墨相村
「あ、そろそろ着くみたいだよ」
優に話しかけられて我に返った。バスの窓から見える景色は緑が多いものの、人工の建物がちらほらと見え始めた。集落についたらしい。
「墨相村バスセンター」に着くと俺達はそこで降りた。
バスセンターは村の中心的な位置にあるようで、大きな交差点のそばにあった。近くには雑貨屋とタバコ屋がある。少し周りを見ると民家とアパートのような建物が数棟、水田と林、遠くには山が見える。
「さて、代峰さんの家ってどこかな?」
「そういえば場所知らなかったね、どうやって探そっか」
いくら狭い村とは言っても、闇雲に探すのは無理があった。とりあえずバスセンターの人に聞いてみることにした。狭い村だし、代峰さんの家がこの辺りで有名な家なら教えてもらえるかもしれない。
バスセンターの中はベンチと受付とジュースの自販機があるだけの小さいものだった。受付の内側には事務員とその奥に運転手らしき人がいた。
事務員は書類に何か書いてるところで、運転手は後ろのほうで新聞を読んでにいる。
優は窓口近くにいた事務員に声をかけた。
「こんにちはー。あのう、友達の家を訪ねて来たんですが、家の場所が分からなくて。ちょっと教えてもらっていいですか」
「ああ、こんにちは。よく来たね。友達の家?知ってたら教えれるけど、どこの家だい?」
中年の事務員は温和な表情で答えた。
「ありがとうございます。あの、代峰っていう苗字の家なんですけど」
事務員から温和な表情が消えた。後ろで新聞を読んでた運転手も新聞をずらしてこっちを見た。
「えっ?」
優は戸惑っていた。それは俺も同じだった。
「あんた、代峰さんの家に何か用事かい?」
「あ、いや、用事っていうか、あたしたち高校の同級生でちょっと遊びに」
優が慌てて話す。事務員は俺と優をジロジロと見てから、やがてぶっきらぼうに言った。
「ふーん、そうかい。それならいいんだが。代峰さんの家は、そこの橋を渡ってからしばらく真っ直ぐ行ったところだ」
「あ、はい。ありがとうございます」
礼を言うと、俺と優はバスセンターから出た。
振り返ると事務員がバスセンターの中からこちらの方を見ているのが見えた。
なんとなく急ぎ足でバスセンターを離れる。
「何だったんだろうね。なんか変なの」
「ああ、ちょっと変だったよな」
代峰と言ってから明らかに態度が変わった。それも、友好的になるならまだしも、警戒するような、俺達を疑うような様子だった。
「代峰さんの家ってただのお金持ちの家とは違うのかもな」
教えられた通りに橋を渡り、そのまま道をまっすぐに進む。
歩きながら村の様子を観察する。
村は道の脇には林が残っていたり、水田になっていたりする。民家はまばらで車や人通りは少なかった。良く言えば自然が豊かで、悪く言えば田舎の過疎地だった。
だが、違和感を感じる。建っている民家は少ないが、大きな家が多い。しかも昔ながらの日本家屋ではなく、最近建てられたばかりのような家だ。たまに走っている車も高級車、外車の割合が多い気がする。もちろん、昔ながらの家もあるし、農家のトラクターが走っていたりもするので、感覚的にそういう家や車が目立つだけかもしれないのだが。
「ねえ、どのくらいいけば着くのかな。さっきの人はしばらくって言ってたけど」
少し歩いていると優が話しかけてきた。一本道なのだが坂道が多く、水田や放牧地の関係で曲がったりしている。代峰家らしきものは見えてこない。
「うーん、実は結構遠いのかも。ここらの人は普段は車で移動してるだろうし、しばらくっていっても感覚が俺らとは違うかも」
「そっか、でも歩くしかないよね」
「うん、そのうち着くよ。そんなに急ぐ用でもないし」
あの事務員が嘘を言っていなければの話しだが。
だが、少し進んだところで意外と早く代峰家は見つかった。
「ねえ、なんか、大きい屋敷あるね」
「もしかして・・・あれが代峰さんの家なのか?」
