第33話 AKATEN Kabadi


 ガンッと金属の塊同士が激しくぶつかる。2体のラガーマシンは組み合いながら重力任せに倒れていく。

 特殊繊維強化ゴムの地面が3t近くあるラガーマシンの身体を受け止めた。片方のラガーマシンは地面に倒れてから、手に持っていた楕円形のボールをフィールドに転がしたのだが、少し転がすタイミングが遅かったらしく『ノットリリースザボール』という反則をくらってしまった。

 

 これは、タックルされて倒れたプレイヤーはボールを手放さなければならないというルールがあるゆえだ。

 

「あちゃー! ペナルティになっちまった」

「そういえば、健二もこのペナルティをよくやるよねぇ」

「あ、あのね……ついボールを手放す操作を忘れちゃう事が多いの、レバー式あるあるなんだけど」 

「ふーん」

 

 7月某日、太陽の自己主張は未だに続いていた。

 上原宇佐美、武者小路枦呂、七倉奏(クイゾウはお留守番)の3人は星琳大学のラフトボールサークルを見学しに来ていた。それも他校との練習試合をである。

 本当は練習風景を見学しようとしたのだが、調べてみたら練習試合をやる事が判明したので、それならと練習試合を観に行くことにしたのだ。練習そのものはまたの機会に。

 

 3人がいるのはフィールドではない。大学構内の観戦用モニタールームだ。

 ここでフィールドに設置されたカメラが映すモニターで眺めたり、フィールドを飛び回るドローンの映像を持ち込みの端末に繋げて観戦する。

 フィールドの観戦席からオペラグラスを使って観てもよいのだが、この暑さでは熱中症になりかねないので、観客は皆冷房の効いた構内で見ることにしていた。

 

「あっ、星琳が抜かれた」

 

 モニターの中では、星琳チームのフロントをくぐり抜けて、相手チームのランニングバックが星琳陣地深くへと入り込んでいた。

 一際大きいタイトエンドポジションのラガーマシンが、その進撃を阻もうと立ちはだかる。ランニングバックはタイトエンドの手前でスライディングするように滑りながら足を止め、すぐにブースターの噴射口を左に向け、点火して再び走り出した。

 

 タイトエンドはそれに対処すべく、左手の篭手から5m近い鉄棒を射出して掴む、そのまま鉄棒を薙ぎ払ってランニングバックを直接攻撃した。

 しかしこれは運悪く外してしまう、ランニングバックは急な方向転換に耐えきれず足首のジョイント部が破損してしまったのだ。さらにサスペンションも上手く機能せず、膝のジョイントにまで負荷が過剰にかかってしまい、そのまま転んでしまう。鉄棒はまさにそのタイミングで薙ぎ払われた。

 

「七倉さん、あれどうなったの?」

「多分、脚部に異常がおきたんだと思うん……だけど」

「ありゃあもうこの試合じゃ使いもんになりゃしねぇすね」

 

 モニターで観てるだけの3人には詳しい事情まではわかっていない、だが相手チームのランニングバックが最早この試合で使えない事はわかる。試合は既に後半戦に入っており、あと15分で終わろうとしてるからだ。

 

 審判ドローンがアラームを鳴らして一時中断を告げる。

 その後スクラム指示が入って両チームが一斉にランニングバックの倒れた地点へと向かう。

 

「5回目のスクラムだね」

「4回とも星琳が負けてたから、今回も、多分負ける……と思うよ」

「相手チームのブースター威力がたけぇのなんの」

 

 これまで4回スクラムが発生したのだが、その4回とも星琳の負けである。

 スクラムとはラグビーと同じで、端的に言えばラガーマシンがひしめきながら押し合いへし合いするものである。ボールを横からいれてそれを足、もしくは副腕で背後へと転がしていく。

 

 ラグビーと違うのは副腕の使用が認められているため、奪い合いが露骨に起きやすくなる事だ。その際全力で押し込んで相手チームを下がらせればその分ボールをとりやすくなるため、フロントポジションのラガーマシンは副腕と強力なブースターを装備している事が多い。

 

「ダメだ、また星琳が押し負けてる」

 

 スクラムは案の定星琳が押し負けていた。相手チームのブースターの出力は思いの外高いらしく、噴射炎だけ見てても違いは明らかだった。

 後ろから押し込んでる仲間に噴射炎がかからないよう上向きに噴いている。おかげでただでさえ暑くて蜃気楼がでているのに、更に炎で加熱されてそこだけ灼熱地獄が出来上がってしまっていた。

 コックピットの空調が効いてなかったら間違いなく熱中症になっているだろう。

 

