第27話 Love Heart Attack ⑦


 九重祭が犯人探しを始めた事は、昼休みが始まる頃には既にSNSを通じて学校全体に広く知れ渡っていた。

 また祭自身が「犯人を見つけたら裁判にもち込むわ」と口語していたのも大きい。

 

 裁判という学生にとっては非現実的なワード、また犯人探しというミステリーが多くの学生の興味を惹き付け、今や第2学年で祭の行く末に関心を持たない生徒はほとんどいなかった。


 当然、犯人である美希と理沙はその空気に危機感を抱いて苛立ちを募らせ、挙句午後の授業には参加しない腹積もりで空き教室に居座っている。

 

「ヤバいってこれ、絶対マジだよ」

「裁判とかになったらウチらに勝ち目ないし」

「ほんと金持ちって嫌い! 金で無理矢理なんとかしようとするしさ」

「ほんそれ! 子供の遊びに大人の社会を持ってくんなって話」

 

 などと九重祭に対してあらん限りの愚痴をぶちまけている。

 水篠心愛は2人を少し離れた所から見つめて事が落ち着くのを待っていた。彼女がここにいる理由は一つ、美希と理沙が教室を出る時たまたま近くにいたため道ずれとして連れてこられたからだ。理不尽である。

 

「ちょっと心愛、喉乾いたからジュース買ってきてよ」

「じゃあウチ炭酸」

「ん、行ってくる」

 

 少しでもこの空間から逃れたいと思っていた心愛としては願ったり叶ったりだ。200円ちょっとの出費程度安いものだ……否、ちょっとキツい。

 それでも僅かながら自由にされたからか、一種の解放感が生まれていた。

 少し遠い自販機へ行こう。

 

 というわけでわざわざ学校内で一番辺鄙な所に設置している自販機まで足を運ぶ事にした心愛、人通りの少ない実習棟の横にある自販機まで辿り着くと、そこで思わぬ先客とかち合う。

 

「あっ、塩コッペパン」

 

 その何故そこに設置したのか不明な自販機で飲み物を買っていたのは、昨日バイト先のパン屋にやってきた上原宇佐美だった。

 残念ながら心愛は宇佐美の名前を覚えておらず、塩コッペパンが大好きな人という覚え方をしていた。

 

 宇佐美は買った飲料を肩から下げているバッグに入れると、要は済んだのかこちらへと振り向いてから歩き出して、そしてようやく心愛の存在に気付いた。

 

「お? パン屋さん」

「心愛だよ、水篠心愛。心愛って呼んでいいよ塩コッペパン君」

「よろしく水篠さん。僕は上原宇佐美、昨日自己紹介してなかったっけ?」

「して……ないよ! うん」

「そっか」

 

 嘘である。忘れていた事を誤魔化すための嘘である。

 それはそれとして。

 

「ウサギはこんなところまでジュース買いにくるんだね」

「宇佐美です。そんな月に代わってお仕置きしそうな名前じゃないよ。

 まあ、教室に一応ウォーターサーバーあるからそんなに喉乾いたりしないんだけど、たまに果汁ジュースとか炭酸飲みたくなるんだよね」

「ウォーターサーバーあるの? 何それリッチだしずっこい! ウチの教室にも置け!」

「えぇ〜、何かごめん」

 

 宇佐美と入れ替わって今度は心愛が自販機の前に立つ。

 理沙は炭酸を所望していたが、美希の方は何も言ってこなかった。


 ――同じでいっか。

 

 と思い、ジンジャーエールを2本購入した。すると、自販機についているルーレットが回り。

 

「揃った」

 

 珍しく777の大当たり、1本ただで貰える。

 しかしこういう時程何にするか迷うもの、しばらく逡巡していると横から手がにゅっと割り込んでボタンを一つ押した。

 遅れて取り出し口に何かが落ちる音がする。

 

「あのさぁ」

 

 心愛がじとっーと勝手にボタンを押した宇佐美を見つめる。

 当の本人は悪びれる様子はなく、無言で取り出し口に向けて手を向けていた。さながらレディをエスコートする紳士のように。

 全く無駄な紳士性ではあるが。

 

 とりあえず取り出してみる。

 

「マムシレモネード?」

 

 マムシエキスとレモネードの悪魔合体!

 というキャッチコピーがついていた。

 

「いやいやいや! あげる!」

 

 流石に嫌な予感がしたのでマムシレモネードを宇佐美に手渡す。

 宇佐美は何故か嬉しそうで「やった!」とのたまいていた。

 

「宇佐美は変なのが好きね」

「そうかな?」

「そうよ、それに九重さんとツルんでるんでしょ? 中々変わってるわ」

「九重さん知ってるんだ。まあ今話題になってるよね、犯人探し云々で」


「そうそう、で宇佐美はツルんでるの?」

「うん、同じチームだよ」

「チーム?」

「そそ、ラフトボールのチーム。実は僕ラガーマシンの免許証持ってるんだ」

 

 へへー、と変な笑いを浮かべながら宇佐美はポケットから自分の顔写真が貼られた免許証を出してチラつかせる。

 たしかに種類の所には、ラガーマシンを表す『特競(特殊大型競技用車両)』の2文字が入っていた。

 

 つまり本当にラガーマシンのパイロットという事に。

 

「マジだ。凄い、てかその足でよく取れたね」

「まあね! 頑張った! 片足でもペダリングはできるんだよ」

「よくわかんないけど大変そう」

 

「うん、大変だよ。でもこうして免許取れたのは凄く嬉しい。だって僕みたいな片足ダメな奴でも、ラガーマシンに乗って走ってもいいって、他の健常者に交じってプレイしてもいいって認めて貰えたんだから」

「そっ、よかったね」

「ありがとう!」

 

 屈託なく宇佐美が笑いかける。その笑顔をみた瞬間、心愛の中で心臓が弾けるようなショックを感じた。同時に羞恥心や感情が高まり頬が赤く染まっていく。

 慌てて両手で顔を覆い隠しながら宇佐美に背を向ける。表情を見られなかっただろうかと考えながら密かに悶えた。


 ――うあああ待って! 今のはちょっと乙女的に不味い! ステンバーイステンバーイ! 大丈夫、ギリギリで踏みとどまった。まだあたしは落ちてない! イエス! あたしは身持ちの硬い女! レディ!