坂道を上がりきると、裏山を背にした屋敷が目に入った。広い道路に面していて、周りは塀で囲まれていた。塀の長さは百メートル以上はあるだろうか。中央に門が備えられていた。
「ひぇー、咲季の家ってこんなでかかったんだ」
「うーん、まだ代峰さんの家かどうかわからないけどね」
とは言いつつも、これが代峰家という確信があった。さっきの事務員の様子や周りの噂などを聞くに、こういう屋敷がふさわしい気がした。
門に掛けてある表札を確認すると、やはり代峰だった。
「どうしよっか」
優がこちらを見る。この屋敷を見て圧倒されたようだ。
「どうしようって・・・いくしかないだろ」
表札の近くにインターフォンがあったが、俺も少し不安だった。
だが、結局はこうするしかない。優を見て、二人で頷いてからボタンを押した。チャイムの音がして、少し間があく。緊張しながら待っているとやがて声がした。
「はい。どちら様でしょう」
男の声がした。
「えっと、あの、長野市から来ました、咲季さんの同級生です」
「咲季さんの同級生の方、ですか・・・ご用件は」
男の声は特に変化はなく、事務的な印象を受けた。咲季さん、と読んでいるので家族ではなさそうだ。家で働いている人だろうか。
一瞬考えた。メールで呼ばれて来た、と答えると、代峰さんが危ないかもしれない。
「咲季さんが学校をお休みしているので、気になって訪ねに来ました」
インターフォンの向こうで少し間があった。
「わざわざ来ていただいてありがとうございます。ただ、咲季さんは今、明日の峰授祭(ほうじゅさい)の準備をしているため手が離せません」
「ほうじゅさい?」
初めて聞く単語だった。
「今は都合が悪く会うことはできませんが、何かあれば伝えておきます」
伝言をすることになるとは思っていなかったので何も考えていなかった。
「あ、じゃあ、星村が訪ねて来た、と伝えてください」
とりあえずそのまんまを言った。
「承りました。伝えておきます」
インターフォンは切れた。
しばらく門の前にいたが、そこにいても何もできることがないので戻ることにした。来た道を戻りながら二人で話す。
「咲季は元気なのかなぁ」
「さっき話したことが本当なら、代峰さんは家の何かお仕事のためにこっちに戻ってきて、今も働いてるってことだよね」
「そうねえ、そう言えば、担任も家の事情とかなんとか言ってた気がするし」
会わせてくれなかったのは気になるが、学校に伝えている話と違いはない。さっきの言葉を信用するなら、特に代峰さんを心配することはないということになる。
だが、何か引っかかる。会えないほど忙しい状態なら、なぜ代峰さんは早く来てくれとメールを出したのか。それにさっきの対応も、初めから合わせるつもりがないような雰囲気だった。いくら忙しいと言っても、同級生が心配して訪ねてきたら少しだけ合わせくれても良さそうなものじゃないのか。そんなことを考えながら坂道を戻っていく。
気がつけば、どんよりとした空になっていた。山が近いせいだろうか、雲が多い。長野市の晴天と違って、少し暗い空になっていた。
「さて、これからどうしようか」
坂道を降りてきた辺りでちょっと立ち止まる。このまま戻ればバスセンターだ。だが、今すぐに帰るわけにもいかない。代峰さんの安否を確認するという目的は達成していない。かと言って、行く当てもない。
どうするか悩んでいると、何か音が聞こえた。優が顔を少し赤くしてお腹を抑えていた。
「あ、いやっ、その・・・お腹すかない?」
優のお腹が鳴ったらしい。言われて気がついたが、俺も腹が減っていた。時計を見るともうとっくに昼を過ぎている。冷静に考えれば、墨相村についた時に既に昼を超えており、そこから歩き回っていた。
「何か食べよっか」
「・・・うん」
周りを見ると、小さな食料品店のような店があった。
「あそこ、ちょっと行ってみようか?何か売ってるかも」
そのお店は田舎にありがちな個人経営のミニスーパーのようなお店だった。会計のところに中年の男が座っていて、俺たちが店に入ると軽く「いらっしゃい」と言った。
