占い
「星村君」
美術部の部室から出て玄関へ向かっていたところで声をかけられた。振り返ると、夕日で紅く染まった黒髪が見えた。
「あ、代峰さん」
代峰咲季(しろみね さき)とは同じクラスだがあまり話したことはなかった。
あまり人と関わりたがらないようで、教室では一人で本を読んでいる姿をよく見かけた。でも、話しかけると普通に返してくれるので、暗いのとはちょっと違う。周りに溶け込めないというよりは、あえて一人でいることを選んでいるようだった。
「あの、ちょっと、話があるんだけど」
「え、何?」
長い髪と大人っぽい雰囲気があって、何となく彼女のことは気になっていた。だから、放課後の廊下でいきなり話しかけられて少しドキっとした。
「星村君って占いとか得意なんだよね?色んな人から相談受けたりしてるって聞いて」
「ああ・・・占いね。面白半分にやったりはしてるけど」
占いは昔から好きで、たまに学校で友達相手に占ったりもしている。大抵は雑談しながらなのだが、相談っぽい内容だったりすることもある。
「あの、私の話聞いてくれないかな」
「うん、いいけど。今?」
「そうね、できれば今がいいかな。星村君は時間大丈夫?」
なんとも急な話だと思った。
「いいけど。でも、もうそろそろ閉まる時間じゃないかな」
さっき部室を出る時に時計を見たらもうじき校舎が閉じられる時間だった。
「そうね、時間もそうだし、学校だとちょっと・・・そうだ、私の家に来てもらっていいかな?」
玄関の靴箱で履き替えて校門へ向かう。
夕暮れの校庭では運動部の部員が走っており、どこからか吹奏楽部の演奏が聞こえてくる。夏休みが近いせいだろうか、いつもより部活に熱を感じる。
いつもは一人で眺めることが多い学校の風景だが、今日は代峰さんと一緒だった。
(学校じゃ話せないことって一体なんだろう・・・)
少し疑問もあるが、代峰さんの家に誘ってもらえるのが嬉しかった。
(相談っていうのも口実で、もしかしたら代峰さんも俺のことが気になってたりとか)
そんなことを考えているときだった。
「あ、勇舞じゃん」
聞きなれた声だった。
「あ、ユウ」
声の方を見るとショートの髪に制服姿のシルエットがこっちに走ってきた。
志渡優(しど ゆう)は同じクラスの女子でバレーボール部に所属している。
部活の後らしく、学校の鞄とドラムバッグを持っていた。
「あれ、なんで咲季と一緒なの?」
「その・・・偶然一緒に帰ることになって」
まだ、どんな相談なのか代峰さんから聞いていないので、素直に話していいのかどうか分からない。
「ふーん、そうなんだ。珍しいね」
そのまま優も一緒に並んで歩き出す。優とは中学も同じ学校で、高校も一緒に進学して、クラスも今年から一緒だった。家の方向も同じだったのでたまに一緒に帰ったりもする。明るい性格で話しやすいし、部活ではキャプテンをしている。みんなからも頼りにされているようだった。
「優は部活終わったところ?」
「うん。今日はちょっと早く終わってね。勇舞も?」
「ああ、うん。俺の場合はいつもこのぐらいだけどね」
「咲季も部活?」
「あ、いや、あたしは今日は部活なかった」
「そうなんだ。なんで学校残ってたの?」
「んっと、本読んでたりしてて」
代峰さんも相談のことは伏せているようだ。俺もそれについては避けるように優と話を続ける。
三人で話しながら歩いていると、代峰さんの家と、俺と優の家の方への分かれ道になった。
「あ、あたしはこっちだから・・・ここでお別れかな」
代峰さんはそう言いながら俺を見ている。俺と優は一緒の道だ。
「あたしと勇舞はこっちだから。じゃあまた明日」
代峰さんの家に行くことになっているから、俺も彼女の方に行かないといけないが、優に話すのもためらわれる。
(どうするかな)
ちょっと考えて、代峰さんには先にいってもらうことにした。
「じゃあ代峰さん、また明日ね」
目配せをしてから、とりあえずの挨拶をする。
彼女は一瞬俺の顔を見たが、俺と優を少し見てから納得した様子で帰っていった。
それから俺と優は一緒に帰り道を歩く。
