第20話 夜の食堂—2
「俺はちょっと用事ができたんでここで。またいつか一緒に」
そしてアルベルトは今まで一緒に話をしていたベルザクスと別れる。
なぜ急に別れたかというと——
「あるさま!あるさま!あるさま!あるさま!アル様ぁあ〜ヒック。わたくじはぁっ、だどえひぃーのなかみずのなかぁーウヘ! そして風呂の中ああー!!!!ぶべべべべ!!!」
「アルゥク〜ン!!私というっ、うつくしくてぇー、こどくでぇー、独身な私を……独身?……ククッ、クハハハハハハ〜!ヒィーッヒヒヒ!!ほんっとよのなかのおのおとこはみるめがないんだよ!!」
「あるさまぁ〜フリースはとても酔っていますよ〜」
こういうことだ。先ほどのベルザクスと話をしていたときどうも聞き覚えのある声が俺の名前を連呼していて、よ〜くその声の元をたどるとこいつらを見つけたわけだ。
アルベルトはテーブルに座りながらこの酒場内の誰よりもひどい格好で呑んだくれている三人を見る。
まず一人目、ミネア。そう、こいつがアルベルトの名前を連呼していた。ミネアは酒を何杯飲んだかは知らないが手元に持った空のコップを口にしゃくり続けている。そしてアルベルトを見つけると指を口に添えてこう言った。
「今日は……良いですよ?」
アルベルトはその謎のアピールを無視してミネアの隣に座っている二人目を見る。
うねった茶髪の髪が美しい大人の色気を感じさせる彼女は、『烈火』という称号をベルガナント王国、現国王、ブリアンティク・アッシュサタリエンスト王からもらった『焔の双神』団長のエリアル・ヘスタ・レーダス。通称レーダス団長。
彼女は椅子に座り麦酒という、みんなからは『シュー』と呼ばれている泡立っている酒が入った瓶を両手に持ち、それをグビグビと一気に飲み干している。そしてアルベルトに目を見開いてこう口を動かす。
「私を嫁にぃぃいいい!!」
レーダス団長はそう断末魔のような声をあげるとテーブルに頭をぶつけて動かなくなった。
そして三人目。フリースである。彼女はほかの二人と同じく酔っているようだが意識はしっかりしているようだ。そしてフリースはぶどう酒?を一気に飲み干す。そしてダラダラと上目遣いでアルベルトに触れる。
「あるヒャまぁ、ふりーしゅもよっちゃいましたぁー。なので今夜は一緒におねんねしましょー?」
フリースがそういうとほかの二人がバッと起き上がる。そして冷ややかな目でフリースを見てこう言う。
「「それ、ぶどうジュースだけどな?」」
そして二人はそっと元の状態に戻る。真実を知られたフリースはアルベルトに向かって、テヘッ——と舌を出しながら誤魔化す。アルベルトはこの悲惨な状況に心底あきれた様子を見せる。
「ミネア、お前明日ここをたつんだぞ? もし二日酔いになったらどうするんだ。それにレーダス団長、深酒はあまり良くないですよ、それにその綺麗な肌が荒れますよ?」
「わだくしはぁー、あるひゃまにおんぶしてほらいまひゅー。そうぞうしただけで……あぁ〜ん!」
「……ッ!! あ、あるくんがそう言うのであれば私は、帰るとしよう……綺麗だと言われたし……」
「フリースは何をしたらいいですか? アル様が望むならベッ——」
急にフリースがミネアの方を見て固まる。ミネアを見るとフリースを極限まで高めた殺気と嫉妬を含んだ目でフリースを睨みつけている。一方のレーダスはアルベルトを見つめてそして目をそらし悶えて、の繰り返しをしていた。
「……フリースはレーダス団長を上に送ってくれ。そして帰ってくれ」
「ハイッ! わかりまし——ええーっ!? フリースはもっとアル様とイチャイチャしたいですぅー!」
「うるさい、早く行ってこい」
アルベルトが何の感情もなくそう言い放つ。
フリースはその冷たい視線を受けてしょぼんとした様子で団長室がある二階へと向かう。
余談だがレーダス団長が住んでいるのは団長室に隣接する小さい部屋だ。これはとある団員の話だが、レーダス団長の部屋は窓際にポツンと小さい花があり、部屋の隅にベッド、そして衣服。ここまでは普通だが、ベットの下にある物が普通ではないのだ、それは大きいぬいぐるみ、それもボロボロの。ボロボロと言ってもしっかりと縫い付けられている。特にその縫い痕が酷いのが首のあたりだそうだ、その首には何十もの縫い痕があったそうだ。その縫い痕から想像できるのは、何回も何回も首をちぎり、そしてそれを何回も縫い直すという美しい孤独の化け物を。
それからはレーダス団長から身を引く男が増えたらしい。……実に可哀想だ。
そんな事を思っていると後ろから声をかけられる。
「ちょっといいかい?」