店は手入れがあまりされていないのか、照明は薄暗く、コンクリートの床もペンキが剥げている箇所が幾つかあった。普通に仕入れた菓子パンやおにぎりだけでなく、お店で作った惣菜なども売っていた。
俺はサンドイッチと缶コーヒーを買った。会計をしていると男が話しかけてきた。
「お兄さんたち、この辺の人?」
「いえ、ちょっと用事があって来ました」
代峰家を訪ねていることは言わないほうがいいような気がした。
「へぇ、こんなところに。珍しいねぇ」
優がおにぎりとお茶を買ってるときも色々と話しかけている。どうやら話好きらしい。もしかしたら、何か教えてくれるかもしれない。
店を出るときに少し聞いてみることにした。
「あの、さっきちょっと坂の上まで歩いたんですけど、大きいお屋敷ありますよね。あれって個人の家なんですか?」
代峰さんの家というのは知っているが、この村でどう見られているかを確認したかった。
「ああ、代峰様のお屋敷ね」
「代峰様?」
「うん、この村を取り仕切ってる家だよ」
「へえ、なんかすごそうですね」
「ああ、この村で一番の金持ちだね。代峰神社の運営をしてるんだけどね」
「へえー、神社ってそんなに儲かるんですか?」
「いや、それ以外の商売も色々してると思うよ。例えば・・・市内にも幾つか会社を持ってたはずだし、あと、村の近くの工場も代峰さんのだったかな。化粧品だったか、サプリメントだったか、何か作ってる工場って聞いたけど」
「はぁ・・・すごい家なんですね」
「そうだねえ。ま、後は噂だけど、政治家とか警察とか色々顔が利くらしいからねえ・・・おっと、余計な事言ったね。まあ、お兄さんたちは関係ないとは思うけど、できれば関わらないほうがいいかもね」
既に関わり出しているので少し胸の奥で心臓が跳ねた。
「あ、でも明日になったら本来の神主と巫女の姿が見れるかな」
「明日って何かあるんですか?」
「明日は峰授祭だよ」
さっきも、そんな単語を聞いた気がする。
「峰授祭ってのは毎年この村でやってるお祭りでね。代峰家が主催しているお祭りだよ。まぁ、そんなに大した規模の祭りじゃないけど、この村での数少ないイベントだ。もし明日までこの村にいるんだったら見てみるのもいいかもよ」
俺たちは店主に礼を言って店を出た。
「どこで食べよう?」
優がビニール袋を持ったまま辺りを見回す。さすがに立ち食いはしたくない。
少し離れたところに寺のような建物が見えた。
「あそこなら少し休憩するような場所があるかもしれない」
俺と優は寺らしき建物に向かった。
優はチラっとさっきのお店を振り返った。
「なんか色々知ってる人だったね。咲季の家のことが聞けたね」
「うん、田舎のお店ってこういう感じなのかもね」
「こういうって言うと?」
「田舎だと商品を大量に仕入れれないから、安いわけでも、品揃えがいいわけでもないじゃない?その代わり、地域のコミュニティ的な役割で人を惹きつけてると思うんだ」
「コミュニティ的って?」
「要は、店で品物を買った後、あそこでお喋りをして、この辺りの噂話を共有するんだと思うよ」
「あ、そう言えば、あたし達も話しかけられたよね」
「うん、癖になってるのかもね」
あるいは、見慣れない人が村をうろついていれば、チェックするのかもしれない。
そっとお店を振り返ると、暗い店内の中、窓際に立った店主がこちらの方を見ていた。さっきのバスセンターを思い出して、少し気味が悪くなった。この村では部外者は監視されているのだろうか?
そういう意味では、情報は手に入ったものの、代峰さんの家を気にしているのがバレたのはまずかったかもしれない。
でも、もしかしたら、単純に話好きなだけかもしれないし、俺達が珍しいだけかもしれない。無駄に優を不安がらせてしまうかもしれないから言うのはやめておいた。
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