第6話 一人称のほとりで

 客観的に記述しよう。

 そこには女がいた。ビルの残骸が無造作に積み上げられ、長いときの流れのうちに芽吹いた草木が繁茂するその廃墟、それらすべてを見下ろせる位置に女はいた。

 女は紺色のシスター服を着崩し、その上に洋書の頁を継ぎはぎにして造られた……正直言ってセンスが悪い……奇抜なジャケットを羽織っている。髪は剃られておらず、むしろ伸ばされて、ツインテールの形に整えられていた。

 彼女の黒い瞳が、周辺に設置された、無気味な唸り声を上げて作動している機械類を追って、左右に動く。それらはタイプライターに人間の脳髄を無理に取り付けたかのようなものであり、高速で自動筆記を繰り返しながらキテレツな文字列をひたすら排出し続けていた。

「来るか……」彼女は呟いた。

 それと同時に、世界が暗転する。記述された紙から文字が抜け出し、壁を成し、床を成し、大地を成し、空を成す。

 言語が互いに絡み合い、ワードサラダが森林となり、方言が植生を豊かなモノへと変化させる。

 辞書の合間に蜥蜴が這う。純文学と大衆小説の狭間を蛇が進む。軍隊蟻はただひたすらに新聞のスクラップ記事を運び続ける。多義語が枝を四方に伸ばし、リファレンスの蔓が八方を覆う。

 言語の森。叙述のジャングル。彼女にはそう見えた。あくまでも彼女の定義であり、他者が見たときにその『叙述空間』がどう映るかは知らない。興味もない。

「預言によれば此処に転生者が現れるとか…ああ。捉えた。では、潜ろう。言語の森に、一人称が支配する荒野に」

 彼女は目を伏せ、再び開く。ボトリと、鱗のようなものが落ちた。彼女もまた、飛び上がって、その森に落ちた。だから、ここで客観のことばはお仕舞い。ここからは、私が、我が一人称がその視点を制する。










 やぁ、始めまして……と言うべきか。ふむ。ここは何処なのだろうな?恐らくは……センダイあたりか。いやしかし驚いた……嘗ての繁栄の面影がすっかり消え失せている。悲しいことだねぇ。

 それでだ。えーと、何だったかな?双子の赤字君だっけ?

 いや、正しい名を言おう。双子素数藤双子赤字之助よ。死ぬほどふざけた名前だな?え?

 ……ようこそ、変動する世界へ。此処は喜びに満ちた場所だ。死が否定され、生が否定される。万物は流転し、かつて尊ばれたモノ、例えば……生の価値。死の意味。そして、主への祈りすら混沌の断末魔の間に裂かれる。お前のようなモノの手によって。

 ……私の名はトリストラム。悲しみの意味を持つことば、そしてメタフィクショナル・ノベル、『トリストラム・シャンディの生涯と意見』の引用アリュージョン。私が抱くは主の一人称。絶対なる個の視線。そして…教会No.2の『転生者狩り』。

 ……異世界より来る、悪魔ありえざるものよ。教会はお前の有り様を認めない。我らが神聖受験倶楽部、主の御名の下にキサマを狩ろうぞ……!


 「はわ!どういう攻撃だ!視界がひずんで……墨流し模様みたいなのしか見えない!なんと恐ろしい!」


 ほざけ!行儀よく「」で己の存在を定義して起きながら何を言うか!…ああ忌々しい、忌々しいぞ転生者。輪廻転生を其の身に示し、神の摂理に背く者よ。


「うおおそういうのは解らないぞ!こういうときは……思い……出せない!わからん!」


 ……ほう。意外や意外、私のようなメタ改変式邪視能力者と渡り合ったことが一度もないとは。その若さでは当然やもな。

 それでは、それでは。さぁさぁ溶けよ、さぁ溶けよ、言語に溶けてカタチを失え、行間に墜ちてココロを失え。この私が、一人称の語り手がキサマを蹂躙しよう、粉砕しよう、消去しよう!


「どうやってだ!?……俺をこの空間に閉じ込めるつもりか!」


 ああ違う!そんな方法では断じてない!