「そう言えば、咲季って部活は確か、居合道だったかな。意外だよね。文化系の部活に入ってそうなイメージだけどね」
「え、居合?本当?」
「うん。あたしの友達が居合に入ってて、咲季と一緒って言ってたし」
代峰さんが道着と袴に日本刀を構えている姿を想像する。絵としては彼女のシャープなシルエットと日本刀が案外合っている気もする。
だけど、性格的にはやっぱり意外だった。
そんなことを話しながら、しばらく進んでから切り出した。
「あ、しまった。忘れ物した・・・ちょっと取ってくるわ」
「えっそうなの?あたしも一緒に戻ろっか?」
「いやいや、それは悪いよ。先に帰って」
一緒に戻られたら意味がなくなってしまうので、さっさと学校の方へ戻り始める。
「あっ、そう・・・じゃあ、勇舞、また明日ね」
「うん、また明日」
優と別れてから急いで戻る。
さっきの分かれ道へ来ると、学校へは戻らず代峰さんの家の道へ進んでいく。少し進んだ所で彼女が待っていた。伝わったみたいでよかった。
「おまたせ」
「ごめんなさい。せっかく志渡さんと一緒だったのに、無理してもらったみたいで」
「いや、大丈夫だよ。代峰さんは急ぎの相談なんだよね」
それから二人でしばらく歩くと少ししてマンションの前についた。高層で二十階くらいはありそうだった。
「あたし、ここに住んでるの」
「へー、大きいね。学校にも近いし、いいね」
「うん。お父さんとお母さんがね、通いやすいようにって、学校の近くにしてくれたの」
「家族で引っ越してきの?」
「ううん、親は実家にいるよ。ここはあたしのために買ってくれたの」
「は?」
「今は一人暮らししてるよ。あっ、隣の部屋にご飯作ってくれる人はいるけど」
「え?」
買ってくれた?一人暮らし?意味が分からなかった。建物をもう一度見る。どう見てもアパートではない。
冗談なのか?それとも、もしかして代峰さんの家ってお金持ち?
俺が呆然としていると後ろから声がした。
「そうかー、星村君は一人暮らしの女子高生のマンションに上がりこむところだったのか」
「はっ」
いつの間にか優がいた。
「どうして」
「勇舞・・・もう少しうまく嘘つきなよ。それに、あんなウキウキで忘れ物取りに行く奴がいるか。あと、少しは後ろ見ろよ」
完全にバレていた。代峰さんは俺と優を交互に見ている。困っているようだ。
だが、優も空気を読んだらしい。
「もー、そんな顔しないでよ。別に邪魔するわけじゃなくってさ、ちょっと気になったから見に来ただけだよ」
優は来た道を戻りだした。
「二人で何かするならさ・・・あたし帰るよ。誰にも言わないからさ・・・気にしなくて大丈夫だよ。でも、それならそう言ってくれればさ・・・」
そう言って道を引き返していった。少し背中が寂しそうだ。こう素直に引かれてしまうとそれはそれで気になる。
優は引き返しつつもチラっとこっちを振り返ったりしている。
「志度さん・・・」
代峰さんは何か迷っていたが、やがて、優を追いかけた。
「待って。やっぱり、志渡さんにも来てもらったほうがいいかも。志渡さんなら信用できそうだし」
優が付いてきていいということは、代峰さんが俺を気になってるとかそういう話しではなかったのだろう。ちょっと残念だったが、気を取り直して優と一緒にマンションマンションのの様子を観察したりする。
外から見たとおりの高級さだった。床と壁面は大理石で統一されており、玄関ロビーとセキュリティチェックあるガラスドア、自動で住んでいるフロアまで進むエレベータが設置されていた。
「なんかすごいね」
優は周りを見て関心している。
代峰さんの部屋は最上階のフロアだった。
「上がって」
「おじゃましますー」
部屋は新しいマンション特有の匂いがした。まだ建って間もないのかもしれない。
広めの玄関から廊下に上がるとリビングに通じるドアから黒い影が出てきた。その黒い獣は走ってきて代峰さんに飛びついた。
「わっ、ドーベルマン!」
優が声を上げる。立ち上がると代峰さんと同じくらいの背丈の犬だった。
代峰さんは犬の前足を受け止めて、その犬の頭と首をぐしゃぐしゃと撫でている。
