第32話 Summer Panic
夏休みになりました。
雲一つない快晴、初日から太陽の自己主張が激しい事この上ない。洗濯物が早く乾くのは良い事だが、肌を焼く程の熱量はいらないのである。
そんなとある夏真っ盛りの日、正午を少しだけ過ぎてご飯時から外れた時間帯。美浜市のとある喫茶店にて3人の男女(うち1人はロボット)が優雅にお茶を楽しんでいた。
「いやぁ、今日も熱いっすねぇ」
白いバイクが変形したような姿ことクイゾウが、カップを手にして中身を口……のような場所から一気に飲み干した。尚、中身は不明である。
「て言いつつ、本体の七倉さんはクーラーのガンガン効いた部屋からでてないからわからないんじゃないの?」
サマージャケットにスキニーパンツというカジュアルな出で立ちの宇佐美は、口につけたストローの先にあるクリームソーダと同じくらい冷たい言葉をクイゾウへ掛けた。
「それが外に出ると、自分すぐヒートアップしちゃうんすよね。思ったより熱耐性低いみたいなんすよ。外出は控えるっすかね」
「よくわかりはしねぇが、クイゾウが外に出ないなら七倉ちゃんが外に出ればいいんじゃねえですかい?」
若干怪しい江戸っ子口調で話すのは枦呂という名の小柄な少女、年齢はもう既に10代を折り返しているのに、見た目は小学生に見えなくもない。
そんな彼女は白のシャツとカーキのミニ丈ボトムのガーリーコーデだ。
「真面目に、夏休み中はそうしようかと思ってるっす」
「おお……引きこもりの七倉さんが外に」
「いや自分引きこもって無いっすからね! よく誤解されるっすけど違うっすからね! ちゃんとテストの時は本体で学校来てるっすから!」
「あぁ、うん……何かごめん」
クーラーが効いており、熱いどころか少し冷える喫茶店内にも関わらず、沸点に達したクイゾウの圧は中々暑苦しかった。
「それそうと、この夏休みどうしやす?」
「九重さん達が補習だからねぇ。いつまでなの?」
「8月の2週目までには終わると思うっすよ」
「「なっが!」」
一体どれだけ悪い点数を取ったのだろうか。
「自主練って形でフィールドを解放してもらうとか?」
「小沢さんが休みなんで、壊れても直せないっすよ」
小沢さんとはチームに所属する整備士長である。主にハミルトンの整備を担当しており、場合によっては他のラガーマシンも整備する。
介護士の資格も持っており妙齢を少しだけ過ぎた女性である。つい最近彼氏にフラれたらしい。
「今ん所整備士も小沢さん1人でありやすからねぇ、しばらく休んでもらった方がいいさね」
「だねぇ」
ぐっで〜ん、と宇佐美と枦呂が2人並んでテーブルに突っ伏す。ヒンヤリとした感触が頬に感じられてほんのり心地よいが、すぐに人肌に暖められてしまう。
「どうする?」
「どうしやす?」
「どうするっすかね〜」
はぁ〜と3人同時に溜息を吐いて。
「「「ひ〜ま〜」」」
今更だが、この3人は暇を持て余しているがゆえに集まっていた。
――――――――――――――――――――
その頃の赤点四天王。
各クラスの補習組は一つの教室に集められて追試を受けていた。
偶然か必然か、補習組は赤点四天王の4人だけであった。
トントンと指で机を叩く音が響く。秒針が動く音がやけに大きく聞こえる。隣りの席の生徒の息遣いすらもよく聞こえる。
そんな静寂に近い空間では、静寂に程遠い4人が机に向かって黙々と問題に向かっている。
唐突にそれは起きた。
健二が机をシャーペンの先で3回叩いたのだ。その瞬間、4人の間に流れる空気がガラッと変わった。
健二はコンコンコンとシャーペンのノックで3回叩き、トントンと指で2回叩いた。
これはあらかじめ4人で決めていた合図である。解けない問題があった時、他の3人の意見を聞いてみよう……という、いわゆるカンニング行為である。
シャーペンの先で3回叩くとそれが始まる合図。
次にノックで叩くと、それは問題の場所を表す。この場合、3回叩いたから問題3を意味する。
続いて指で叩く行為、これは「自分は2番だと思う」という意味だ。
文章問題には使えないという弱点はあるが、試験官にはバレにくいという利点がある。
そして今回健二が解けずにいる問題3とは。
『次のうち、芥川龍之介の著作を選べ
1,こころ
2,地獄変
3,君死にたまふことなかれ
4,
というものである。
尚、答えは2の地獄変で健二の予想は当たっているのだが。他3人の答えは4の
(なんだと!? まさかの4!? 何故だ、一番有り得なさそうな選択肢だぞ)
その瞬間、健二の頭に電撃が走った。目から鱗が落ちるというべきか、それとも目が覚めると表現すべきか。とにかく健二はある事に気付いたのだ。
(そうか、そういう事か! これは……引っ掛け問題!! あえて異色な選択肢に見せることで本来の答えから遠ざけるというもの! やべぇ、危うく引っ掛かるところだったぜ、サンキュー皆)
健二はこっそりと、試験管に見えない位置でサムズアップをする。それを見た他3人もキリッした眼差しでサムズアップを返す。
赤点四天王はこの時、心が一つになっていた。普段はいがみ合っている健二と漣理ですら結託して一つの問題に立ち向かっているのだ。最早彼等に敵はいない。
その後も何度かこの方法で解けない問題をクリアしていき、ついにテストが終了した。
結果は。
「君達、全員赤点だからまた追試やるよ」
赤点四天王が勝てる
――――――――――――――――――――
「そうだ! いい事思いついたっす!」
ジュースも既に飲み干し、追加注文しようにも財布の中身が寂しいゆえにそろそろ喫茶店を出ようかとなったその時、クイゾウが突然何かを閃いたらしく声を荒らげた。
宇佐美と枦呂は呆気に取られながらも次の言葉を待つ。
「他のラフトボールチームを見学しにいかないっすか?」
それはとても良い案だと思われた。
「おお! そいつぁいいでありやすね!」
「うん、僕も賛成だよ。何処に見学行く?」
「そっすねーとりあえず近場で……大学のサークルすかね」
「滋賀の大学って10個ぐらいしか無かったよね、その中でラフトボールのサークルがあるのって……どこだろう」
「確か、隣町の大学にあったと思いやすぜ」
「てことは星琳大学っすね」
「星琳か……確か姉さんが通ってたな。ちょっと姉さんに聞いてみるよ」
「お? こいつぁ決まりだな」
「自分も見学の許可を頼んでみるっす」
こうして、3人の夏休みの予定は決まったのだった。
自己主張の激しい太陽が照り輝く夏の日の出来事である。
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