代峰家の噂


 目的の場所に着くとやはりお寺だった。お寺としては普通の大きさなのだろうが、さっき見てきた代峰家のせいで小さく感じる。

 門をくぐって中に入ると、正面に本堂とそれに続く敷石道があり、左右には手水舎と休憩用の東屋があった。東屋に入り、買ってきた物を食べ始めた。

「次はどこか行く当てある?」

 食べながら優が聞いてくる。

「うーん、行く当てって言われると、ちょっとないなあ」

 代峰さんの家を訪ねる以外はあまり考えていなかった。

「そっかぁ、帰りどうしよう。もう少ししたら、帰りの最後のバスの時間なっちゃうし・・・」

 優が携帯を操作して時刻表らしきものを見ている。

「そっか、バスの時間か」

 時間も無制限というわけには行かなかった。

 長野市内なら夜になっても帰れるが、この村からだと夜に帰るのは手段が制限される。

「それに、もしさ・・・泊まるならさ・・・宿は探しておかないと」

 何故か優は声を小さくして、向こうを向いて話している。一体どうしたんだろう。だが、泊まりというのは考えてなかった。

「泊まり、か・・・ありかもしれないな」

 優の体がピクっと震えた。

「ほら、明日さ、峰授祭とかって話してたじゃん」

「え?」

 優がこっちを振り返る。

「明日さ、村の祭りがあるらしいじゃん。代峰家が主催っていう話だし」

「あ、うん」

「それに代峰さんって祭りの準備をしてるって言ってたでしょ。もしかしたら、明日の祭りで会えるかもしれないし。って、どうしたの?」

 何故だか優の目が険しくなってる気がする。

「いや、別に・・・」

 何か怒らせるようなことをしたのだろうか。

「・・・あ、嫌なら帰ろっか?」

 そう言うと、さらに優の表情は複雑になった。何か言いたそうに口を動かしては止めている。やはり優はよく分からないところがある。

「珍しいですな、こんなところにお客さんとは」

 どうしようかと思っていたところで声をかけられた。

 振り返ると、作務衣のお坊さんがいた。痩せており、若そうだった。

「あ、こんにちは」

 とりあえず挨拶をした。

「こんにちは。私、ここの住職です。お二人はこの辺りじゃ見かけませんな。旅行か何かですかな」

 やはりこの村で俺たちは目立つようだ。

「あ、旅行じゃないんですけど、ちょっと友達に会いに」

 優が答えた。表情が戻っている。助かったかもしれない。

「ほう、友達ですか。いいですね。して、ここにいるということは、もう会った後ですか、それとも、今から会いに行くところですか」

「あ、それが、ちょっと色々あって、会えなくって」

 さすがに、代峰という言葉を出すづらく、優も詳しくは言わなかった。

「そうでしたか。しかし、友達が訪ねて来てくれるというのは嬉しいものですよ。私なんか、実家は西のほうだから遠くってね。なかなか友達が訪ねてくるってのがないんですわ」