 

「よし大丈夫!」

「なにが?」

「乙女サーキットが!」

「だからなにが?」

 

 とりあえずそれはスルーする方向で。

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 宇佐美と別れて美希と理沙が待つ空き教室へ戻る道すがら、心愛はさっきの笑顔が頭から離れないでいた。決してときめき関係の香ばしい理由ではない。

 いや、多少はその手の感情も混じっているが。

 

「あんな顔で笑えるんだ。いいなぁ、ラフトボールってそんなに面白いのかな」

 

 今の自分では直視できないほど宇佐美は輝いて見えた。きっと好きなものは好きとハッキリ態度で表せるあの姿に興味を持ったのだろう。とても羨ましいと感じた。

 

 などと考えている間に空き教室に到着、扉を開けたらまたあの2人に付き合わなければいけないと思うと気が重い。

 溜息一つ吐いてから扉を開けて中に入る。

 

「ごめん遅くなった」

 

 心にもない事で謝りながら入るも、返事は無い。

 誰もいないのだ。一瞬教室を間違えたかと思ったが、2人の鞄は積み重なった机の上にあったので間違えてはいない。

 トイレだろうと思ってしばらく待つのだが。

 

「遅い」

 

 15分待っても帰ってこない。既に昼休みは終わっている。

 いっそこのまま帰ろうかと思うが、帰ったら帰ったで2人からグチグチ言われるのは目に見えている。ゆえにこの場で待つしかない。

 

「はぁ……こんなんじゃダメだよね」

 

 宇佐美はハッキリと態度に示していた。九重祭も不愉快なものには真っ向から立ち向かっていた。心愛が関心を抱いている2人は、両方とも独自のスタンスを築いていた。大して心愛自身は宙ぶらりんなまま。

 

 買ってきたジュースは少し温くなっていた。

 ふと窓の外を見ると、ポツポツと雨が降り始めてきた。天気予報では昼過ぎから降ると言っていたのを思い出した。

 

「早く梅雨終わらないかな」

 

 雨が多いと気分が滅入る。それでなくても滅入る事ばかりなのだ。それに髪が長いため毎朝のセットが大変。

 ますます落ち込んでいくなか、待っていた2人からメッセージが届く。

 

「やっと来た……なになに?」

 

 内容は『彼氏とガイジクラスなう』という簡潔な文章と1枚の自撮りだった。

 自撮りをした場所は見た事ない教室。その奥では先程言葉を交わした宇佐美が美希の彼氏に押さえつけられていた。

 

「え? うそ」

 

 驚きと恐怖で背中が冷える気がした。

 メッセージはまた送られてきた。『なんか一丁前に免許とか持っててウケるww』『破いたらどうなるか楽しみ』

 

「どうしよう……どうしよう」

 

 頭の中はその言葉で埋め尽くされていく、関わりたくないのが本音だ。その場合自分の中で何かが失われる気がする。しかしここで刃向かっては2人に何をされるかわからない。

 せめぎ合う二つの思い。

 心臓が圧迫されるような感覚の中、脳裏に昨日の九重の気丈な態度が浮かんだ。


「あっ……」

 

 目が覚めるような気分だった。

 続けて今度は先程の宇佐美の顔が浮かぶ。自分が羨ましいと感じて惹かれたあの笑顔が。

 

「はああ……ふぅ。うん、きっと今行かなきゃダメな気がする」

 

 深呼吸して鼓動と呼吸を落ち着ける、そして心愛は空き教室を飛び出した。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 同じ頃、2組の教室にて。

 教師が黒板にチョークをカツカツ音を立てながら小難しい化学式を書いている時、枝垂健二はスマホの画面を見て憤っていた。

 

『なんだよこれ!』

 

 とメッセージを送る。相手は宇佐美を除くラフトボールのチームメンバー全員。

 美希と理沙達が行っている事は、どういうわけかSNSで実況されていたのだ。おそらく2人のうちどちらかの彼氏が調子に乗って撮影しているのだろう。

 

『ちょっとワイ、行ってくるわ』

 

 と原武尊からのメッセージ、続けて、武者小路枦呂、南條漣理、クイゾウが返信する。

 

『あっしもこれは見過ごせません!』

『実況の動画は後で訴えるために保存しておきましょう。ボキもいきます』

『全員でフルボッコっすね!』

 

 そして健二と武尊、漣理とクイゾウが一斉に立ち上がった。

 教師と他生徒達が何事かと4人を見つめる。

 

「サーセン、俺お腹が頭痛なので保健室行ってきます」

「ワイ付き添います」

「南條漣理、生理のため保健室行ってきます」

「自分も生理なので保健室行ってくるっす」

「こら待て!!」

 

 教師の制止を振り切って一斉に教室を出ていく。

 

「あいつらバカなのか」

 

 教師の呟きがひっそりと教室に響き、その場にいる生徒全員が短く頷いた。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 一方九重祭は授業を抜け廊下に出て、画面で繰り広げられる例の実況動画を眺めていた。

 その眼差しは冷たく、表情にも感情というものはなかった。

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