episode9

貴方、来たのね?

貴方の方なんか向かなくったって

香りで分かってしまうのよ?

鼻をくすぐるシトラスの香り。

正直言うとあまりいい香りとは言えないわね。

あら、怒ってるの?

仕方ないでしょ?みかんの木がたくさんある

この地域で、シトラスの香りなんて・・・・・・

もしかして、笑ってる?

相変わらず貴方のツボは分からないわ。

君は面白いねって、どうせそんなこと言ってるのよ。

ところで、貴方はきっと大きな罪悪感を

抱えて、日々過ごしていると思うけど、

貴方が思ってる以上に

この生活はとても楽しいの。

貴方が悪いんじゃないことくらい、

馬鹿な私にだって分かる。

貴方が研究者になると言ったあの日、

私は決めたの。

研究に命を捧げる貴方に、

私は命を捧げよう。って。

貴方が始めた、この難病の研究は

きっと。

いつか。

世界中の人を救うの。



そういえば、私、耳が聞こえなくなって

2年と11ヶ月が経ったわ。

たしか、この難病にかかった人が

耳が聞こえない症状が出たらきっかり

3年で死ぬんでしたっけ?

あと1ヶ月しかないのね・・・・・・。



あら、貴方?

何をしているの?

ねぇ、貴方?なんだか熱いわ?

息が苦しくて・・・・・・。



あぁ。貴方にはもう私は必要ないのね。

仕方ないことだわ。

私は大人しく炎に包まれて死ぬの。

貴方のことは決して恨まない。

愛してるわ・・・・・・。



蜜柑の香りに誘われ、重い瞼が開いた。

あぁ。

貴方は難病の治し方を見つけていたのね。

聞こえるわ。この風の音。

愛をもった、情熱による死。

燃えて無くなったはずの私の部屋は

燃えた形跡がなく、

そのかわりに1本の蜜柑の木が

床から生えていた。

馬鹿なのは貴方の方だった。

目の前の蜜柑の木が座喚いた。

私は身につけていたドレスにマッチで火をつける。



2本の蜜柑の木は静かな山の

大きな別荘の美しい部屋で、

永遠の風に揺られていた――――――。

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