 そう言って住職は笑った。今の言葉の中で気になる箇所があった。

「あの、西のほうっていうと、地元の方ではないんですか?」

「ええ、私、実家は関西にあって、親は普通のサラリーマンでして。私が僧侶になってから就職でこのお寺に来ましてな。まだここに来てから二、三年ってところです」

 地元の人間ではない。もしかしたら相談できるかもしれない。

「あの、すいません。ちょっと聞きたいことがあるんですが」

「はい。なんでしょう」

 住職はニコニコして答える。

「あの、代峰家と峰授祭についてちょっと詳しく聞きたいんですが」

「ん、詳しく・・・単なる村の祭りっていう以上に何か知りたいんですかな?」

 住職の顔色が少し変わった。もしかしたら、やはり話したらまずかったのかもしれない。

 だが、今までの村人の反応よりは少し穏やかな反応に思えた。もう少しだけ押して見ることにした。

「実はさっき訪ねた家っていうのが代峰家で、そこの子が同級生なんですけど、この間から急に学校に来なくなって、それで今日は心配してこの村にやってきたんです」

「ほう・・・」

 住職は俺たちを見て、それから門の外を確認した。

「お二人とも。ちょっと中入ってゆっくり話しますか」


 お寺の居間のようなところに通される。しばらく待っていると、住職がお茶とお茶うけを持ってきた。

「ここのお寺は小さいので今は私一人でやっております。あ、バイトはたまに雇いますけど、今はおりませんよ」

 テーブルにお茶とお茶うけを置いて俺と優に勧める。

「私、広瀬知平(ひらせ ともひら)と言います。坊主っぽくない普通な名前ですが、名前にあまりこだわりがありませんのでな。坊主になる時に名前変えたりしておらんのです」

「あ、俺は星村勇舞です」

「あたしは、志渡優です」

「おう、星村君に志渡さんな。私も地元がここじゃありませんのでな、お二人を見て、この辺りの人じゃないなと思って、つい親近感というかで、話しかけてしまったんですわ」

 そう言って、お茶を一口すするとこちらを見た。

「さて、代峰の話でしたな」

「あ、はい」

「さっき話したとおり、私も二、三年前からここに来たんでそんなに詳しく事情を知ってるわけではないんですが、それでも村にいれば色々と話は聞きます。ま、村の者ならみんな知ってるようなことですし、代峰さんの子と同級生ってことですから、話してもいいでしょうな」

「そうですか、ありがとうございます。色々な話、といいますと」

「例えば、さっき、友達に会えなかったって言いましたな。代峰の屋敷には行きましたかな?」

「はい。さっき行ってきました」

「じゃあ、分かりますな。あのでっかい屋敷・・・代峰家はごぉっっっつい金持ちなんですわ」

 やけに、ごっつい、を強調して、手で円マークを作っている。

 さっきから話していて、お坊さんらしくなく、面白い人だと思った。

「ところがですな。代峰家の仕事は神主、つまり神社の運営なんですわ。夫が神主で奥さんのほうは巫女をやってるですが」

「はい。それは聞いてます」

「で、ちょっと考えてください。神社ってそんな儲かる仕事か、ってことですわ」

 それは俺がさっき村のスーパーで聞いたことでもあった。

「うーん、神社の収入ってどのくらいなんでしょうか?」

 正直言って神社の収入なんて全く分からなかった。

「基本的に神社の収入は、氏子さんからの寄付と、お賽銭と、細々した売り物とかですな。もちろん、都心の有名な神社とか、地方でも観光名所になってるような神社なら、お賽銭だけでもエライ収入になるんでしょうな」

「なるほど。じゃあ、代峰神社は?」

「そこですわ。墨相村は見ての通り過疎の村ですから、氏子さんの数も、お賽銭の収入もほとんど期待できませんな。普通の神社なら生活するだけでも苦労するような境遇や。実際、神社の収入だけじゃ食っていけなくてサラリーマンやってる神主なんてたくさんいますわ」

