第19話 夜の食堂—1
——ベルガナント王国東部——フリーメル
活気が満ち溢れていたフリーメルはすでに夜のとばりが落ち、空で美しく輝いている月をでいっそう美しくたたえていた。そんな薄暗い夜でも、町中の建物の外に掛けられている松明や魔力が込められた魔導具でちゃんと明るく照らされている。
夜といっても、依頼から帰ってきた冒険者や他の町などから帰ってきた商人などが様々な酒場などで酒を飲んだりして騒いでいるので完全な静かさとは言えない。
そんな数々の酒場の中で一際大きい建物の中にある酒場では、他の酒場とは比べ物にならないくらいにうるさかった。
——ベガの英雄亭
なぜ、ここはフリーメルなのにそんな名前なのかは不明だが、そこの店主がそう名付けたのは確かだ。ベガという所の出身かなにかか、そんな所だろう。しかしまあ、うるさい、一体何人の人がいるのだろう。
普段、ここは食堂として使われていて、それはそれで賑わっているがとある一定の時を過ぎると別の賑わいに変わる。それは、ただのギルド所属の食堂から、『ベガの英雄亭』という酒場に変わる時間からだ。
最初は穏やかで、昼間の時とは変わらないが夜が深くなるにつれてそれはだんだんと喧騒に似た賑やかさに変わっていく。酒場内では一人で酒を飲み続ける者、パーティーか何かで飲んで盛大に騒ぐ者、恋人に振られて深酒をしているものなどでいっぱいだった。
だが角の方で一人で夕食を食べる者がいた。
「そこの人、ちょっと良いかな?」
ベルザクスは角の方で一人でいる、銀髪で赤い目と青い目の珍しいオッドアイの青年に声をかける。
するとその青年は礼儀正しくナイフとフォークを置いてベルゼクスの方を見る。
「はい、なんでしょう」
「ここ、座って良いかな? ちょっとあそこらへんはうるさくて」
「ああー、良いですよ。別に拒絶する理由はありませんし、ちょうど話し相手が欲しかったので」
すると彼は料理の横に置いてある、紫色の飲み物を飲む。その姿はまるで、高級なぶどう酒をたしなむ王国の貴族の様だった。
ベルザクスは見入ってしまったが、彼が座っている反対の席に座る。
「いやー、君を見ていると、貴族みたいでなんか緊張するなー。そうだ、君の名前を教えてくれないか?実はこうして誰かと一緒のテーブルで話すのは久しぶりだからー。俺はベルザクスだ、好きな様に呼んでくれ」
「そうですか……俺の名前はアルベルト・カナン、気軽にアルベルトと呼んでください」
すると目の前の彼は目の前に置いてある、熱石の上に置いてある、肉汁が溢れている、食べかけの肉を黙々と食べる。
——少し話しづらい
ベルザクスは人知れずそう思う。その場の空気を入れ替えようとベルゼクスはアルベルトに話しかける。
「アルベルト、さん?」
「アルベルトで良いですよ」
「それではアルベルトで」
——沈黙
まあ、その方がいいんだけど。料理を食べる時、知らない飲んだくれから酒をかけられるのは嫌だし。
するとベルゼクスは夕食を食べようと手をあげる。
「すいませーん、えっとー羊の腿肉ステーキとぶどう酒をお願いします」
「はいよー」
なぜぶどう酒を頼んだかというと、やはり同じテーブルで一方は酒を楽しんでいるのに、もう片方は夕食を食べる、というのはなんかこう、失礼な気がすると思ったからだ。
そうベルザクスが思ってると、料理を食べ終わったアルベルトが急に喋り出す。
「急な質問ですが、なぜ俺のところに? 空いている席では他にもあると思いますが」
「えっ? ああーそれはですね、ここが静かに夕食を食べれるかなと思ってですね。他の席だとなんか、トラブルに巻き込まれそうで……なんかすいません、押しかける感じで」
「そうですか……俺は全然大丈夫です。普段からうるさい奴といるんでこれはこれで新鮮なので」
「ありがとうございます! そういえばここのぶどう酒は美味しいですか?」
「俺は飲んだことないですけど、他の人がうまいと言っていたのを聞いたことがありますので多分うまいと思いますが」
「え? 今なんて?」
ベルザクスは目を瞬かせて驚いた顔でそう聞く。
聞いたことが本当なら、随分と恥ずかしいことをしてしまったと思う。見栄を張って嫌いな酒を飲もうとしていた自分が否定されてしまうかも知れない。
「多分うまいと思いますが。ですか?」
「いや、最初の方です、多分……」
「俺は飲んだことない。のところですか?」
「そうです!、そこそこ。お酒は飲まないんですか?」
「ええ、飲まないというよりも、飲めないので」
ベルゼクスは硬直する。
「それはぶどう酒ですよね?」
「いや、これはブドウジュースです」
——あぁーうん、とても恥ずかしい
ベルザクスは見栄を張ったのを後悔したがその話を断ち切ろうと、話の話題を反らす。
そんなこんなで少し時間が立ち、料理が運ばれてくる。それはベルザクスが注文した羊の腿肉ステーキとぶどう酒だった。
「はい! お待ちどうさん」
「あっ、ありがとうございます……」
「ベルザクスさんは、お酒飲めるんですね」
「え? ああー、はい、そうですね」
ベルゼクスは歯切れ悪くそう答える。
それから時間が立ち、話が盛り上がった頃、ここの酒場がより一層うるさくなってきていた。酒場内では何が原因か知らないが喧嘩をする二人組がいた。その者たちはどちらも筋肉質で強そうな男達だった。
「喧嘩か、止めないとな」
「いや、多分大丈夫ですよ」
「え?」
喧嘩をしている屈強な男の後ろにそっとフライパンを手に持った女が現れる。
その女は驚いたことに、先ほど料理を持ってきた、金髪の美しい店主だった。
そしてその店主は手に持ったフライパンを上に掲げる。そして
「うるせぇんだよ!! この馬鹿ども!! 喧嘩なら外でしな!!」
フライパンを思いっきりその二人の男に叩きつける。それを食らった男はすいませんと、情けない声で謝り、代金を払って外に逃げていった。店主というと、フライパンを叩きつけた後にその腰までかかっている美しい金髪をなびかせながらカウンターの中に入っていった。
「あ、ああ、解決しましたねー」
「ええ、もうしばらくは喧嘩は起きないでしょうね——」
そういうと、アルベルトは何かを見つけたように、そっと席を立つ。
「俺はちょっと用事ができたんでここで。またいつか一緒に」
そういうとアルベルトは去っていく。
ベルザクスは突然な出来事に驚いたが、すぐに立ち直し、酒を飲んだ。この時の酒はたまに飲むぐらいのまずい酒とは違い繊細で、そして新鮮でうまかった様に思えた。
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