第4話 「変わる事は難しい」

高校生活3日目!


相変わらず登校中はいろんな女子から声をかけられる。

まぁ…嬉しいんだけどね、ちょっと疲れるというのが本音だ。

だからといって冷たい視線を受けたいわけじゃない。


…面倒くせぇな俺…


学校に到着すると、俺は真っ先に自分の机に荷物を置き、1年2組の教室へ向かった。

中には入らずに教室内を見ると、目的の人物を発見した。

音咲小春だ。 音咲は、誰とも話さずに1人で席に座っていた。


…おかしいな、昨日は確かに笑えてたし、明るさも取り戻していた。

もしかして昨日は無理してたのか…?


ずっと音咲を見ていると、視線を感じたのか音咲が俺の事を見る。 すると、音咲は立ち上がって廊下に出る。

そして俺の横を通り過ぎる際に小声で


「…10分後に中庭に来て」


と言って足早に去っていった。


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10分後、言われた通りに中庭に行くと、音咲がベンチに座っていた。 音咲は俺に気づくと小さく手を振ってきた。

俺は音咲の隣に座り、音咲が喋るのを待つ。


「…いやー、ごめんね? 廊下で話すと目立っちゃうからさ」


音咲が笑いながら言う。 やっぱり、ちゃんと笑えてる。

ならさっきの教室の音咲はなんだ? なぜ教室では暗かったんだ…?


「音咲、今無理してるか?」


「ううん。 全然。 自然体だよ、昨日ね、お母さんの前でもちゃんと笑えたんだ」


「なら、なんでさっき…」


「…分からないの」


音咲が下を向いて呟く。


「昨日は確かに笑えた。 昔の私に戻れたと思ったの。

…だけどね? 学校に入った瞬間、どうやって笑ってたのか分からなくなっちゃったの…

でも、如月くんと2人だけだと笑える。 …おかしいよね…」


「………」


何も言えなかった。 俺は医療的な知識はない。 だから音咲のこの症状がどんなものか全く分からない。

だから、専門家に聞いてみるしかない。


「神崎。 そこで聞いてるのは分かってんだ。 お前も協力してくれ」


そう言うと、ベンチの後ろの壁の裏から綺麗な黒髪の女子…神崎琴音が姿を現した。

音咲はびっくりしていたが、俺は最初から分かっていた。


俺は視線には敏感なんだ。 小中学生の時、クラスの女子共が俺をチラチラ見てヒソヒソ悪口を言ってるのを知ってるからな。

本人に聞こえてるんだからヒソヒソ話す必要ないだろ。

あとチラチラ見るな。 俺の事好きなのかもって勘違いしちゃうだろ。


「あら、気づいてたのね。 ごめんなさい、あなた達が中庭に居るのが見えたから」


「いや、別に怒ってない。 それより、聞いてただろ? どう思う?」


俺はベンチから立ち上がり、座っていた場所に神崎を座らせる。

神崎は顎を触り何かを考えている。


「…確認させて、音咲さん。 あなたは昨日、確かに笑えたのよね? 」


「は、はい。 如月くんの前と、家族の前では、確かに笑えました」


「でも学校に来た途端笑えなくなった。 ただし如月くんと2人きりなら学校でも笑える」


「はい…」


「私が来た途端音咲さんから笑顔が消えたから、本当みたいね」


確かに、神崎が来た途端音咲が暗くなった。

…凄いな神崎…今まで気づかなかった。


「多分だけど、音咲さんは学校が怖いのよ。 自分が安心出来ないから、上手く感情を表に出せない」


「学校が怖い…ですか? でも、如月くんと2人の時は…」


「あなたにとって、如月くんは"自分が安心出来る場所"なのよ。 無意識にあなたの脳がそう決めてしまっているのね」


安心出来る場所…確かに、それなら納得がいく。

…だとしたら…


「結構ヤバくないかそれ…?」


「そうね、今は大丈夫でも、こんな状態が続けば音咲さんはストレスで潰れてしまうわ」


音咲が目を見開く。

…まさかここまで大きな問題だとは思わなかった。 また中学の時みたいに音咲と笑いながら話せると思ったんだけどな…

甘く見すぎていたようだ。


「神崎。 どうすれば治るんだ?」


「音咲さんが学校を楽しい場所だと思えればいいのよ」


「…はぁ?」


「音咲さんは、学校を怖い場所だと思ってるから笑えないのよ? なら、楽しい場所だと思えれば解決よ」


「そんな簡単に行く訳……」


「簡単じゃないわ」


神崎が俺の言葉を遮る。 そして神崎は音咲の目を真っ直ぐ見つめる。


「あなたにとって、今この場所は地獄みたいな場所でしょう。 そんな場所に週5日も来なきゃ行けないなんて、辛いわよね。 でも、安心して」


神崎は、音咲の頭を優しく撫でる。


「私が…いいえ、私達、学園支援部が、あなたの世界を変えてあげる」


神崎の目は、本気だった。 撫でる手は優しいが、神崎の目から覚悟が伝わってきた。

神崎は、本気で音咲を助けようとしている。


…俺は自分が恥ずかしかった。 俺は、依頼なんて適当にこなしていけばいいと思っていた。 …音咲が依頼に来るまでは。


音咲の依頼は深刻なものだし、神崎は本気で人助けをしようとしている。

なのに、学園支援部の片方がやる気ないままじゃダメだよな。


「音咲、何かあったらすぐ相談しろ。 絶対に1人で抱え込むな」


「そうよ。 まずは学校全体じゃなくて、学園支援部の部室を、あなたが安心出来る場所にしましょう。 その方が、規模が小さいでしょう?」


俺と神崎は、音咲とメアドを交換し、それぞれの教室に戻った。

…教室が一緒なら、もっとサポート出来るんだが、こればかりは仕方がない。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