「えっと、じゃあ、どうやってあれだけの豪邸を?あ、確か、村の工場とか、市内にも会社を経営してるとか聞いたような」

「お、そんな所まで知ってましたか。ええ、恐らくそちらからの収入がメインでしょうな。ただ、それ以外でも色々噂がありましてな」

「噂?」

「ええ、あのお屋敷に夜な夜な黒塗りのベンツやらリムジンが通ってるらしいんですわ。村じゃ結構有名な噂です」

 食料品店の店主が、代峰家は政治家や警察とも関係があると言っていたのを思い出した。

「ま、私も実際に見たわけじゃ無いんですが、村じゃ何人か見てるらしいです」

「その車の主は、一体何をしに代峰家へ?」

「そこまでは分かりませんな。ただ、そうした人達からも、何か表にできないお金が流れてるんじゃないかという噂です。あのお屋敷はそうしたお金でできてるって噂ですな」

 説明のつかない、ということで村の風景を思い出した。

「そう言えば、この辺りの家も代峰家ほどじゃないにしろ、結構大きな家だったり、高級車が走ってたりしますよね」

「お、星村君、鋭いな」

 広瀬さんが一瞬ニヤッとした。それから真顔に戻って話を続ける。

「その通りや。神社にかぎらず、この村でまともな商売は難しいはずなんですわ。それにも関わらず、特定の家だけは羽振りがいい」

「特定の家っていうと?」

「一口で言うと、代峰家に関わってる家ですな」

「関わってる?」

「例えば、代々、代峰家をサポートしてるような家とか、あるいは最近の村長さんとか村の役員とか、さらにその家に関係している家とか」

「ふーん、それって、代峰家からお金が流れてるってことですか」

「そういうことでしょうな。ま、もちろん当人達は否定するんでしょうが、説明のつかない大金という意味では、やっぱりそれも噂になってます。しかし、お金が流れてるっていうのは本当のことらしくて、この村で代峰家に意見できる人はいない。代峰家がこの村を牛耳ってるっていうのは間違いないことですわ」

 広瀬さんはお茶うけの煎餅をバリバリと頬張る。煎餅を食べ終わると話は続く。

「さて、それ以外でも変な話はありまして、例えば、寿命ですな」

「寿命?」

「そう。代峰家の女性は代々短命らしいんですわ」

 それは優がこの間話してくれた。優を見ると頷いている。

「これは噂話じゃなくって事実なんですわ。まあ、葬式も代峰神社で自前でやってるみたいで、このお寺には葬式の記録は残ってないんです。が、村人の話とか、病院の記録を調べた人がいるみたいでしてな。先代の代峰の巫女は確か、四十歳くらいだったかな。その前は三十代後半、その前も三十代後半くらいで亡くなってるみたいなんですわ。それより遡ると、記録に残っていないだけで、その前も短命という話ですな」

「三十代ですか・・・ずいぶんと若いですね」

「ええ、四代前とかになると、戦後、戦前とか時代になりますが、それでも四十前なら相当な早死と言って差し支えない。何かがない限りはそんな早死はありえないでしょうな」

「何か、と言うと心辺りが?」

「いや、具体的には分かりません。ただ、それにも噂はありますな」

 広瀬さんは声を低くして話す。

「代峰の家の巫女は、死ぬ直前になると、狂うんですわ」

「狂う?」

「なんでも、死ぬ数ヶ月から一年前くらいになると、幻覚を見たり、おかしなことを話し出したり、夜に村を徘徊したり・・・あとは、痛いと言って泣き叫ぶらしいんです」

 今の話はこの間聞いた。幻覚、体調不良、記憶障害。思わず優を見た。優も俺を見ていた。

「なあ、なんかその症状って、この間・・・」

「うん、咲季が言ってたね。お母さんが様子がおかしいって」

「お、もう知ってましたか。そう、今の巫女さん、村では噂になってますな。もう四、五ヶ月くらい前のことかなあ、村を歩いては何かに怯えたように叫んだりしてたって」

 俺と優は言葉を失った。

「村の人は怖がってましてな。呪いだと」

「呪い?なんのですか?」

「おお、そうでした、峰授祭のことをまだ話してませんでしたな。峰授祭は、峰から授かると書きましてな。元は代峰の家のものが、このあたりの山の神から恵みを授かる儀式だったらしいんですわ」

「儀式ですか。それが今はお祭りに?」

「ええ、今じゃ単なるお祭りみたいなもんですが、一応お祭りの最中に儀式をしましてな」

「儀式っていうと、どんな?」

「お芝居みたいなもんです。まず山の神が盃に酒か何かを注いで、それを使いの者に持たせる。それを巫女のところに持ってくる。次に、巫女はそれを飲み干して、神の力を自分のものとする。最後に巫女は村に豊穣をもたらす祝詞を唱える。代峰っていう苗字も、山の力を借りるっていう意味から来てるらしいんや」

