が隠れてすぐに、車の近くで話し声がした。

「お、そんなに急いでどうしましたかな?」

「ああ、和尚でしたか。いや、実は高校生くらいの男を探していまして。和尚は見ませんでしたか?」

「高校生くらい?いや、見なかったな・・・何かありましたかな?」

「実は、その高校生が代峰家の儀式の後片付けを覗いたそうで」

「はぁ、なるほど。しかし、高校生がちょっと見たくらい問題ないのでは?」

「いや、とんでもない。代峰家にとってあの儀式は大切なものでして、いろんな奴が探ろうとするんです。もしや誰かからの指図で探っているのではないかと当主は心配になったようでして。子供と言っても見逃すわけにはいかんのです」

「なるほどねえ。分かりました。それらしい者を見つけたら連絡しましょう」

 足音が遠ざかっていくのが聞こえた。

「面倒なことが起こってるようですな。しかし、まずは手当をしませんとな」


 寺に戻るとすぐに手当をしてもらった。

「ちくしょう、ひどい腫れ方してるなあ」

 鏡を見ると俺の顔は左側が真っ赤に腫れ上がっている。用意してもらった氷を腫れた箇所に押し付ける。

 平手を喰らった時に首を捻ったらしく、首と肩の辺りも痛かった。

 上半身は今はシャツを着ているが、さっき腹に湿布を貼り付けてもらった。

「幸い、骨とか内蔵に致命的な傷はなさそうですわ。これはやる方も分かってやってる感じやな」

 確かに、逢坂は傷めつける目的でこの傷を負わせた。恐らく、致命的な箇所を避け、痛みだけで済む場所を狙ってやったのだろう。

(逆に言えば、致命傷を与えることも簡単ってことか。今後あの男には注意が必要だな・・・)

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