第28話 Love Heart Attack ⑧


「はーいおつかれー、いい感じに撮れたぜぇ」

 

 という男子生徒の声で宇佐美の意識が覚醒する。

 床に押し付けられた鼻腔にリノリウム独特の香りがついた。

 

(しまった、少し意識がとんでた)

 

 背中に重しのようなものを感じる。どうやら上に何かが乗っていて押さえつけられているらしい、動けないのならあえて倒れたままの姿勢を続けて、起きてる事を悟られないようにし、聞こえてくる音と視界に入る僅かな情報からなるたけ状況を把握するようつとめる。

 

「おほぉー、やっべめっちゃ炎上してる」

「ちゃんとうちらの顔写してないよね?」

「だーいじょうぶだって、顔写らないよう注意してたしボイスもフィルターかけてるからバレねえって」

「じゃあもうちょい派手にやればよかったね」

「だな、もう少しそいつを痛めつけてもいいな」

「いやいや、あまりやりすぎると顔写らないようにするの大変だからほんと」

「はいはい、ガイジクラスなうっと……これで心愛もくるね」

 

 聞こえてくる声は男と女2人ずつの4人組。話の流れから何かを撮影していたらしい。

 とりあえず気を失う前の出来事を振り返って現況をよく理解する事に。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

 

 昼休みが終わってすぐの事だ。

 宇佐美は課題をこなすためにスマホで電子黒板を操作していた。

 特別クラスに授業というものは週に二度か三度しかない。それというのも特別クラスは宇佐美1人しかいないため課題を出してこなさせる自習スタイルを導入しているからだ。

 これは新たな授業体系を模索するテストプレイでもあると同時に教師の負担を減らすという目的もある。

 

 というわけでいつものように、Bluetoothで電子黒板と繋げたスマホを操作して、電子黒板に送られている課題のテキストを自分のタブレットに移動させていた時の事。

 

 宇佐美のスマホにメッセージが届いた。

 クイゾウ……もとい七倉奏からのメッセージだった。

 

 内容はある操作を行う事と、鍵をかける事の2つ。ひとまずメールにあった操作を行ってから扉に鍵をかけようと立ち上がる。

 よろよろと杖をつきながら移動して扉の前に立つ、その時ガラッと扉が開かれて見知らぬ男子生徒と目が合った。


「おろ? 早速会敵〜ごめんねぇ〜」

「へ? わわ」

 

 どんっとその男子生徒に突き飛ばされて床に尻餅をつく。起き上がろうとするも、首に蹴りを入れられて床を転がってしまう。

 しばらく床を豪快に滑りながら後頭部を長机の足に強打して止まる。激しく揺らされた脳がそのまま意識を薄めていった。

 

 この時の宇佐美は知る由もないが、奏からメッセージが来た時既に『ガイジクラスを乗っ取ってみた』というタイトルの動画が生配信されていた。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 

 

(そういえば、蹴り飛ばされたんだった。このくらいで意識飛ぶなんて情けないな)

 

 ちなみに、蹴られた首とぶつけた背中意外に痛む所はない。どうやら倒れた宇佐美を追い討ちするようなことはしなかったらしい。

 目下の所、こちらが起きた事に気付いてはいないようだ。今のうちに逃げるかと考えたが、上に乗っかっているものをどかせる保証はないうえに自分の足ではすぐに捕まるだろう。

 

(当面はこのまま救援待ちかな)

 

 奏の指示通りにある操作を行ったゆえに、すぐに誰かがくるだろう。それまで耐えるだけでいい。

 

「てかさ見てよこれ、ウォーターサーバーに冷蔵庫もあるじゃん」

「こっちには畳と炬燵があるぞ、流石に時期外れすぎるけど」

「黒板じゃなくてホワイトボードか」

「何かうちらよりリッチな環境じゃん! 不公平でしょ! なんでガイジの方が優遇されてんのよ! 何の役にも立たない社会のゴミじゃん」

 

(そこまで言うか)

 

 宇佐美は一瞬反応しかけたが、鋼の理性で微動だにさせなかった。

 今の自分を褒めてあげたい。

 

「決めた、ここうちらの場所にしよ」

「ガイジはどうする?」

「出禁にすればいいじゃん、うちらのなんだし」

「だよな〜、やっべ秘密基地みたいでワクワクしてきた」

 

 どうやら彼女達の中では、この教室を自分達の溜まり場にする事を決めたらしい。たしかにここは大変住み心地がよろしいため長居したくなるのもわかる。

 

(出禁は困るなぁ、家だと姉さんのせいで落ち着けないから)

 

「あいついつまで寝てんだよ」

「静かだしこのままでいいじゃん、騒がしいのは嫌だし」

 

(騒がしいのはむしろそっ……ん?)

 

 地面に耳をつけているからだろうか、廊下側から誰かが走ってる音が聞こえてきた。それも段々音が大きくなってきていることからこちらへ近付いているのがわかる。

 健二あたりでもきたのだろうか。

 

 扉が開かれ、誰かが入ってきた。残念ながら宇佐美の顔はたった今開かれた扉とは反対を向いていたため誰が来たのか確認できない。

 

「はぁ……はぁ」

「なんだ心愛じゃん。おそーい」

「メッセ送ってから5分も経ってないし、なに? そんなにうちらに会いたかった?」

「ち、違うよ!」

 

(この声、水篠さん? もしかして残り2人の女子は昨日僕を転がしたあの2人?)


