第26話 Love Heart Attack ⑥
「でさぁ、昨日カラオケの帰りにたまたま公園で猫の死体みつけてさぁ」
「それであんた達靴箱にぶち込んだのぉ〜?」
「ついでに中に入れてからナイフでブスぅ〜とさ、今頃大惨事じゃないかなぁ?」
「やだぁ猫ちゃん可哀想〜」
「あんた絶対心にも無いでしょ」
水篠心愛が教室に入ってきて早々、美希と理沙を中心に生徒達が数人集まっているのが見えた。断片的に聞こえる会話からどうやら誰かの靴箱に猫を入れたらしい。
誰に? と一瞬考えたが、直ぐに昨日の放課後を思い出して九重祭しかいないと思い至る。
胸がチクリと傷んだ。それはいけない事だと彼女達に伝えたい、しかしそんな事をすれば今度は自分がターゲットにされる事だろう。
では九重祭をフォローするか? 誰かに見られれば同じ事。
何もしないという決断の元、その場は机に突っ伏して不貞寝して心を落ち着かせる。少なくとも寝てる間はあまり声を掛けられない。
「あいつどんな顔するかなぁ」
「気になるなら見てきたら? そろそろ来るんじゃない?」
「いや、もう来たみたいよ? 友達から下駄箱から猫の死体がでてきたってきた」
「まじで? で、どうなったん?」
「あぁ……なんかさ」
気まずそうな女生徒の声を聞いて何処と無く不穏な気配を感じ、気になった心愛は顔を上げて美希達の方を向いた。
女生徒の説明受けた理沙と美希は、一度「はぁ?」とわけがわからないと叫んで驚いた表情を浮かべた。
心愛自身もまさか九重祭がそういう行動に出るとは思っておらず、一連の話を盗み聞きしたあと祭への強い好奇心と畏敬の念が生まれた。
――――――――――――――――――――
少し前に遡る。
昇降口にて、自身の靴箱で猫の死体を見つけた九重祭は、思いの外冷静にその後の対応を考えていた。
「で、これどうするっすか? お嬢」
「どうするもこうするも……ああちょっと、そこの君、誰でもいいから先生を呼んできて」
「なんで俺が……」
祭はたまたま近くにしゃがみ込んで、靴箱の猫の死体を撮影しようとした男子生徒を捕まえて教師を呼びに行かせる。男子生徒は撮影を邪魔されたのが不快らしく拒絶の姿勢を見せる。
「女子の靴箱を勝手に『盗撮するあなた』に拒否する権利はないわ」
盗撮する以降をわざと強調して他の生徒にも聞こえるようにしたからか、その男子生徒は周りの冷ややかな視線を集める事になる。
そのため男子生徒は、「わかったよ!」と一言残して逃げるように立ち去った。
「SNSにでも投稿するつもりだったんすかねぇ〜」
「バズると思ったんじゃない?」
「お嬢はバズった事あるっすか?」
「ないわ」
次に祭は、スマホのライトで靴箱を照らして中身がよく見えるようにする。
まず見えるのは猫、鈍色と黒の虎縞模様、首に刃物による切り込みがある。
「胴体や尻尾に血はついて無いわね、頭と接地してる部分だけ……首を切り裂かれたのは死んでからみたいね。
それに僅かに腐臭がするわ、死んで何日かは経ってるとみていいわ」
「ほお、つまり犯人は何処かで見つけた猫の死体を靴箱に入れてから、ナイフか何かで首を切りつけたんすね」
次に見るのは上履きである。上履きの上に猫が乗っかっているため、既に血みどろのグロテスクな造形になってしまっている。祭は内心で廃棄処分を決めて新しく購入する事を決めた。
「片方だけ、少し横に倒れているわ。多分猫を入れてから上履きの位置を調整したんでしょ」
「つまり上履きには犯人の指紋がついてるかもっすね」
「ええ、これは後で指紋鑑定してもらいましょう。勿論分析のほうでね」
ニヤリと祭が不敵に微笑む。その瞳は必ず犯人を捕まえるという気概に満ちていた。
「おい! 一体どうしたんだ!」
思いの外早く教師がやってきた。顔と名前は知らないが、祭は後で生徒指導の教師である事を知る。
その教師が靴箱の前で屈み、中の猫を視認して眉を顰めた。
「とにかく、これは学校側で内密に処理する。お前もこれ以上口にするな」
教師はそのまま靴箱に手を突っ込んで猫を取り出そうとするが、祭がその手を掴んで阻止する。
「やめておきなさい、触れたら感染症にかかるおそれがあるわよ。それに既にSNSで拡散されてるから内密にするのは不可能」
「じゃあどうしろと……いや、そもそも教師に対してその口の聞きかたはなんだ」
「はぁ、めんどくさいわね」と聞こえないようボヤいてから「じゃあ」と続く。
「ここは大人しく保健所を呼ぶべきです。もしその猫が飼い猫だとしたら、学校側は人様のペットを勝手に処分したとして器物損壊の罪に問われますよ」
「〜〜っ、わかった。そうしよう」
教師は生徒に窘められたのが余程悔しいのか、苦虫を噛み潰したような顔で渋々祭の言を受け入れる事にした。
そして保健所へ連絡するため、一度職員室へと戻る。
「さて、次は犯人探しでもしようかしら、見つけたら訴状を送ってやるわ」
実を言うと既に目星はついているのだが、証拠が無いため確信が持てない。
それでも必ず捕まえるというやる気には満ちている。
元々祭は負けず嫌いな性格であり、売られた喧嘩は勝てる見込みのあるものだけ買う主義だ(金の力が強いためまず負ける事がない)。
今回もいつも通り、相手と徹底抗戦の構えでやり合うつもりだった。負けるつもりもなければ負ける要素もない。必ず勝てる戦いだ。
「そして賠償請求でチームの予算を確保よ!」
しかしそれが最善であるかどうかは話が別である。
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