放課後、俺と神崎は2組の教室の前に立っていた。

2組から出てくる生徒は必ず俺達をチラチラ見ていく。

まぁ…目立つよなぁ…


「お待たせしました…」


音咲がゆっくり歩いてきた。

放課後は学園支援部でゆっくり話そうという事になっていたのだ。


「よし、んじゃ行くか」


3人で学園支援部の部室に行き、昨日と同じ様に座る。


「さて、それじゃあ如月くん? 話してもらいましょうか」


「…へ? 何をだ?」


「決まってるじゃない。 あなた達の中学時代、何があったの? この中じゃ私だけが知らないのよ」


「あ、あー……」


チラッと音咲を見ると、音咲はゆっくり頷いた。 どうやら話してもいいらしい。


…これを話せば神崎に俺がキモ男くんだったとバラす事になるが、音咲の為だ、覚悟を決めよう。

…まぁ、神崎なら言いふらしたりしなさそうだしな。


俺は、神崎に俺と音咲の中学時代を全て、隠す事なく話した。


話していた時間は10分から20分程だ、こんな長い時間喋り続けたのは初めてだ。


「…という事なんだけど…」


「……はぁ…馬鹿らしい」


「だよな。 あの3人が居なけりゃ音咲は転校なんてしなくて良かったんだ」


「その3人もそうだけど。 1番はあなたよ。 如月くん。 あなたが1番の大馬鹿者だわ」


神崎が、俺の事を睨みつける。


「何故、音咲さんに酷いことを言ったの? 何故すぐに音咲さんに謝りに行かなかったの? 」


…分かってる。 今回の件、1番悪いのは俺だ。 あの3人なんかよりもタチが悪い。


「音咲さんに振られて逆上して、謝りもせずに自分磨きなんて、酷い人ね」


そうだ。 音咲に逆ギレしてからも、音咲が転校してからも、音咲が転校した理由をしってからも、俺はずっとイケメンになる事だけを考えていた。


音咲の事を考えず、自分の事ばかりを考えていたんだ。


「あなたって…」


俺は……


「どうしようもないクズ人間ね」


どうしようもないクズ人間だ。


何も言い返せないし、言い返す気もない。

事実だからな。

だから、音咲にとって俺は"安心出来る場所"なんかじゃないはずなんだ。

本来音咲は、俺を恨むべきなんだ。


「違う!!」


静かだった学園支援部の部室に、大きな声が響いた。

耳がキーンとなり、一瞬目を瞑ってから、今の声が音咲の物だと分かった。


「違う…如月くんはそんなんじゃない…如月くんは優しくていい人だもん! だけど周りの人が全然如月くんを知ろうとしないで一方的に如月くんを虐めてたの! 何も知らないくせに…如月くんを悪く言わないで!」


「音…咲…?」


「私は、顔しか見てない人達と仲良くするよりも、如月くんと一緒にいた方が楽しかったの! 」


音咲が息を切らしている。 こんなに怒っている音咲を見るのは初めてだ。 音咲はずっとニコニコしてたから……

だが、今の音咲は神崎を睨みつけている。


神崎は、音咲の方を見て小さく笑った。


「ふふ…如月くんが知らない音咲さんの表情が見れたわ」


「「…えっ?」」


「私、自分だけが知らない事があると、つい知りたくなっちゃうのよ。 如月くんが知ってて私が知らないなんて、納得出来ないの。

音咲さん、ごめんなさいね? 如月くんを悪く言ってしまったわ」


自分が知らない事って…音咲の笑顔か?

それを知らないから、俺が知らない音咲の表情…怒りの表情を見てやろうって事か…?


なんなんだこいつは…?


「え? じゃあ如月くんに怒ったのは…」


「嘘じゃないわよ? 割合で言うと、6:4で如月君が4ね。 3人組が6」


「はぁ!? いやいや、どう考えても俺が6だろ」


「違うよ! 如月君が0であの子達が10だよ!」


「それはないわね」


「あぁ、それはない」


珍しく俺と神崎の息が合った。


それを見て、音咲は最初は膨れっ面をしていたが、次の瞬間、小さく笑ったのだ。

俺と神崎は、それを見逃さなかった。


「音咲さん。 おめでとう」


「へ? 何が?」


音咲はまだ、自分が笑った事を知らないらしい。


「学園支援部は、あなたが安心出来る場所になったわよ」


そう言うと、音咲は察したらしく、カバンから手鏡を取り出し、鏡の前で笑顔を作る。


ちゃんと笑えている。 音咲は鏡から目を離し、俺と神崎を交互に見る。


まずは第一歩だ。



……この時、俺は考えもしなかった。 音咲が俺と話す事を、快く思わない奴が居ると言う事を。

何故音咲が今朝、俺と時間をズラして中庭に来てと言った理由を、俺は全く理解していなかった。

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ナルシストの如月くん 皐月 遊 @bashi

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