 此処は三次元空間に非ず、此処は叙述空間なり!キサマの五覚とたましいと、それら全ては……この空間に。それ故に、それ故に。叙述されざるものはこぼれ落ちる定めにある。すなわち、キサマの全存在、この世界に転生したばかりのキサマ、

 理解できたであろう、お前の愚鈍な頭でも。私がなぜ転生者を狩る事に特化しているのか。

 転生者はこの世界の向こう側から来るゆえに、こちら側に楔を持たぬ。存在の確かさという点からは、林床に季節外れに咲くカタクリにも等しい存在よ。

 で、あるから。このような意味喪失式メタ改変にっこうどくせんを以て制すれば、キサマらは全くの無力。空間を飛び回って得たその能力も、この世界の承認なしには満足に奮えぬ。ここはお前たちの終わり、永劫に変わることのない墓場であり、遷移なき熱帯雨林である。降り注ぐは愚者の涙、地を温めるは痴者の鮮血。それこそがこの叙述空間のまことである。


「……」


 ……ハ。ハハハ。ハハハハハ!アッハッハッハッハッ!理解したか?理解してしまったか!憐れなり、無惨なり、滑稽なり!裂かれ食わるる転生者!そうとも、このお喋りによって我がメタ改変は更なる存在の礎を得た!キサマの絶望という礎をなァ!

 さぁさぁどうした転生者!動かしてみろ、その腕、その足、その躰!動かぬとも、動かぬだろうよォ!私は『キサマの足が、腕が、躰が動く』という叙述を認めない!

 あぁ、あぁ!愉快である!痛快である!爽快である!

 さぁ悶えろ、苦しめ、懺悔せよ!キサマは地獄にも、煉獄にも行かせはしない!無意味に、無価値に、無様に!此処でその存在ごと砕け散るのだよ!アッハッハッハッハッ!


「うぅっ……くっ……」


 ほうほう。なけなしの力で己を定義したか。頑張るな。ではどうする?どうやって切り抜ける?不可避、不可能、そしてキサマの消失は不可欠よ。


「いやだッ!俺は認めない、認めるかッ!こんなところであっさりと死んでたまるか、そんな終わりを無駄無駄無駄無駄キサマの言葉には重みがない!存在するに値しない!自我の境目たる『」』は定義されないのだから!がらんどうの紛い物、意味をなさないガラクタよ、さぁ歪め、堕ちろ、森に墜ちろ!何者の魂に記述されることもなく、永劫にこの森で己を喪失し続けろ!そのココロごと、意味メタに喰われるがいい!それこそが私が、教会が、主たる神が!悪魔キサマに与えたもう罰なのだからなァ!朽ち果て討ち果て尽き果てろォ!アッハッハッハッハッ!


 ……終わりだ。最早キサマは「」を得られない、すなわち、己を定義できない。

 さらば、さらば。世界よ忘れよ、この些事を。あしき転生者など、ここにはいなかったのだから。





 ───ふ、と。

 彼女は、トリストラムは聞いた。歯車の動く音を。


 ……!?これは……第三者視点からの記述!?まさかあの転生者が!?

 否、否、否!そんなはずはない、あの男にはそのような存在の楔は持ち得ていない!……では、誰が……?


「ああ、そうね、確かにあのコはこんな楔を持っていなかったわ」

 ガチリ、と音が鳴った。

 何処からか、スチームが噴出される。エンジンが動き出し、歯車が軋みながらも回転する。

 その運動はより小さな、同じかたちの歯車に伝わり、どんどんと伝播し、そして一周した。その歯車には、消え去ったはずの双子素数藤双子赤字之助の姿があった。

 歯車が回転する、黄金長方形を描きながら廻る、自己言及を繰り返す。そしてその回転は呪術となる。

 セルフ・リファレンス。それはわらべ唄のように、繰り返すことで存在をより強かにする呪術。対象aをaであると確かめるおこない。


「悪いけど、私はこの世界に入り浸ってるのよね。ノクティスの姉妹の一人として」


 空から落下してきた無数の歯車が、言語の森に突き刺さる。それらは積み重なり、変容し、女の姿を形成した。その名はオメガダ・コーヒールズ・バベッジ・ノクティス……自己言及性計算機サークル・キャッスル・タワーリィエンジンを杖とする魔女である。


 キサマ、『シェイクスピアの魔女』か。ああ、なんと忌まわしいことか。狩らなければならぬ、焼かなければならぬ。お前たちの噂は聞いているぞ。悪徳を成す、杖を起点として拡大する、人ならざる姉妹がいると。罰しようぞ、誅しようぞ、滅しようぞ。