「ただいま、松風(まつかぜ)。今日はお客さん来たからね。挨拶しなさい。ほら」
そう言って松風と呼ばれた犬を俺と優の方に向かせる。
「う、でかい・・・」
立ち上がらなくても俺の腰くらいの高さがあった。こんな大きい犬とは接したことはなかった。もしこれに襲われたらと思うと正直恐怖を感じた。
だが、松風は見た目とは裏腹に大人しく、俺と優に近づくと、しばらく匂いを嗅いだり軽く舐めたりする。撫でたりすると、顔をこすりつけてくる。耳は鋭く尖った三角形をしており、まさに警察犬などで有名な姿そのものだが、親しみやすい性格をしているようだ。
リビングには大きなソファとテーブル、その前には大型のテレビがある。
キッチンがリビングのすぐそばに配置されている部屋の作りだった。
「飲み物、何か飲みたいのある?コーヒーでいい?」
「あたしは何でも」
「じゃあ俺はコーヒーで」
俺と優はソファに座って代峰さんが飲み物を持ってくるのを待った。
リビングは綺麗に整理されており、あまり物が置いていない。松風は来客が珍しいのか、俺と優の近くで座っている。優が松風を撫でたりしている。
代峰さんが飲み物を持ってきて座る。
「急に家に呼んだりして変に思った?」
「うん、ちょっと驚いた」
「そうだよね。帰るときにたまたま星村君を見て、星村君って色んな人から相談受けてるのを思い出して、それでその場で声掛けたの」
「そうだったんだ。まあ、相談っていうより雑談したり、遊んだりしてるときの方が多かったりもするけど」
「あ、でも、勇舞の占いって結構当たるって評判だよね」
カードやその他色々と占いをしてると、面白がって集まる奴が意外といる。たまに他のクラスから知らない人が相談に来ることもあったりもする。評判は案外悪くないらしかった。
「うん、星村君の占いは、噂で聞いてたから。それでちょっと相談したいことがあったの。でも、周りには内緒にしてて欲しいんだけど・・・」
代峰さんが俺と優を伺うように見る。
「うん、もちろん。他に話したりしないよ」
「あ、あたしも」
優も同意した。優はこういうことは信用できる奴だから大丈夫だろう。
代峰さんは頷くとちょっと姿勢を正してこっちを向いた。
「ありがとう・・・相談っていうのは、二つあるんだけど。一つは、あたし最近変な夢を見ることが多いの。それともう一つは、あたしの実家で気になることがあるの。それで落ち着かないから、誰かに話したほうが気が楽になるかなって思って・・・あと、どうすれば良いか分からないから、何か言ってもらえればと思って」
「ふーん・・・変な夢ってどんな夢?」
代峰さんの夢を説明してもらうと、概ねこんな感じらしい。
大勢の兵士たちのような者がやって来て彼女を取り囲む。
兵士たちにどこかに運ばれて行き、気が付くと宙に浮いている。
兵士に囲まれている間は恐ろしいのだが、浮いているシーンになると落ち着いている。
そこで、黒い子供が彼女を見つめている。
やがて代峰さんと子どもの体が急激に老化していき、そこで目が覚める。
「星村君は夢でも占ったりできるの?」
「うん、ある程度はね。でも、夢だとちょっと難しいところもあるよ。あんまりちゃんとしたことは言えないかも」
占いに関してはひと通り調べていたから夢占いも知っている。
だが、夢に関しては、今でも解明されていないことは多い。
レム睡眠中に見ることが多いということや、記憶の整理に関係しているということはわかっている。
だが、夢の内容が何かを表しているのかと言うと、そうとは限らない。
現実の問題と関係無いことが夢に出てくることもあるし、同じような夢でも、人によって意味が違う場合もある。だから夢の内容だけを聞いても一概に何を表しているとも言えない。だから、夢を見ているときの感覚や体調や心理状態を合わせて考える必要がある。
同じ内容の夢を何度も見続けたり、鮮明に夢を覚えているというのは珍しいので、何か言えそうなことがあるかもしれない。
「そうだね、まずは・・・不安に感じる夢ってことは、現実に起こっていることが形を変えて夢に現れてるのかも。今何か不安に思ってることとかストレスを感じてることってない?」
