第3話 「再会」

昼休みに神崎さんの頼みにより学園支援部の部員になった俺は、放課後に神崎さんと共に近藤先生の後ろを歩いていた。


「まさか如月が部員になるとはなぁ」


近藤先生が振り返って言う。


「まぁ、人助けは素晴らしい事ですからね」


先生のご機嫌をとるのも忘れない。 誰にでも優しいイケメンを目指すんだ。


「ほぉ…素晴らしい考えだな。 さ、ここがお前たちの部室だ」


近藤先生が教室の扉を開けると、4つの机と4つの椅子しかない殺風景な教室だった。


机と椅子意外には何も置かれていない。 ただの空き教室だ。


「あの…先生。 ここが本当に部室ですか?」


神崎さんがそう聞くと、近藤先生は頷き、教室の中に入り椅子に座る。


「そうだ。 私物などの持ち込みは許可するから、自由に彩って構わんぞ? では、私は職員室に戻る。 部活動頑張れよー」


そう言って近藤先生は手をヒラヒラさせて去っていった。


ふむ…掃除はされているから綺麗だが、流石に何もなさすぎる。


「…さて、部長? これからどうします?」


神崎さんに聞くと、神崎さんは驚いた顔をする。 意外だ、そんな顔も出来るんだな。


「あなたは無理に参加しなくてもいいのよ? 私は1人でも別に…」


「いや、折角部活に入ったんだ、しっかりやるよ」


「そう…ではその…よろしく」


神崎さんはそう言うと、奥の椅子に座り、なにもせずに姿勢良く停止した。


……ん?


「神崎さん? 何してんの?」


「え? 何って、依頼を待ってるのよ。 いつ来るか分からないでしょう?」


いや…来るわけねぇじゃん! 広告もしてないのに!

まずは生徒に学園支援部の存在を知ってもらうのが先だろ!?

何この人、天然なの?


「はぁ…あのね神崎さん。 まずは生徒にこの部の存在を知ってもらわないと、だれも依頼に来ないよ?」


「……そうだったわね。 …で、どうするの?」


俺に聞くなよ…


「はぁ…まぁベタなのはプリントを壁に貼って注目を集める事かな?」


「なるほど、いい考えね。 なら早速プリントを……あっ…」


そう。 この部室に白紙のプリントなんてない。


俺は無言で立ち上がり、扉を開ける。


「はいはい、プリント貰ってきますよ〜」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


あれから1週間たった。 俺と神崎さんでプリントを作り、顧問の近藤先生にコピーしてもらい、学園の掲示板に貼ってから1週間。


依頼は1つも来なかった。


「暇だぁ〜」


机にダラーっと突っ伏し、溜息を吐く。


「いつ依頼が来るかも分からないのに、怠けすぎよ如月くん」


「ずっと姿勢良く座ってる神崎が異常なんだよ…」


1週間経ち、俺たちの仲も少しは良くなった…と思う。

最初はお互い遠慮がちだったが、今は軽口を言い合う仲だ。


どうせ今日も誰も来ないだろうと思っていると、教室の扉がノックされた。

俺は勢いよく姿勢を正し、神崎と見つめ合う。


「ど、どうぞ」


神崎か緊張気味に言うと、ゆっくりと扉が開き、1人の女子生徒が入ってきた。

髪の色は明るい茶色、長さは肩まで伸ばしている。


「…えっ……?」


思わず声が漏れてしまった。


似ている…あの娘に…音咲…小春に…

髪色、髪の長さ、顔…全てそっくりだ。


だが、決定的に違うものがある。 雰囲気だ。 音咲小春は明るい子だった。

だがこの子は…暗い。 視線は下を向き、目を合わせようとしない。

音咲とは真逆だ。


「悩みの相談かしら?」


「…あ、はい。 悩みがあって…」


「っ!?」


声も似てる…だと!?