「あらあら、そんな姿で出来るのかしら?ほら、御覧なさい。焼けるのは貴女の森よ。三人称の枯葉材が森を枯らし、第三者の熱視線が木々に火を灯すの……あーあ、これでシュルレアリズムの魔女に一個貸しか。『アンダルシアドッグ』作動」


 その言葉と共に、森が燃える。各所から火の手が上がり、赤い舌が木々を舐める。連鎖的に炎は広がり、ことばを侵食していく。仮想の焔は、しかし、同時にトリストラムをも焦がす。


 これは……何だ!?我が叙述空間領域外に無数の目玉が……引き裂かれた眼球が浮かんでいる!?……成る程、黒魔術によって編まれたあれらがこの邪視を引き起こしているのか。あれらがこの一人称を蹂躙しているのか。賎しいな、魔女めが。

 ……ち。限界だ。世界よ閉じよ、再び眠れ。

 ……ああ。だが、しかし。終わりではないぞ?










 世界は暗転する。

 最早、かの森は何処にもない。かの語りは消えてなくなった。かの一人称の世界は折り畳まれてしまったのだ。

 しかし、しかし。

 異形のタイプライターが次々と爆発し、空中を自在に漂う巨大な無数の眼球が睨みを効かせる状態にあって、半ば視線に焼かれたトリストラムの手には、それが握られていた。

 それは拳銃であった。哲学概念装填銃と呼ばれるソレは、弾丸の内部を、何が起きようともおかしくはない“密室”に見立てられるよう細工し、極めて蓋然性の高い空間を造り出すことによって、仮想のモノである概念を弾に込めて打ち出すことすらも可能にする神秘の機械である。

 彼女の手にある弾の内側には、彼女が編んだ森が広がっている。体内で炸裂すれば、それは対象の“たましいの免疫機構”を犯し、この場合には思考回路を破壊するものである。

 トリストラムはそれを構え、引き金に指を掛け……その弾倉が空になっている事に気付いた。

「お分かり?そのような時代遅れの機械、我らが姉妹、ミステリの魔女が50年前に考案した兵装など、いとも容易く撃ち破れるのよ。具体的には、密室同士を言及させあって論理矛盾を引き起こして消滅させた」くすくすとオメガダは笑う。

「……チェックメイトか」

「貴女程度がNo.2だなんて。教会も年々劣化していくわね。……でも逃がさないわ、No.2。お前は殺さない。私の手元に置いておいてあげる」

 突如として出現した歯車が、虫の息のトリストラムを引き裂いた。歯車は組合わることによって巨大化し、結合し、古いデザインの活版印刷機を形成する。

 ……小気味よく稼働していた印刷機の音が鳴り終わると、そこには一冊の本が落ちていた。人革で装丁されたその本をオメガダが拾い上げる。その中身は全編が一人称で書かれた小説である。表紙には力強い明朝体で『監獄』というタイトルがプリントされていた。

「どうかしら、トリストラム?貴女が本に成ったけど……」

 仕掛け絵本のように折り畳み構造が飛び出す。それには、全裸に剥かれ、丁寧にも枷を嵌められたように描き加えられたトリストラムが描かれていた。

『“東の大学”による復活を危惧しての処置か。魔女には辱しめのセンスはないようだな。……それもそうか、キサマらは常に辱しめられる側だったからなァ』フキダシが浮かび上がる。いつまで耐えられるかしらねぇ、と言って、オメガダは乱暴に本を閉じた。


「……うぅん、今回はぜんぜん活躍できなかったのだ……」その後ろで、のそのそと起き上がった双子素数藤双子赤字之助が呟いた。

「ところで、何で俺を助けてくれたんだ?」

「惚れたからよ」即答である。

「大嘘をつくのはやめるのだ、オメガダさん。俺に利用価値があるからではないか?」

 ほんとよぉ、とオメガダは笑う。「惚れたのは半分。もう半分はね、貴方の特異性が、これから起こる事に必要だからよ」

 首をかしげる双子素数藤双子赤字之助。「あーなんかいってた大学受験とかか?」

 「厳密には違うわ。でも近い。

 ねぇ、双子素数藤双子赤字之助、私はね、クロックパンクの魔女として、『シェイクスピアの魔女』の頂点に立たなければいけないの。それこそが、クロックパンクというジャンルを背負いこまれた私の使命」