何事かとそっと後ろを振り返るとそこに立っているのは、食堂長……いや今は『ベガの英雄亭』の店主カリアントが立っていた。
その腰までかかり鞭のようにうねった金髪は、酒場内の魔力が込められた魔導具で爛々と照らされ、さらに美しい金色を放っていた。その金髪が掛かる顔は整っておりじっとアルベルトを見ている。
凛としたその立ち姿に惚れた男は数知れないが求婚したものはいない。その理由として一つは子供がいるからだ、その子供は食堂で
『子供がいる』という理由以外に挙げられるものとしては、その強気な性格だからだ。普段の様子から彼女はとても気が強く屈強な男を一撃で気絶させるほどの力を持っている。
そしてこれはただの噂だが、彼女は『待っている』らしい。
そしてカリアントは椅子に座れとアルベルトに促し自分も反対側に座る。
そしてゆっくりとした口調で語り出す。
「実はな、うちんとこのアリエッタがミネアちゃんが居なくなるからって泣きやまねぇんだ。うちがなだめても泣き止む気配はねぇし、食いもんもあまり食べねぇんだ」
「それは困りましたね」
「ああ、そうなんだ、なんせミネアちゃんはうちの娘同然。うちが店で働いている時もアリエッタの面倒見てくれていたから、そんな面倒見の良い母親みたいな姉ちゃんと別れるのはあの子にとって少し辛すぎる別れかもしれないかもな……」
カリアンヌはそう寂しそうに呟く。カリアントは「娘が寂しいと言っている」と言っているが彼女自身も相当ミネアと別れるのは寂しいだろう。その証拠に彼女の顔はどこかやつれていて、悲しそうな顔をしている。
そんなカリアントを気遣ってアルベルトが口を開く。
「カリアントさん、悲しい時は隠さずに、悲しいと言ってみてください。その感情をミネアに伝えないまま別れるのはもっと悲しくなると思います……。ミネアだって多分その言葉を待ってるんだと思います、ミネアはきっとカリアントさんとアリエッタちゃんからその悲しいから滲み出てくる愛が欲しいんだと思います。まあ、こんな感じになっていますけど……。多分これは、ミネアなりの泣き方なんでしょう」
アルベルトがそうカリアントをなだめるようにそう語りかけるとカリアントは下を向きその綺麗な顔を隠す。そして顔を上げたカリアントは目から溢れ出す涙で顔がぐちゃぐちゃになっていた。普段の彼女からは想像もつかない顔だ。彼女は細い糸のような声でこう呟く。
「……だって……うちは、お母さんなんだよ……ッ? ……ッ、なのにこんな……泣いてる姿見せたら、ミネアちゃんは旅に行きたくなくなっちゃうじゃん……」
そう、彼女はミネアを旅に行かせたくなかったのではない、自分が悲しいというような姿を見せたらミネアは旅に行きづらくなってしまうからその仕草を見せなかっただけだ。本当は物凄く、悲しくて寂しくて心配なのだ。
「それなら明日、受付広場の方に来てください。そこでミネア達と待ち合わせしているので。勿論アリエッタちゃんも、そして自分の思っていることを言ってみてください、それは短くてもきっとミネアに届くはずです」
「——ッ……ああ、感謝する」
カリアントは涙をぬぐい息を整える。
そして——
「うちらもいつか、あんたらと一緒に行って良いかい? うちらからの『依頼』として」
そうカリアントは微笑みながら言う。
「ええ、もちろん」
その言葉を聞いたカリアントは、よしっ、と言い放ちカウンターに戻りいつも通りに働く。その姿はどこか清々しく軽いように思えた。彼女はあの姿が一番似合うとアルベルトは心の中で思う。
(カリアントさん……)
今まで寝ていた——いや途中から起きて寝たふりをしていたミネアは心の中でそう呟く。
アルベルトはそんなことを知らずに寝たふりをしているミネアのことを起こす。
「おいミネア、起きろ」
するとミネアはスッと起き上がる。その顔にはいくつもの涙の跡が残っておりまだその瞳にはウルウルとした涙が滲んでいた。
アルベルトは、ミネアに先程の話を聞いていないと思いこんでいた。アルベルトはミネアの顔に浮かぶ涙の事を酒のせいだと思いそのことを質問する。
そして帰って来た返事は——
「大したことではありません……少し夢の中で愛しい人がわたくしを求めてくださっていて……とても嬉しくて嬉しくて、つい」
ミネアはそういうと酔いなんて元からなかったかのようにアルベルトに微笑み返すのであった。
その微笑みは先程のカリアントの顔によく似ていた。
創生と破滅の英雄記 堕天使と天使 @datensitotensi
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