「なるほど、そういう意味の苗字ですか。でも、それが呪いになるんですか?」

「見ての通り、村は過疎の一途。そのくせに代峰家はあんな金持ちですからな。山の神々の力を自分にだけ使っている、その罰が呪いとして現れている、という話ですわ」

「そういうことですか」

「まあ、そんなわけで、代峰の家は羨ましがられてるんだか、恐れられてるんだか、なんとも複雑な感情で村の人からは見られてるんですな」

 そう言われて、さっきのバスセンターの事務員の反応や、インターフォンの対応、食料品店の主人の話を思い出す。

 あれは、自分たちの金のなる木を嗅ぎつけた盗人を見る目だったのか、それとも、呪いを知らずに関わろうとしている犠牲者を見る目か。


「さて、そう言えば、星村君と志渡さんはなんでまた、墨相村に来たんでしたかな。学校を休んでるって言っても電話なりメールなりありますやろ」

 俺はこれまでの経緯を話した。

 最初の相談と占いのこと。メールや電話の反応がないこと。そしてメールのSOSメッセージ。

「はぁ~、なるほどねえ。そういうことでしたか」

 広瀬さんは腕組みをしながら宙を見て考えている。

「うーん、何か関係ありそうな話あったかな・・・あ、そうや、占いって言いますと、横道ではありますが、この村の由来らしいんですわ」

「この村の由来?」

「この村、墨相って書くでしょ。でも、この墨っていう字、元は卜(ぼく)らしかったんですわ」

 広瀬さんがメモに字を書いてくれた。

「と?」

「いや、ぼく、って読みます。これ、元々は占いっていう意味なんですわ。このお寺に来て、記録を見てわかったんですが、昔は卜相村って書いてたみたいでしてな。卜も相も細かくは意味が違うんですが、どっちも占いっていう意味ですわ」

「っていうことは、占いの村っていう意味ですか?」

「その通りや。ただ、だからと言って今代峰家で起こってる事に関係あるとは思えん。だから横道っていうことで」

 占いの村、代峰家、裕福な家・・・何か関係ありそうに思えた。

 そう言えば、最初は代峰さんから占ってほしいっていう話だったのを思い出した。

(妙な所で占いに縁があるな)

「うーん、後はこの時期だと、やっぱり峰授祭かなあ。さっき、代峰家を訪ねた時は何か聞けましたかな?今頃は祭りの準備をしてるところかと思いますが」

「あ、そうです。咲季さんは峰授祭の準備で忙しいって言われて、会わせてもらえませんでした」

「ふうむ、となると、代打かもしれせんな」

「代打?」

「そう。明日の峰授祭ではさっき言った儀式をします。それは代々、代峰の巫女がやることになってるんですわ。ただ、今の巫女はどうにも様子がおかしい。ここ数週間は姿を見た人もいないみたいで、家でずっと寝てるって話です」

「咲季さんもお母さんに会ってなくて、それで心配してましたね」

「そうでしょうなあ。それで、今の巫女が儀式ができないとなると、儀式のできる、代峰の巫女になりうる人間は一人しかおりませんな」

「咲季さんですか」

「そう。それで祭りの数日前から帰って準備してるっていう可能性は、無くはないかもしれませんな」

 確かにその準備で、数日前から学校を休んでいるのかもしれない。

「ただ、そんなに大事な儀式なのかっていうと微妙な気はしますけどな。無理してやらんでも・・・今どきそんな儀式が大事ってわけでもないでしょうし。それに、そんなに準備に時間がかかるようなお芝居でもないと思うんですけどな」

 確かに、今聞いた限りだと、簡単なお芝居のように聞こえる。

「ま、それはそうとしても、その子の確認がしたいなら、明日の峰授祭に行ってみるのがいいかもしれませんな」

 そうだった。明日行くか、帰るかをさっきまで優と話してたんだ。

「優、どうする。帰る?泊まる?」

「あ、それがさ、今時計見たら、もうバスなくなったみたい・・・」

 俺も時計を見る。思ってたよりも時間が経っていた。窓の外を見るともう暗くなっていた。

「うわ、まじか。しゃーない。泊まるところ探さないと」

「うん、そうね、早く探さないと」

「ん、二人ともバスで来てたんか。そっかあ、そりゃ済まんことをした。ついつい話し込んでしまったなあ。お詫びにうちの寺に泊まっていく?ただにしときますよ」

「え?いいんですか?」

「ああ。簡素だけど一応、来客用の部屋はあるし。それに今からって探すって言っても、この村には宿とかもほとんどないから、この暗い中を歩きまわるのも大変でしょう。私の話が長かったっていうのもあるし」