 「あなや?(よくわかっていない)」

 「私達…つまり、ノクティス姉妹、シェイクスピアの魔女はね、いろんな文芸作品のジャンルを核とした杖を持つ存在なの。その中で、どのジャンルが最も強いかを決めなければならない。それこそが、この世界で行われ、異世界中に放映されることになる、『最大文芸魔女決闘会Fahrenheit 451』。

 ……ええ、凡世界のあまねく書店を仕切る超巨大広告戦略企業『バルハラー』の計画よ。衰退しつつある物語コンテンツを救済するためのね」

「うーん、で、何で俺?」

「貴方がナンセンスな存在だからよ。例えば、その舐め腐った名前と過去改変能力。もうどんな小説に出たって許されることのない感じ。

 だから、この世界を巻き込んでプロモーションされる、書店どもの下らない商業主義の企画を潰すにはうってつけなの」

 真顔になっていた双子素数藤双子赤字之助は、しかし、笑顔を浮かべた。

「良いだろう!よくわかんないけど!じゃあ、ナンセンスに朝まで踊ろうか!」

 ……こうして、魔女達の混沌に満ちたサバトは始まろうとしていた。








(ここから加筆分)

 千葉県はメキシコである。

 何を言っているのかわからないと思うが、そうなのだ。厳然として、千葉県はメキシコなのだ。

 房総半島の殆どは砂漠となっているし、降水量も他の関東地方の都県に比べ格段に少ない。あちこちにサボテンが生え、熱風サンタナは砂埃を巻き上げる。街角では、例えばギターケースに隠された麻薬が取引されているし、その利権を得たマフィアは、多量のカネを握らせることで千葉県警を黙らせている。カルテルの触手は生活の根幹にまで潜り込み、人であることが軽んじられている。だから、千葉県はメキシコだ。

 この様な事態が起きているのには理由がある。すなわち、一人の現実改変能力者の現実汚染が土地に染み着いてしまったのだ。

 その現実改変能力者は、千葉県に流れ着いた時には、70を越す老人となっていた。2039年から始まったメキシコ内乱を逃れ、難民となり、違法改造船に乗ってハワイやフィリピンを転々とした後に、九十九里の砂浜に辿り着いたのだ。

 男は、その年齢のために、痴呆が始まっていた。その事が、現実改変能力を無分別に奮う理由となった。……多くの現実改変能力者は、無意識的に己の能力に蓋をしているのだ。己が世界の王たるに相応しい、などと心の底から信じているようなメガロマニアは殆どいない。……しかし、半ば呆けた老人は別だ。彼は、遠い異国にて、少年時代を再演しようとした。

 ……かくして、突如として発生した麻薬カルテルは千葉県を覆い尽くした。それと同時に、古きメキシコが日本の一プリフェクチャを喰らい尽くした。

 老人の死によって侵食は収まった。しかしながら、その傷痕は治ってはいない。この未曾有の『人災』の中で、千葉県の民、おおよそ50万人は生きている。



 射石律易しゃせきりつえきがアサヒ市を訪れたのは、『金庫の死体』の確保のためである。彼がハワイアン太郎に破れ、死亡したためにアトランティス遺跡を手に入れられなかったことは、描写こそされていないものの賢明な読者諸君には伝わるだろう。それ故に、カルテルの保持する『金庫の死体』を戴こう、という算段を立てたのだ。

 さて、茶色の煤けた、目立たないトレンチコートを羽織った彼は、アサヒ市の外れにある、中規模の坂場に入った。そこそこの客が入っており、酒を煽りながらのギャンブルに興じている。そこが麻薬カルテルを構成する非合法暴力組織のひとつ、『優しい夜明け』の裏の窓口であるのは、学習塾専属受験生くびわつきのころしやの間ではごくごく普通の常識となっている。