 あっという間に相手チームはボールを掻き出してスクラムの後ろから転がした。それをバックスポジションのタイトエンドが手に取って、近くの仲間にパスを回す。

 回されたラガーマシンはすぐに加速して星琳陣地へ入る。星琳のフロントは未だスクラムから解放されていない。

 

 待ち構えているのは先程の鉄棒を構えたタイトエンド、タイトエンドは迫るラガーマシンに向けて突きを放つ、左に避けるラガーマシン、しかしタイトエンドは前に出ながら圧力を掛けつつ、後ろの持ち手を右に回してサイドから打ち付ける。

 

 浅い、相手は怯んだものの、ボールは手放さない。

 すかさず前の持ち手を手元に引き戻しつつ、後ろから前に移動している持ち手で短く突く。

 まだ浅い、しかしボールを掴む手は緩くなっている。それを手で払ってフィールドに転がした。

 

 その一連の行動に、モニタールームでは拍手が巻き起こった。

 

「キャー先輩素敵!」

「もっと、もっと魅せて!!」

「先輩の精子ちょうだーい!!」

 

 黄色い声援が強い、余程あのタイトエンドは女生徒の人気があるらしい。一部とんでもないのが混じってるが。

 

「ひうっ」

 

 あまりにも強い女性の声援は耳に痛い、そのせいか人見知りしやすい奏は怯えて部屋の隅に移動してしまう。

 クイゾウの時とはギャップがありすぎて、宇佐美と枦呂は少々戸惑う。

 

「あのタイトエンド、棒術か何かやってるみたいだね」

「なるほど、そういや武尊っちも武道を収めていやしたね」

 

 10分後、試合終了のホイッスルが鳴り響く。

 あいにく星琳は3点差で惜しくも負けてしまう。

 だが、タイトエンドの防衛術は凄まじく、ほとんどのラガーマシンを押しとどめていた。そして活躍する度に女性の声援が響き、奏が怯えた。

 

「この後どうしやすか?」

「もう少しで姉さんが来るから、そしたら姉さんに星琳チームを紹介してもらえる事になってるよ」

「じゃああのタイトエンドに会えるってわけですね!」

「私は……帰っていいかな?」

 

 一人だけ踵を返して帰ろうとする奏、宇佐美は別にそれでもいいと思ったのだが、枦呂は割と容赦なかった。

 背を向けた奏の肩を掴み。

 

「いきやしょうぜい!」

 

 と満面の笑みで言い放った。

 

「う、うぅ……」

 

 奏は泣きそうになりながら「うん」と小さく頷いた。

 

「ま、まあ僕の後ろに隠れてればいいし、いざとなったらちゃんと守るから、うん」

「……ほんとに?」

 

 上目遣いで様子を伺う奏、可愛いけど少々あざといと思いながら宇佐美は首を縦に振った。

 安心したのかどうかはわからないが、奏は宇佐美の後ろに回ってシャツの裾を摘んで歩き始めた。

 

「ウサミンウサミン、今のカッコよかったですぜい、男前になりやしたじゃねえですかい」

「あぁ、うん……それはどうも」

「あっしが男だったら間違いなく惚れてやしたぜ」

「うん、その理屈はおかしくないかな!?」

 

 

 ――――――――――――――――――――

 


 その頃の赤点四天王。

 

「カバディやろうぜ!」

 

 と健二が言い出した。それは追試が終わり、補習も一通りすんで休み時間になった時の事だ。

 

「面白そうやないか、順番にレイドやって一番高得点出したモン勝ちやで」

 

 武尊がノリノリでそのカバディへ参戦表明する。

 

「フフ、下等市民の分際でこのボクちんに勝てるとでも?」

 

 漣理は煽り始めた。

 

「上等じゃねえか、お前が最初のレイドだ。おい九重はどうする?」


 と3人が同時に祭へと目を向けるのだが。

 どういうわけかピクリとも動かない。様子がおかしいと感じた武尊が顔を覗き込むと。

 

「っ!? ……あかん、気を失っとる」

「「なんだって!?」」

「おそらく、追試と補習のコンボで脳みそがオーバーヒートしたんや! こりゃカバディどころやないで」

「しゃーねー、俺ら3人でやるか」

「ではグラウンドで勝負しましょうか下等市民どもよ」

 

 そうして3人はグラウンドへカバディをやりにいった。サンサンと日光が降り注ぐ真夏のグラウンドへ。  

 

 数分後、3人の男子が熱中症で体調を崩して保健室へと運ばれた。 

 

 

 

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