「そう。 なら相談に乗るわ。 如月くん、椅子を出してあげて」


「…!?」


「お、おう」


なんだ? 今一瞬俺の事を見たような…


俺は椅子を持って俺たちと向かい合うように置く、女子生徒はその椅子に座り、ジッとしている。


「さて、悩みとは何かしら?」


「はい…私…自分を変えたいんです。 どうしたら明るくなれますか…?」


「…え?」


神崎が間抜けな声を出す。 俺もびっくりだ。 まさか最初の依頼がこれとは…

難しすぎるだろ…


「えっと…なぜ明るくなりたいのかしら?」


「私、中学生の時は今みたいな雰囲気じゃなくて、どっちかというといつもニコニコしてたんです。

でも、ある出来事があってから笑えなくなっちゃって……

もう一度、笑顔を取り戻したいんです…!」


「…1つ…いいか?」


俺が手をあげると、女子生徒が俺の顔をジッと見る。


中学生の時はニコニコしてて、ある出来事を境に笑えなくなった。

…うん。 時系列的にぴったり当てはまる。


だが、俺の勘違いの可能性もある。


だから、1つの質問でこの疑問を晴らす。


「依頼の前に、名前を教えて貰っていいかな?」


名前を聞けばいい。 もし違うならそれまで、だが…この子が…


「名前…音咲小春…です」


音咲小春なら。 俺は責任を取らなければいけない。


「…やっぱりか…」


中学生の時にあった出来事、それはイジメだ。 音咲は夏休み中にイジメを受け、それが原因で転校した。


…そして、その原因を作ったのは俺だ。


俺はゆっくり立ち上がり、音咲の隣に移動する。 そして、頭を下げる。


「…ごめん音咲さん! 俺の勘違いで、君を傷つけてしまった」


「…え…?」


「俺、如月奏太だよ。 中学生の時、音咲さんとよく話してた」


「え…? き、如月くん…? でも…如月くんは…」


そう。 音咲の知っている如月奏太はイケメンじゃない。 ナヨナヨして、オドオドして、会話もスムーズに出来なかったキモ男くんだ。


「…あの日の後から、いろいろやったんだよ。 中学の時とは違うだろ?」


「嘘…? 本当に如月くん…?」


音咲さんが口に手をあてて震え出す。


まさか再会出来るとは思ってなかった。

音咲の笑顔は、俺が奪ってしまった。 なら、俺が音咲の笑顔を取り戻してやる。


「音咲さん。 その依頼受けるよ。 また明るい音咲さんと話したいからね」


もともと、俺が自分を変えようと思ったきっかけは、音咲と話してても馬鹿にされないためだ。


「…2人は知り合い…って事でいいのかしら…?」


今まで黙っていた神崎が口を開く。


「うん。 中学の時の友だ……知り合いだよ」


危ねぇ…友達って言おうとしてた…もし音咲が友達と思ってたら悲惨だからな。

危うくまた勘違いを重ねるところだったぜ…


「そう。 なら、絶対に音咲さんの笑顔を取り戻しましょう。 私は家に帰って父に相談してみるわ」


「へ? 神崎のお父さん?」


「私の父は医者をやってるのよ。 だから精神的な問題には詳しいの。 …という事で、今日の部活はここまでにしましょう。 音咲さんは如月くんが送りなさい」


「へ!? 俺が!?」


「当たり前よ。 知り合いなんでしょう?」


…マジかよ……何話せばいいんだ…


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「……」


「……」


うーむ…気まずい。


今俺は音咲と共に下校している。 幸い家は同じ方向だったからいいが、話題がない。


中学の時何話してたっけ…

あ、いつも音咲が先に話してたんだった。 俺から話しかけた事なかったんだよな…


「あ、あー…いい天気だね音咲さん」


「…そ、そうかな?」


今曇りだったわ。


「いやー、思い出すねぇ中学時代の事」


「…そ、そうだね…」


馬鹿か俺は! 嫌な事思い出させてどうすんだよ…


「…ダメだ…やっぱり話題考えるの難しいや…音咲さんいつも苦労してたんだな…」


「…苦労…? そんなのしなかったよ…?」


「嘘だね。 だって何話せばいいか分かんないもん俺」


「ふふ…だって、如月くんは何を話してもちゃんと聞いてくれるから、話題を考えた事なんてなかったよ」


「あっ…笑った」


昔の笑顔とは程遠いが、確かに今、音咲が笑った。


音咲は自分で気づかなかったらしく、急いで鞄から手鏡を出して自分の顔を見る。


「ほ、本当だ…笑顔って、こうやるんだ…」


「よ、よし! この調子で頑張ろう!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「それでさ、教室に入った途端いろんな女子がやって来るんだよ? 恐怖でしかないね」


「ふふ…それだけ如月くんが変わったって事だよ」


「まぁ…俺はイケメンだからね」


「うわぁ…ナルシストだ」


あれから、公園のベンチに座って話していたが、みるみる内に音咲の表情が戻ってきた。

今ではどもらず普通に会話できている。


まぁ…まだ中学の明るさはないけどな。


そして驚いたのが、音咲相手だと俺は素が出せるという事だ。


「あ、そう言えば音咲さんってクラスどこ?」


「2組だよ。 如月くんは?」


「1組。 隣だね」


「どうせなら同じクラスがよかったよ」


「まぁ、また一緒に帰ろうよ」


「…驚いた。 まさか如月くんから一緒に帰ろうって言われるなんて…」


中学の時はこんな事言わなかったしな。 いつも音咲から言われてたし。


「俺だって変わるんだよ。 だから音咲さんも変われる」


「…うん。 ありがと、それじゃあついでに呼び方も変えてみようか? 小春って呼んでよ!」


あれ…? もう元に戻ってね…? めっちゃ笑顔だし眩しいくらい明るいし。


「い、いや…名前呼びはちょっと…」


「えー、なんかさん付けは他人行儀な気がするよ」


「…分かったよ…じゃあ…音咲…でいい? これ以上は無理だよ」


神崎は簡単に呼べたのに、なんで音咲はこんなに恥ずかしいんだ。

やっぱり慣れか?


あれか、ずっとママ呼びだったのをお母さん呼びに変える時みたいな。

…いや、違うな。


「うん! じゃあ音咲でいいよー」


音咲は笑顔で言うと、ベンチから立ち上がる。


「ありがとう如月くん! 如月くんのおかげで昔の私に戻れそうだよ!」


「うん、音咲が完全復活する日を待ってるよ」


「任せてよ。 月曜日、楽しみにしてて」


明日は土曜日、つまり次に音咲と会うのは3日後だ。 それまでに音咲は戻れるだろうか。


まぁ、無理だったら全力で支援しよう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


音咲を家の近くまで送り届け、家に帰ると、我が愛しの妹和奏が夕飯をつくってくれていた。


「おかえりーお兄ちゃん。 あれ、なんかご機嫌だね」


「お? 分かるか? いやぁ流石妹だな! 可愛いし頭もいいなんて自慢の妹だぜ…」


「うざい、きもい、早く手を洗ってきて」


「……あれ…? 反抗期…?」

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