「マスター、ジントニックを一杯」

「…銘柄は?」

「『一月の青い月』」

 毛むくじゃらの、浅黒い肌のマスター……現実改変は人の遺伝子をも歪めた……は無遠慮にコップを置き、雑に透明の酒を注いだ。

「御客さん、何が欲しいんだい」

 金庫の死体、即ち、意味を失ったモノ、それと、今年の“東の大学”の受験形式。射石は答え、バッグから何かを取り出した。

「代価だ。残りは、私が欲するものと交換しようではないか」それは、生きている人間の内臓……脾臓、肝臓、胃袋、小腸がパッキングされたものであった。

 スタンドランのかい、とマスターが、ピクピクと痙攣している臓器を見ながら訊ねた。無言で、射石は肯定する。彼は、シノギを盗み、組織の信用に傷を付け、外国に高跳びした男を、殺すことによって復活することのないよう『生きたまま』解体及び無力化し、交渉のカードとしたのだ。

 暫しの間マスターは沈黙していたが、「条件を飲もう」と言った。射石は微笑み、ジントニックを飲み干す。

「金庫の死体は後日引き渡す。……フム、情報か。今年の二次選抜は『ヴァーミリオンシェーシャ学園』で行われるらしい」

「ほう。そのソースは」

「知らねぇな、そんなに知りたきゃ手前で捌きな。探偵なんだろ?アンタ」

 それもそうだな、と言い、射石は立ち上がる。と、その視界に、それが映った。彼は焦点を合わせ、珍しげに先刻店に入ってきた人間を見る。

 その女性の臀部から、ひょろんとした白黒の牛に似た尻尾が伸び、長い黒髪の間には、左右対称に並ぶ小振りの角と、禺蹄目が持つような垂れた耳があった。すなわち、青いデニムのオーバーオールを着た彼女は、遺伝子改造を受けた人型家畜『フーワワ』であった。

 魔術的改造を受け、原型となったBos taurusよりも低燃費な彼等は、雌雄の区別を問わず乳腺が発達しており、一年を通して、一般的なウシの3倍ほどの搾乳が可能になっている。この優良な家畜による乳のシェアはこの世界においては25%ほどを締めるまでになっており、科学的アプローチによる品種改良も進められている。フーワワの基本的人権は保証されているが、選挙権は存在しない。

「……失礼、不躾にじろじろと見てしまった」マスターから食料品を受け取っている女性に対し、射石は詫びた。

 「いいんですよぉ、お客さんはこのへんの人じゃないみたいですしぃ、わたしたちみたいな人ガタカチクを見たことなくってびっくりするのもトーゼンですよぉ」と、ふわふわとした口調でフーワワは答える。そして、射石よりも遥かに不躾に、じろじろと彼を見た。

「……ん?もしかしてあなた、ジュケンセイですかぁ?ペンダコがある人はジュケンセイだって、ご主人が言ってましたぁ」

 射石は無表情に頷いた。「そうだ。所謂、探偵兼殺し屋雇われ受験生だ」

 おおお!とフーワワは鼻息を荒くし、興奮して跳び跳ね、Gカップほどはあろうかという大きな乳をユサユサと揺らした。

「わたしもジュケンしたいんです!ジュケンして、ガッコウに行ってみたいな、って思ってるんですよぉ!」

 曖昧に彼は相槌を打った。

「……うう、やっぱりジュケンセイだとわかっちゃうんですかぁ?わたし、バカで……まだ、かけ算?とかいうのも……よく分かってないような感じで……うう、やっぱりジュケンってのはわたしにはムリなんでしょうか……」

 射石の顔に苦い笑いが浮かんだ。「ハ、ハ……うん、先は長そう、だなぁ……だが、どうして君はガッコウに行きたいんだ?」

「だって、ガッコウにいったら、センセイがいて、ベンキョウできるじゃないですかぁ!そしたらそしたら、いっぱい色んなことを学べてぇ、それで、一つずつでも、わからないことがわかるようになる……カンケイのなさそうなものがつながって、バッ!とシカイが広がってく……それは……とっても楽しいから!だから、どうにかして、ガッコウに行ってみたいんですよぅ」今は牧場でお乳を吸ってもらわなきゃご飯が食べられませんけどぉ、何とかしてお金を貯めてぇ……と、彼女は自分の展望を語る。それを、射石は黙って聞いていた。

 勉強が、楽しい。学んで、新しいことを理解することが、嬉しい。……最後にそんな気持ちになったのは何時だっただろうか?射石の心には、言い様のないわだかまりが降り注いでいった。

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受験異聞録 識白のプレローマ 微振動ラヴ三朗 @Maizeon84

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