 先程自販機で話した水篠心愛の声だった。また宇佐美の予想は正しく、特別クラスに乱入してきた女生徒は昨日の放課後、宇佐美を引っ掛けて転ばした2人である。

 

 心愛は一度強く否定した後、ずかずかと歩いて美希の前に立つ。「なんだよ」と怯む美希に向けておもむろに手を伸ばして……。

 

「ちょっ! なにすんの!」

 

 美希の手から宇佐美の免許証をひったくった。

 そして距離をとって。

 

「美希も理沙も……やり過ぎだよ」

「はぁ?」

「なにそれ? あんた何? 今更いい子ぶろうての?」

「そんなつもりはないけど、でも……ここれは駄目だよ! うまく説明できないけど、ととにかくやっちゃいけない事だよ!

 それにこれは、あの子の……宇佐美の大事なものだから壊したら駄目ぇ!」

 

 よほど緊張しているのか所々声が上擦っているうえに、言葉にも説得力というものが感じられない。しかし彼女の言わんとする事はその場にいる誰もが否が応でもわかっていた。

 特に、宇佐美には心愛の感情がよく伝わって胸の内を熱く焦がした。

 

(凄いな水篠さん。流石に僕もこのままではいられないかな)

 

「何言ってるかわかんないし! 恭介やっちゃって!」

 

 理沙の声に反応して恭介と呼ばれた男子生徒(宇佐美に乗っかってない方)が立ち上がる。

 

「お? なに? どこまでヤればいい?」

「どこまでも、処女らしいからもらっちゃってよ」

「いや」

 

 宇佐美の方からは見えないが、美希と理沙と恭介と翔太(宇佐美に乗っかってる方)は下卑た笑いを浮かべており、また心愛は迫りくる恭介に怯えていた。たとえ見えなくても宇佐美にはそれがひしひしと感じられる。

 

「おい俺にもヤらせろよ」

「ちょっと翔太! 浮気?」

 

 美希が叫ぶ、美希と翔太は付き合ってるらしい。つまり残りの理沙と恭介はカップルと思ってもよい。

 

「ちっげーよ、遊びだよ遊び。だから俺にもくれな?」

「じゃあちょっとどいてもらっていいかな」

 

 その言葉は現在倒れている宇佐美から発せられた。流石に予想外だったのか全員が一瞬黙って宇佐美の方を向いていた。

 ただ1人、上に乗っていた翔太を覗いては。


 翔太が声のする方へ顔を向けようとした瞬間、シャツの襟元に圧が加えられた。それが手だと認識する頃には、ぐいっと引っ張られて床に鼻から激突して鼻骨を折ってしまった。

 

「がっ……ぐふ」

「は? 何がおきたの?」

 

 美希の困惑する声が響く。宇佐美はゆっくりと仰向けになってから半身を起こして、かつてない憤怒を交えた瞳を心愛を除いた3人へ向ける。

 

「マウントをとる時はさ、ちゃんと肩か肘を押さえないと簡単に反撃されるんだよね。

 まあ、それはそれとして、誰か来るまで大人しくしてようと思ってたんだけどさ……免許証も最悪めんどくさい手続き踏んで再発行すればいいかなあって思ってたんだけどさ……なんていうかね。

 水篠さんをキズモノに、それも笑いながら平然としようってんならさ。黙ってはいられないかなって……そう思ったんだ」

 

 その時、起き上がろうとした翔太の髪を掴んで、一度持ち上げてからもう一度地面に叩きつけた。今度は額を強く打ち付けた。

更にもう一度持ち上げて、同じ様に額を床に打ち付ける。2回目にして翔太の意識は完全に失われる事になる。


翔太の意識がなくなったのを確認した宇佐美は、長机に手を付いて杖がわりにしながら立ち上がった。

 

 

 

 ――――――――――――――――――――

 


同じ頃。

 クイゾウと漣理、健二と武尊、それに途中で合流した枦呂が特別クラスへ向かう道すがらの事。

 

「とにかく急ぐっすよ!」

「いや、先に先生を呼んだ方がええで」

 

 逸る気持ちを言葉にしたクイゾウと相反するように武尊が冷静に告げる。

 

「そんなのんびりしてる暇はないでしょう! あの下等市民……いえ、蛮族から暴行をうけてたらどうするんです!」

「ついに健二より下の階級がでてきたんか」

「釈然としねぇ」

「いや、実際貴族の言う通りじゃありやせんか? なんならあっしはダッシュで先に行きやすぜ!」

「落ち着きいて、暴行程度なら平気やから」

 

 武尊の言葉に漣理とクイゾウと枦呂が疑問符を浮かべる。

 それに答えたのは健二だった。

 

「あいつ、ああ見えて結構喧嘩強いんだよ。その辺のチンピラにやられない程度には」

「「「まじ!?」」」

「そらもうワイが徹底的に仕込んださかいな!」

 

 エヘンと武尊が胸を張った。その顔は躍進を遂げる弟子を見てドヤ顔決める老師のようであった。

 

 一同は後で知るのだが、武尊は空手をメインに、柔道と合気道を心得ており、最近はプロレスを始めたらしい。

 路地裏の喧嘩をよくやっていたため、公式戦や段はとってないもよう。

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