失踪した彼女
翌日、学校に行くと代峰さんは登校しなかった。HRで担任が代峰さんの休みを告げた。
「代峰は今日は休みだ。家の事情で数日休むらしい」
俺は優のほうをそっと見た。優もこっちを見ていた。
休み時間に二人で少し話した。
「勇舞はどう思う?」
「うーん・・・数日休むってことは実家で何かあったのかな」
「お母さんのことで何かあったのかもね。あたしたちもさ、何かしてあげたほうがいいかな」
昨日一緒に話を聞いた身として、優も気になっているらしい。優はこういうふうに自然と人のことを気にしたり、助けようとするからみんなから好かれるんだろう。
「何かできることあるかな・・・まだ何か起こったとも分からないし、もしかしたら意外と早く学校来るかもしれないよ。まあ、メールでもして様子を聞いておくとかはありかもね」
「そうだね。メールくらいだそうか」
俺と優は代峰さんにメールを出した。内容は特に何でも無いもので、急に休んだから少し心配してるというものだった。
次の日も、その次の日も代峰さんは登校しなかった。メールの返信もなかった。
さらに翌日は終業式だった。この日も彼女は登校しなかった。
明日からは夏休みということもあり、授業も早めに終わり、クラスは少し浮かれている雰囲気があった。
だが、俺と優はあまり浮かれた気分にはなれなかった。
優は今日は部活は無いらしく、俺も美術部のほうは直近のコンクールに出品する作品は出来上がっていたから優と一緒に帰ることにした。
「はぁー、咲季のことはどうしようもないかなあ。気にはなるけど、メール返ってこないし、電話しても出ないし」
「うーん、せめて何か反応あればね」
そんなことを話しながらいつもの帰り道を進む。
「あ、そうだ・・・勇舞は夏休みに何か予定ある?」
「いやー、あんまないよ。お盆に親の実家に行くくらいかなあ」
「あ、そう。じゃあさ、あたし、夏休みの最初は少し部活休みだからさ。どこかに」
そのとき俺の携帯が震えた。
「メールだ。もしかして」
見てみると代峰さんからメールが届いていた。
星村君、返信おくれてごめんなさい。心配させたかもしれないね。
あたしは元気です。今は墨相村の実家に戻ってます。
ただ、ちょっと家で色々やってるから学校休んじゃってるけど。
少ししたら夏休みだよね。
もし良かったら、墨相村に遊びにこない?
結構楽しいと思うよ。
もし来るんだったらできれば早いほうがいいかな。
そういば、休み前にやったテストもう返ってきてるよね?
テストの結果見れて無いけど、どうなってるかな。
メールを見て何か違和感を感じた。どこか不自然な気がする。
「何よー、咲季はなんていってんの?」
優が不機嫌そうな声を出しながら俺の携帯を覗きこんでくる。
「んー、なーんだ。大丈夫なんじゃん。遊びに来いって言うくらいだし。心配して損した。それにしてもなんで勇舞にだけ返信してんのよー」
ぶつぶつ言いながら自分の携帯をチェックしている。優には返信していないらしい。
俺は再びメールを見て違和感の原因を探る。スペース、不自然な村への招待とテストの話題。
(ん・・・もしかして)
「おい、優、これ」
「何よ」
「これ、変な所にスペース入れてるだろ」
優が俺の携帯を覗きこむ。
「スペース入れてる行の最初の文字だけ追って見て」
「た、少し、結果、テスト?」
「一番最初の文字だけ拾うと、助けて、にならない?」
「え?」
「もしかしてSOSじゃないか?早く来て欲しいらしいし」
「いやいや、ちょっと待って。確かにそうとも読めなくないかもしれないけど。いや、でも、偶然ってことはない?スペースも間違って入っただけでさ」
「それなら、最後に取ってつけたようにテストのことを気にしてるのは変じゃない?それに、いきなりあんな離れた村に遊びに来いって、不自然じゃない?」
「そう言われると、変だね」
優も真剣にメールを見だした。
「でもさ、何か危ないことになってるなら、周りの人とかさ、警察とかにさ連絡するんじゃない?こんな普通のメールを装って勇舞にだけ返すかな?」