 俺は元々泊まろうと思っていたので、ただで泊まれるなんてラッキーだった。

「やったな、優。せっかくだから泊めてもらおうよ」

「ん、うん」

「ああ、志渡さんも心配なさるな。ちゃんと二部屋以上あるし、離れた部屋にしますよ。おっと、一部屋のほうが良かったかな?」

「あの、いや、その・・・二部屋でお願いします」

 優は複雑な表情で応える。

「冗談ですわい。残念だったな星村君、寺で高校生の男女を同じ部屋すると思ったか!ははっ」

「いえいえ。そうなるでしょ。良かったな、優」

「あ、ありがとうございます・・・」

 優は最近、妙な顔をすることが多くなった気がする。普通にしてれば可愛いのに。




 親にはお寺に泊まることになったと電話すると、母には「頑張れよ」とよく分からない応援をされた。

 だが、親父に今日知った情報、つまり代峰家や村のことを伝えると真剣な声に変わった。

「そうか。以前からあの村は妙な噂はあったが・・・よし、俺も少し調べる。何か分かったら連絡する。勇舞も何かあったらすぐ連絡しろ」


 その夜は、広瀬さんが作った料理を食べて、三人で楽しんだ。広瀬さんは中学までは普通の学校に通っていたが、高校から僧侶の学校に行ったらしい。なんでも、漠然と僧侶という響きが良くて思いつきで決めたとか。とはいっても、普通の若者の楽しみは享受したらしく、ゲームもしていたし、流行りの音楽もよく聞いていたという。最近ではこの村にも光ファイバーが通ってネットゲームをしたりSNSなども楽しんでいるとか。そんなわけで、ちょっと年上だけど普通の友達という感覚で話せた。




 その晩、お開きになった後、洗面所で歯磨きをしていると広瀬さんもやってきて、歯磨きを始めた。

「星村君、今日は残念やったなあ」

「え?何がですか?」

「志渡さんと別の部屋でさ。坊主という立場上、一緒にすることはできんからなあ」

「ああ、いえ、それはそうですよ。優もそうして欲しいと思ってるでしょうし」

「そうかぁ?志渡さんはそんな嫌そうでもない顔だったけどなあ」

「ははっ、またまた。あいつとは結構長く一緒にいるけど、そんな風になったことなかったですし、今回もたまたま一緒に来ることになっただけですし」

「ふーん、そうなのか。まあ、星村君がそういうんなら、そうなんかな」


 それから二人とも歯磨きを済ませて別れるときだった。

「あ、そや。さっきは言い忘れてたけどな」

「はい?」

「代峰家を調べるなら気をつけてな」

 少し暗い暗い洗面所で無表情の広瀬さんが少し不気味に見えた。

「代峰家を調べてるとわかるけど、あの家の周辺ではたまに失踪する人がいるみたいでな」

 心臓が鳴った。

「失踪した人を調べると、失踪する数ヶ月前からこの村に来てたりっていう人が結構いるらしくてな」

「それって、最近だと例えばどんな人が」

「最近だと・・・私が来てからは一件かな。一年くらい前かな、もっと前だと何人かいなくなってるって聞いたけど」

「その、一年前の人って、どんな人でしたか?」

「女だったよ。まだ若い、三十前くらいだったんじゃないかな」

(ともちゃん)

 みぞおちのあたりが締め付けられる感覚がする。

「確か、この近くの工場に勤めてたな」

「その人って・・・代峰家と何か、関わってたんですか」

「うん、そもそもあの工場自体が代峰家が作った工場だし、それと、ほら、さっき話してた代峰家をサポートしてる家、その代表みたいなのが、逢坂(おうさか)家でしてな。あそこの家は代々、代峰家を助ける役割を持ってるらしくてな。軍隊とか警察とか、そういう仕事についてる人が多いみたいですわ。で、一年前はな、逢坂家の男が失踪した女と付き合ってたみたいでな」