「不安・・・そう言われると、お母さんのことかな」
「何かあったの?」
「うん、あたしの実家って墨相村(ぼくそうむら)にあって、そこで神社をやってるの」
墨相村と聞いて何か引っかかった。どこかで聞いたことがあった気がした。
「墨相村って・・・確か、結構遠いよね?ここからなら車で二、三時間くらいかからない?」
優が言ってくれたので思い出した。長野市から離れたところにある村だった。
(墨相村・・・以前に何かあったような)
「うん、そのくらいかかるかな。小さな村だし、あんまり有名じゃないから知らない人も多いけどね。それで、実家の方で、お母さんの具合が悪いらしいの」
「具合が悪い、っていうと病気か何か?」
「うーん、病気かどうかはちょっとわからない。元々体は弱い方だったんだけど、最近はずっと寝込んでるみたい。それに、ちょっと聞いた話だと、物忘れが多かったり・・・ひどいときは幻覚を見たりしてるみたいで」
「そうなんだ・・・重そうな症状だね。病院には行ってるの?」
「それが、よく分からないの」
代峰さんの表情が暗くなったように見えた。
「家に電話しても、お母さんは具合が悪いからって出ないの。お父さんとか、家の人から聞くと、お医者さんには見てもらってるっていう話だけど、あんまり詳しくは話してくれない。なんか妙に隠してるような感じもするし、あたしも最近はあんまり家には帰ってなかったから直接様子は見てないし・・・」
確かに何か妙だと感じた。
「そっか。それは確かに心配になるね」
「うん、だから、何か気になってることがあるっていうならお母さんのことかも」
自分で様子を確認できないのは、かなり気になるだろう。
「じゃあ、不安に感じることには心当たりがあるね。次は、兵士に連れて行かれる部分だけど、何かを強制されるってメッセージかも」
「強制?」
「うん、兵士って力や規則の象徴かもしれないから、自分の意思じゃなく、強制されてるっていうことを表してるのかなって思って」
「それは・・・何かあったかなぁ」
代峰さんは頭に手を当てて考えているが、思い当たる節が無いらしい。
すぐに浮かばないようであれば、俺の解釈が間違っているか、あるいは本人でも忘れかけているような昔のことかもしれない。
「特に思い当たることがないなら次に行こうか。次は、宙に浮くところだけど、空を飛ぶ夢って、普通は欲求の現れとして解釈されることが多いんだけど、もしかすると不安定な状態を意味してるのかもしれない。その後で不安感が無くなるっていうことは欲求が満たされるっていうことを示しているかも」
「欲求・・・満たされる・・・」
彼女は再び考えているが、これも思い当たるところはなさそうだ。
「じゃあ、最後は子供だけど、これは不安なことがあるっていう証拠かも。子供は自分自身の姿と解釈すると、自分自身を別の視点から見ているっていうことを示してるのかも。そうだね・・・例えば、本心を偽ってしなければいけないとか、何かを演じなければいけないことって無い?」
「演じるようなことね・・・うーん、何かあるかな」
しばらくの間、彼女は考えていたようだが、やはりこれも思いつかないようだ。
彼女の夢については、どうにも当てはまりそうな解釈は無いようだった。俺は実際にその夢を見たわけでもないし、彼女の過去を知っているわけでもないからこれ以上は夢について話すことはできなさそうだ。
「まあ、夢の解釈なんて当たるほうが珍しいから、俺の言ったことはあんまり気にしなくていいよ。それと、夢のこと全てに意味があるわけじゃないと思うから、あんまり気にしないほうがいいかもよ。そのうち忘れるかもしれないし」
「ん、そっか。うん、そうするね」
一応は同意したものの、彼女の表情は何かが引っかかっているようだった。
「私は思い当たるところはあんまり無いんだけど・・・実は、昔お母さんも同じ夢を見てたみたいなの」
「同じ?」
「うん、何年か前なんだけど、私が今言ったのと同じような夢を見るって言ってたの」
さすがにそれは変だった。鮮明な夢を何度も見るというだけでも珍しいのに、同じ夢を見るというのはなかなかないだろう。