「それは・・・周りに助けてくれる人がいないとか、あるいは、周りの人に監禁されてるとか。メールが普通のものを装ってるのは、見張られてるとか、携帯をチェックされてる状況なのかも」
「え、それって・・・なんかやばくない?」
「もしそうだったら・・・やばいな。それに結構遅れてメールが返ってくるのも、あんまり返信しないと不自然だからっていう理由で誰かに命令されて返信したのかも」
二人で道で立ち止まってしばらく考えていた。
「え、どうしよう?もしかして警察とかに相談したほうがいい?」
「いや、このメールだけでいきなり警察に行っても、何かしてもらえるとは思えない。本当に普通のメールだったって可能性も無くはない」
それに、もし本当に監禁とかされてるんだとしたら、警察に動かれると、かえって代峰さんが危なくなるかもしれない。
「さて、どうするかな」
翌朝、出かける準備をしていると玄関のチャイムがなった。
「優ちゃん。おはよー」
母の声が玄関から聞こえてきた。優が来たらしい。
「勇舞、優ちゃん来たよー」
「はーい。今行くよ」
ちょうど出かける準備もできたので部屋を出る。玄関に行くと優と母が話しているところだった。
「あ、勇舞。おはよー」
「おはよー、優」
挨拶をしつつ、玄関で靴を履いていると、二人は話を続けた。
「それにしても、墨相村だっけ?ずいぶんと辺鄙なところ行くのね」
「はい、クラスの友達の家があって、会いに行くんです」
「それなら仕方ないけどねえ。せっかく出かけるなら、もっと別の楽しい所に行けばいいと思うけどねぇ。住んでる人には悪いけど、あそこってあんまり見て回るところとかないんじゃない?」
「あんまり見る所無いっていうのは聞いてるんですけど、山奥だから自然が近いっていう話しですし、一日くらいなら飽きないと思うんです」
「うーん、うちのおばあちゃんは昔あの辺りに住んでたみたいだけど、あたしはあの辺りは殆ど行ったこと無くてね・・・あんまり見どころとか教えれないのよねえ」
昨日、あの後どうするか考えて、墨相村に行くことに決めた。
結局、あのメールがSOSかどうかは確証は無いが、もし本当に代峰さんが危険な状態だったら放置するわけにはいかない。メールに返信したが、それに対して返信は無く、電話をかけても繋がらなかった。
そこであのメールの通りに彼女の家を訪ねることにした。もし無事に会えたらそれはそれでよし。単に遊びに行くことになるだけだ。もし何かあったなら、その時点で警察を頼るか他の手段を考える。
まだ何かが起こったわけではないので、周りには単に友達を訪ねるということにしておいた。当初は俺一人で行こうと思っていたが、優も一緒に行くと言い出した。
一緒に代峰さんの話を聞いているのでやはり気になるのだろう。訪ねるだけなら危ないことも無いだろうし、俺としても、万が一何かあった場合には人手が多いほうがいいと思った。
「お、優ちゃんおはよう」
「あ、おはようございます」
親父もやって来た。今日も徹夜で原稿を書いてたらしく、ボサボサの髪に伸びた髭、部屋着という格好だ。
「話は聞いてるよ。二人で出かけるんだって?いいなあ、勇舞。俺は高校生の頃に女の子と二人でどっかいったことなんてなかったぞ。ちょっと俺と変われよ」
親父が何か勘違いしているらしい。
「同級生の家に遊びに行くだけだよ」
「え、ええ・・・そうなんですよ・・・その、ちょっと休んでる友達の見舞いに」
「あ、そうだったの?ふーん。どこに行くの?」
「墨相村です」
「墨相村?結構遠い所だな。確か、電車通ってないよなぁ。バスで二、三時間時間かかるんじゃないかな?」
「そのくらいかかるみたいですね。ちょっと長いですけど、山に囲まれてるらしいのでバスから景色でも楽しもうかなって」
「ふーん、まあ、友達に会いに行くなら仕方ないか。そういえば、あそこら辺ってうちの知り合いって誰かいたかなあ」
親父が思い出そうとしていると母が声を落として言った。
「あそこは、前にともちゃんがいたけど・・・」
「あっ・・・知香か。そういえば、あの辺りに勤めてたか」