 ともちゃんが代峰に関する家の男と。頭がぼうっとして、意識が遠くなりかける。胸のあたりが酸味でピリピリした。

「狭い村やからな、そういうのはすぐ噂になる。まあ、それはそれとして、結局その女は失踪してしまうんやな。うちにも警察が来て色々聞かれましたわ。まあ、私はここに来たばっかで、ろくな証言もできんかったけどな」

「その、女の人って、失踪した時には何か、変わった様子とか、手がかりとかは」

「ああ、そうねぇ、確か、同じ工場に勤めてた人が言うには、悩んでる様子もあったらしいし、そうかと思えば、ずっと工場の研究室に閉じこもってたりしてたらしい。ただ、何に悩んでるのかは話してくれなかったそうだ」

 最後に家に来た時のともちゃんの様子。母と何か話してた。変な夢を見る、と。そして、母が出かけた後・・・

「他には何か」

「他に?うーん、そうねえ、その逢坂家の男な、その女がいなくなってからだいぶ気落ちしてたな。いなくなってからしばらくは寝込んでたみたいでな。今では普通に勤めてるみたいだが、今でもたまに会ったりすると、以前に比べて暗い感じになったなあ」

「そうですか・・・」

「ん、おい、星村君、大丈夫か?なんか具合悪そうじゃないか?」

「あ、ちょっと、貧血かな、たまにやるんですよ」

「おいおい、大丈夫か」

 広瀬さんは肩組をして俺の体を支えてくれた。

「あれ、勇舞、どうしたの?」

 優の声がする。

「星村君が貧血を起こしたらしいんだ。部屋まで運ぶのを手伝ってくれ」

「え、うそっ!」

 柔らかい感触がして、体が支えられるのを感じる。

「大丈夫だよ。大したことじゃないよ」

「何いってんの!真っ青じゃない!」

 体が支えられるような、引きづられるような感覚を感じる。




 気が付くと布団の上に寝かされていた。広瀬さんと優がそばに座ってた。

「運んでもらったんですね、ごめんなさい」

「うん、気を失ったみたいで驚いたよ。でも、顔色はだんだん良くなってきたな」

「でも、まだ青いよ。大丈夫?」

 優が心配そうに俺を見る。優には似合わない表情だと思った。

「ああ、もう大丈夫だよ。ちょっと休めば、すぐ治るよ」

「本当かな・・・」

「いや、すまん、私が不安がらせてしまってな。ちょっとした注意のつもりだったんだが、脅すようなことを言ってしまった」

「あ、いや、それは関係ないですよ。癖なんです、たまにやっちゃうんです。ちょっと驚くとすぐ気が遠くなるんですよ」

「ん、そうなのか。まあ、夜ももう遅いし、そのまま寝るといい」

「あの、今日、あたし、少し見てます」

「何言ってんだよ。別に大丈夫だって」

「だって、何かあったら・・・」

「何も起こんないよ。寝てるときに貧血起こしてもさ、倒れる心配ないし」

「でも・・・」

 優は悲しそうな顔しているように見えた。やっぱり優はよく分からない。

「さ、俺はもうこのまま寝るからさ」

 俺が目をつぶって寝るアピールをすると、広瀬さんは立ち上がった。

「じゃあ、私はこれで。志渡さんは少し星村君のことを見てたほうがいいかもな」

「あ、はい!もう少し居ます」

「うん。じゃあお休み」

 広瀬さんは部屋を出て行った。


 それからしばらくの間、優は部屋にいたが、俺が目をつぶって横になっているので、特にすることもなく、やがて部屋を出て行こうとした。

「じゃあね、お休み、勇舞」

「ああ、ありがとう、優、お休み」

 部屋の灯りが消えて暗くなった。




 それからしばらくすると、体がだるくて気持ちよくなってきた。考えてみれば今日はずっとバスに揺られたり、歩きまわったり、知らないところを訪ねたり。

(そりゃ疲れるよ)

 頭の中にも暗い幕がかかっていく。


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