「その時、代峰さんのお母さんの体調はどうだったの?」
「うん、その時くらいからもう寝込むことが多かったし、あんまり具合がいいとは言えないかったかな」
代峰さんを見ると、顔色は少し色白ではあるが生来のものだろう。体調が悪いわけではなさそうだ。体調が影響するような夢なら何か説明がつくかもしれないが、そうとも言えないようだ。
「うーん、無理に解釈すれば、昔聞いた夢とお母さんの状況が結びついて、似たような夢を見させているとか。そうでないなら、本当に偶然似たような夢を見たってこともあるかもしれないし、もしかしたら特に意味も無いのかもしれない」
「そうよね・・・確かに、何か意味があるとも限らないかもね」
代峰さんも納得したわけではなさそうだったが、それ以上何か解釈するのは難しそうなので夢の内容についての話はこれまでとなった。
夢の解釈は終わったが、占いとしてはまだ半分だった。
「じゃあ次に、夢以外でも占っておこうか」
「あ、星村君って色んな占いできるんだよね。どんなことするの?」
「色々な占いがあるけど、わかりやすいのはやっぱりカードかな」
俺は鞄からカードを取り出した。
「勇舞、このカード使ってよく教室で占いしてるよね」
「うん、意外と受けがよくってさ。いい結果になることも多いし。代峰さんは、タロットカードって見たことある?」
二十二枚のカードをテーブルに並べる。
「少しなら見たことある」
「じゃあ、カードがどんな意味か知ってる?」
「えーっと、確か死神が死とか不吉なことを表してるのよね。後は太陽とか月とかあったような」
「そうそう、そんな感じ」
「でも、あんまり意味とかは知らないわ」
「そっか、じゃあ簡単に説明していくよ。意味を分かってもらえないと占えないから」
魔術師のカードを例に説明する。
ローブをまとった男が描かれているカードを指差す。
「これが魔術師。創造性とか機転とかアイディアとかを表すカード。で、これが女教皇で・・・」
カードとその暗示することを手早く説明していった。少し手間はかかるが、代峰さん自身がカードの意味を認識しないと意味がない。
ひと通りカードの説明が終わり、次の説明に入る。
「これから占うけど、知りたいことは二つだよね。お母さんがどういう状況か、と、どうすれば解決するのか」
「あ、うん、そうね。それが知りたい」
「じゃあ始めるよ。まず表になってるカードを裏向きにして」
代峰さんがカードを裏返していく。
「次にそれを混ぜて。手でかき混ぜるように。ただし、カードを見ちゃダメだよ。上を向くか、目をつぶるかしてね」
「こうかしら」
代峰さんは目をつぶったまま、少しぎこちない手つきでカードを混ぜ始める。
「そうそう。もう少し混ぜて」
代峰さんが慣れない手つきでカードを混ぜている姿を見ていると何か不思議な感覚になった。
(どこかでこんな光景を見たような気がする)
じっと代峰さんを見て考えていたが、隣の優が俺を訝しむように見ていることに気がつき、なんとなく代峰さんから視線を外した。
「もうそろそろいいかな。目を開けていいよ。で、この中からお母さんの状態を一番よく表すと思うカードを選んで」
「こんなになってる・・・どれを選ぼう」
彼女はテーブルの上に乱雑に散らばったカードを見て少し迷っている。
「あんまり考えずに直感で選んで」
彼女は一瞬迷った後、一枚のカードに手を伸ばした。そのカードを脇に置いてもらった。
「じゃあまた、さっきと同じようにかき混ぜて」
彼女はまた目をつぶってカードをかき混ぜる。そして次のカードを選んでもらう。
「次は、今の不安はどうやったら解決できるか、ふさわしいと思うカードを選んで」
彼女は一枚のカードを選んだ。
彼女が最初に選んだカードを開けると、中央に大きな輪とそれに乗ったスフィンクスが描かれていた。「運命の輪」。少し嫌な感じがした。
「運命か・・・解釈としては二つあって、一つはそのまんまの意味で運命を表してる。今の状況って何か心当たりはないかな。もともとこうなる予定だったとか、予感があったというか」