親父も少し声を落とす。
知香と聞いて思い出した。昨日から引っかかっていたのはこれだった。彼女との記憶がよみがえる。
少し茶色がかった長い黒髪。知性と意思を宿した大きな目。彼女と一緒にいた時間。そして、一年前に彼女が消えたと知った時の喪失感。
最初は胸に小さな穴が空いたような気がした程度だった。それはじわじわと広がり続け、今では絶望的な大きさになっている。
「勇舞、どうしたの?」
優が俺を見ていた。玄関に座り込んだまま、ぼうっとしていたらしい。
「あ、いや、なんでもない」
慌てて立ち上がる。時計を見るとそろそろバスの時間が迫っていた。
「そろそろ時間だから行ってくるよ」
「二人とも気をつけていってくるんだよ」
「はーい」
俺と優は玄関を出ていこうとした。
「あ、勇舞、ちょっと」
母が俺を呼んでいた。俺が戻ると母は俺の首に腕を回して顔を近づけた。
「頑張ってくるんだよ」
「な、何がだよ」
「何が、じゃないよ!優ちゃんみたいないい子と一緒に出かけるなんてチャンスでしょ!頑張って来なさい」
母の拳が俺の腹にめり込んだ。
「うっほぉ」
意外と痛かったので思わず変な声が出た。母が俺を離すと、入れ替わりで親父が俺の首に腕を回す。
「俺が代わりに行ってやろうか?」
「それはいいよもう!親父は仕事してろよ」
「まあ、それは冗談だ。だけど気をつけろよ」
親父は真顔だった。
「墨相村は妙に行方不明者が多い、知香のこともあったしな」
行方不明、知香と聞いて緊張した。
「何か変だと思ったらすぐに連絡しろよ。いいな」
「あ、ああ・・・分かったよ」
「よし、行って来い!」
親父の拳が俺の腹にめり込んだ。
「おっふぅっ」
「なんでお父さんとお母さんに殴られてるの?」
「知らねーよ。本人に聞いてくれ」
「ふーん、でも仲がいいよね」
そう言って優は笑う。今日は白いワンピースに紅いカーディガンを羽織った格好だった。明るい色だから優にぴったりだと思った。いつもは制服姿で白と紺色というイメージがあったから新鮮だった。
バス停に着くと時間がギリギリだったこともあり、すぐにバスが来た。朝の通勤ラッシュ時間は過ぎていたから乗客はまばらだった。俺と優は後ろの方の席に座った。
「ふー、少し落ち着いたね」
「ああ。これから三時間くらいかかるのかな」
「そうだね、昨日ちょっと調べたけど、バスだと三時間くらいかかるかな」
そう言いながら優が携帯を取り出す。時刻表か何かを見ているらしい。
「やっぱり結構かかるね。向こうに着くのはお昼すぎくらいかな」
二、三十分ほど経つと長野市の中心部を過ぎて墨相村の方角、県南の方へとバスは進む。
「あたしさ、昨日、ちょっと墨相村のことを調べたんだけど、あんまり詳しいこと分からなかったよ」
「あ、そうなの?ネットで?」
「うん。検索してもあの辺りのことはあんまり出てこなかった。普通、市町村ってホームページがあるよね?」
「ああ、そうかも」
「でもさ、あの村って無かったんだよね。まあ、必ず作らなきゃいけないっていうものでもないんだろうけどさ。少し調べてさ、たまにちょっと書かれてるサイトあっても、簡単な説明だけでほとんど記事がないんだよね」
「ふーん、つまりどんな村かわからないってことか」
バスに揺られていると次第に窓に映る人工の建物が減ってきた。代わりに林や田んぼ、青い山々が目立つようになってくる。夏の太陽の元、緑が生き生きとした姿をしていた。長野県は自然や山が多い県ではあるけれど、普段は長野市の中心部で生活しているので、こうした風景を見る機会は意外と少ない。
「長野市からの直線距離も長いし、山に囲まれてるせいで回り道とか多いみたいね。山道も多いからスピード出しづらくて、それで時間かかるみたい」
「なるほどね。交通の便が悪いのか。山に囲まれてるとすると、村の面積もそんなに広くないだろうから、小さい村なんじゃないかな?」
「うん、人口も少ないみたいね。特に観光スポットがあるわけじゃないみたいだから、そんなに人が訪れることもないみたいだし。ただ、山に囲まれてるから山登りが好きな人とかはたまに行くみたいね。そういう人たち用に小さなペンションがいくつかあるみたい。それと後は虫かな」
