episode10

今朝もぼんやりと目覚め、手元にあった

手鏡に顔を映した。

ざぁんねん。

昨日と変わらない自分の寝ぼけた顔が

映っていた。

お目覚めですか?

部屋の扉の奥から柔らかい声が聞こえる。

ええ。起きたわ。

着替えを済ませ、扉を開ける。

おはようございます、お嬢様。

いかにも、好青年ですといわんばかりの私の

世話役が微笑みをたたえ立っている。

その微笑みに何度騙されたことか。


その男は器用に私の髪を結う。

私とは八も歳が違う男にべたべたと

髪を触られるのはあまりいい気分では

ないと、

小さい頃は思っていた。

でも。

その男が私の髪に触れる度、

なんとなくくすぐったい耳もとや、

きゅっと引っ張られる頭皮の、

その感覚に、心が締め付けられるのだ。


今日は、結婚式。

美しい着物を召した姉上は

この世のものとは思えないほどの美貌を

鏡を見て楽しんでいた。

すっと私の横に現れた、若くして一家の

大黒柱となるべき男。

姉上も嬉嬉として迎え入れ、今日という日を

心から愉しんでいる。

二人に見つからぬよう部屋を出ることは

容易いことであった。


この間まで、その男は私に言いよっていた。

私もその男を好んでいたし

きっとお付き合いとしては上手く

いっていたほうだと思っていた。

しかし、姉上の美貌に私は勝ち目がなかった。

姉上はかっさらっていったのだ。

私の愛する人を。

いや、今はただの世話役、か。

あぁ。どうして。

どうして私は姉上ではないのだろう。

彼と別れてから毎朝、

姉上になった自分を想像し、

手鏡に映る自分の醜い顔を僻んだ。

私は部屋に入り、再び手鏡を見る。



お嬢様。

彼女に、その声は届かない。

彼女の立ち去った部屋には

醜い彼女の姉がほくそ笑む。

ぐっと私の腕を掴んでいたが、

それを振り払い、彼女を追いかけた。


若くして憂いをもった瞳。

艶やかな黒髪。

凛と真っ直ぐな姿勢に

どれだけ心を奪われたままでいるか。

毎朝、彼女の髪を結う度に

彼女の憂いを取り除いてやりたいと、

そう願うようになった。

美しい姉とは違うという劣等感から

くるものらしいが、

彼女は気づいていない。

本当に美しいのは、自分であることを。

美しい姉を見て憧憬と嫉みを覚え

部屋を出ていってしまった貴方に伝えたい。

思い切って彼女の部屋に入ると、

そこには

白い肌と、血の気のない唇が

横たわっていた。



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そのへんの春。 胡麻 @Koto3218

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