「運命・・・」
代峰さんの顔が固まった。
「何か思い当たる?」
じっと「運命の輪」を見ている。
「えっ、いや、どうかな・・・」
よく見ると目の焦点がカードにあっていない。視線は宙を見ている。何かを考えているようだったが、やがて首を振った。
「やっぱり、思いつくのは無いかも・・・」
「まあ、はっきり思い出せることとは限らないかもね。でも、代峰さん自身が選んだものだから、何か理由があると思うよ」
「そう・・・」
彼女の表情はまだ固い。何か心当たりがあるのだろう。だが、俺にはまだ話せないのだろうか、あるいは確証が無いのかもしれない。
それでも、彼女自身が何か気づくきっかけになればそれでいいだろう。
「それと、そのカードのもう一つの意味だけど、これから状況が変化するっていう意味でもあるんだ」
「変わる?・・・お母さんのこと?もしかしてもっと具合悪くなるとか?」
「それは・・・分からない。お母さんかもしれないけど、もしかしたら代峰さん自身の状況かもしれない。まあ、必ずしも悪い変化とは限らないからあんまり悲観的にならないほうがいいよ。言ってしまえば単なる占いなんだし」
「そう・・・うん、分かった」
不安そうな表情ではあるが、一応は頷いてくれた。
だが、俺は内心あまりいい感じはしていなかった。経験上「運命の輪」が出た時、状況がいきなり反転するというのは稀だ。どちらかと言うと、それまで表面に現れなかったものが変化として見えるようになるというのがこのカードの本質だ。良い変化か悪いものかはその時次第なのだが、なんとなく代峰さんのお母さんの状況、夢の内容、彼女の表情などから推測するに、ここから起こりうる変化はあまりいい予感はしない。
しかし、そのことを正直に話した所で不安がらせるだけだろう。だからもう一枚カードを引いてもらっているのだが。
「じゃあ、最初のカードはそれとして・・・次のカードのほうが大事。どうすればいいのかを暗示するのが次のカード。開けてみて」
代峰さんが二つ目のカードを表向きにすると、女性が獣の口を抑えている絵が現れる。二番目のカードは「力」だった。
「力だね。これは、解釈ができそうだけど、一つ挙げるなら、意思かな」
「意思?」
「これを解決するには決心が必要っていうことかな」
「何か大変なことをしなきゃいけないってこと?」
「そうだね・・・これが出たってことは忍耐力が必要というか、無意識では大変だって思ってるってことだね」
俺の言葉に代峰さんは再び不安な表情になる。
「あ、でも、そんなに大げさなことじゃないかもしれないよ。あくまで本人が大変そうって思ってるだけで、実際にやってみればそんなでも無いかもしれない。そうだね、例えば、お母さんのことが心配なら、家に帰って様子を見るとか、あるいは、良くなるまで助けるって決めたら、少し学校休んで家で看病するとか」
「ふーん、そういうことでもいいのかもしれないのね」
少し適当に言ってしまったかもしれない。
「ん、うん。何が言いたいかって言うと、何をするにしても自分がどうしたいのかを決めて、最後までやり抜くっていうことかな。それでうまく行くはずだよ」
「決心ね・・・うん、分かった。はっきりとは言えないけど、何かできそうな気がしてきた」
わずかながら彼女の表情が明るくなった気がする。
その後、出されたお菓子を食べながら三人で話をした。
「結局、占いって言っても、見えないものが見えるとか、霊的なものとか、そういうのじゃないよ」
「そうなの?じゃあ勇舞は何を根拠にアドバイスとかしてるの?」
「ぶっちゃけて言うとどんなカードを引いたとしても、次にこうしたほうがいいって、こじつけることはできるじゃん」
「そりゃ、こじつければね」
「うん、大事なのはそれ。いくらカードを眺めても、過去のことを言い当てても、現在の問題は解決しない。それより、どんなカードでもいいから、迷ってるなら動けっていうことのほうが大事なんだ」
「へー、そうなんだ。勇舞に占ってもらった子は占いの通りにしてうまく行ったって話を聞くけどね」