「虫?」
「うん、あの村だと虫食べるんだって」
「あー、食べる地域なんだ。この辺りでもイナゴとかハチとかたまに売ってるよね」
この辺りでは昆虫食の習慣があり、スーパーなどでたまに食材として売っていることもある。
「うん。あたしはあんまり食べたことないけど。でも、おじいちゃんとかお父さんくらいの時代だと結構食べてたって聞いたことある」
「うちはどうだったかな・・・俺はあんまり食べたことないなあ。それにあれ、結構高いよね」
「うん。多分、普通にお肉とか魚よりも高いし、そんなにたくさん売ってるわけでもないかな」
昔は虫は手に入りやすい蛋白源だったかもしれないが、今では他の蛋白源に代わられ、流通量は僅かだ。むしろ珍味や高級品の部類だろう。
「じゃあさ、村に行ったら何か食べてみる?」
軽く提案すると、優はなんとも微妙そうな顔をする。
「んー、勇舞が食べたいっていうなら付き合うけどさ」
「いや、冗談だよ。別に好きなわけじゃないし。話のネタになるかなって」
「あたしたちが食べたって別に面白くないんじゃない?このあたりでも探せば売ってる所あるだろうし」
「それもそうか」
虫を食べるのを嫌悪する人も多い。この辺りでも食べる地域もあればそうでないところもある。同級生でも食べれない奴は多い。
優はそれほど嫌いというわけでもなさそうだ。あるいは俺に合わせてくれているのかもしれない。
俺は虫食に関してはそれほど嫌悪感はなかった。あまり食べたことがないので、抵抗が無いのは少し不思議だったが、あまり食にこだわりのない性格だからかもしれない。
バスがさらに進むと次第にトンネルや林、山道が多くなってきた。崖のような道も多く標高差が激しい地域のようだ。だが、山を間近に見る景色は見事で、つい目を奪われた。そうした景色の変化から墨相村に近づいていることを感じる。
そのうち、景色を眺めながら宇佐美智香(うさみ ともか)のことを考えていた。
彼女は周りからともちゃんと呼ばれていて、俺も彼女のことをそう呼んでいた。十歳くらい年の離れた親戚。長く艶のある髪が印象的で、落ち着いた立ち振舞もあって知的な雰囲気があった。
大学はどこかは聞いてなかったけど、化学に関する研究をして大学院を出ていたらしい。化粧品メーカーの研究員として就職して、元々は他県で勤めていた。それが数年前に墨相村の近くに新しい工場が建ち、そこに勤めるようになった。
うちの母とも仲がよかったから長野市に用事があって来るときは星村家に寄ってくれた。
俺とも遊んだりしてくれたし、色々な話も聞かせてくれた。博識で特に科学の話題が多かった。俺が科学の授業が好きなのはともちゃんの影響だろう。占いを教えてもらったのも、ともちゃんからだった。もし歳の離れた姉がいたらこんな感じだったかもしれないと思った。
ともちゃんの話を聞くのが楽しみだった。話す時に彼女の大きな目が興味で輝くのを見るのが好きだった。彼女のことが好きだった。
一年前くらいから彼女が来なくなった。
元々、定期的に来ていたわけではなかったから、少し来なくなったからと言っておかしいというわけではなかった。
だが、数週間、数ヶ月を過ぎても彼女が来ることはなかった。来なくなって半年を過ぎた頃、彼女の失踪を聞いた。どこにも何の連絡も無いまま急に消えたらしい。
その話を聞いても、俺はそれほど心配しなかった。無根拠に大丈夫だと思っていた。自分の好きなものが簡単に消えるわけが無い、自分がそんな悲しい目に会うわけがないと思っていたのかもしれない。そのうちまた家に来るに違いないと思っていた。
もう一年が過ぎた。
彼女がどこへ行ったのか、何か事件に巻き込まれたのか、何の手がかりも無い。
今でも彼女が家に来てくれることを想像することがある。だが、それはあまり実現しそうにないということを少しづつ受け入れ始めていた。
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