「相談するってことはどうしていいのか迷ってるってことだからね。問題は動かないと解決しない。だから、それらしい解釈をつけて動くきっかけを与えるんだ」
「それが占い師のやってること?」
「そう。単に占って分析するだけじゃ意味がなくて、具体的な行動まで落とさないといけない。まあ、相談の分析の仕方とか、相手に応じたアドバイスとかは経験とか知識が必要なのかもしれないけど」
「星村君、本物の占い師みたい」
「そんなことはないよ・・・まあ、役に立てたなら良かったけど」
「うん、どうすればいいか、少し見えたかもしれない。迷ってたけど、星村君に声かけてよかった」
そう言われると素直に嬉しい。
それからしばらく話していたが、意外と代峰さんは話し好きだということがわかってきた。
「あたし、中学までは実家の近くの学校に通ってて、高校から長野市に来たけど、あんまり知り合いとかいないし、クラスでも話せる人が少なかったから、こうやってお喋りできるのも嬉しい」
あまりクラスに馴染んでいなそうなのは単純に知り合いが少ないだけだったのかもしれないし、もしかしたら慎重に人を選んでいるからかもしれない。そう考えると、代峰さんと距離が縮まったのは貴重なのかもしれない。
話している間、優はなぜかむっとしていたが、そのうち松風と仲良くなったらしく、ボールで遊んだり抱き合ってじゃれたりしてた。松風によく顔を舐められ、優はいちいちそれをハンカチで拭いているのが面白かった。
「今日はありがとうね。色々話して気が楽になったみたい」
帰りはマンションの入り口まで送ってもらった。
「大したことはしてないけど」
「ううん、そんなことないよ」
「そう?それなら良かった。じゃあ、これで」
「うん、また明日」
マンションから出ると完全に暗くなっていた。
「うわ、もうこんな時間か」
時計を見るとかなり遅くなっていた。
「意外と長居してたなあ」
優と一緒に少し急いで歩く。
「そうね。楽しい時間はあっという間っていうもんね」
優はあまり楽しくもなさそうに言う。
「え?・・・あ、うん、そうだね」
優はどうだっただろう。松風とじゃれていたのは楽しかったかもしれないが、俺と代峰さんが話してる時は妙に静かだったような気もする。
優とは二、三年前から仲良くしてるけど、たまによく意味の分からないことを言う。そういう時はなんとなく合わせることにしているのだが、妙に機嫌が悪い時も多い。
「それにしてもさ、咲季って墨相村だったんだね。どうりでお嬢様だと思ったよ」
「え、墨相村ってなんか関係あるの?」
「勇舞知らないの?墨相村の代峰家って言ったら有名でしょ」
「有名ってどういう意味で?」
「お金持ちって意味よ」
「・・・そういえば、さっきのマンション、親が買ってくれたって言ってたけど、もしかして本当?」
「多分本当じゃない?それに、一人暮らしとは言っても、隣の部屋にお世話する人が住んでるって言ってたでしょ。もしかしたら、あのフロアの部屋は親族の人が住んでるんじゃないの?だから、あの一室は咲季の「部屋」なんじゃないかしら」
「おいおいおいおい・・・まじで?」
さっきまで仲良く話してたのに、代峰さんが急に遠い存在になったように感じた。
「あっ、ハンカチ忘れてきた気がする・・・まあいいか、明日咲季に言おう。それと、お金持ちっていう以外でも色々噂があるよ」
「どんな?」
「代峰家って早死する人が多いってさ」
「早死?・・・それって、さっきのお母さんの話に関係あるのかな?」
「そこまではわからないけど、あの家は資産家なのに早死するっていうことで有名みたいよ」
代峰さんのお母さんの容態、さっきまで話していた代峰さんの白い顔。早死という噂も、あながち噂というだけで片付けれないかもしれない。
「それにさ、墨相村の辺りって治安あんまり良くないらしいじゃん。数年毎に何か事件起こったりしてるし。勇舞もさ、あんまり咲季に近づくと危ないかもよ」
「おいおい、それは心配しすぎだって、代峰さんと今日ちょっと話しただけじゃん」
「だといいけどね」
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