第5話 アトランティス遺跡のひょこひょこおじさん

 





 「アー、貴方、自宅ノ…電話バンゴウ…カイテナイデース…フィル・アウトシテ…クダサーイ…」

 「えっとぉ、その、電話線…ないみたいなんですけど…」

 片言の異世界転生者法的手続課担当者は暫し押し黙った後、背後の有機インフラ課の担当に手で合図をした。

 「どわぁ!?なんか出てきたッ!?」コトブキは突如出現したミミズのごとき生物をむんずと掴む。

 「ハーイ…ソレ…電話腺虫デス…電位差トカデ…伝エマス…音声…生キテイル、電話線ノ代ワリデス…」

 コトブキは異世界転生戸籍登録システム…すなわち、規定現実に突如として出現したトンチキ共を社会生活できるようにするための仕組み…の申請をしていた。

 (仕事とか探す前にこれをすべきだったジャン!ぐだぐだだ…)担当者の返答を待ちながら、コトブキはトントンと受話器を叩いた。

 “東の大学”を崩すべく何をするべきか?まず初めに彼等を良く知るべきである、と彼女は考えていた。

 ―――しかしながら、“東の大学”の情報隠蔽は徹底していた。ソロモン計劃のいかなる内容をも、コトブキに掴むことは出来なかったのだ。

 (そうこうしてるうちに、「最も大きな金庫を捕る」だの言って射石はどっかに行ったし…)

 「は~~~、ほんとろくでもね~この世界~…」溜め息は受話器でハウリングした。




 ―――その頃。

 ジョン・バークレイは一人、深いため息を溢した。ヘルメット越しには、彼の乗る次世代型原子力潜水艦“マルコキアス”の光景が広がっている。かつてアメリカの星が描かれた場所には、東不退転予備校のロゴが張り付いている。

 われわれは、この齢五十に差し掛かった白人男性の話をするとしよう。

 彼の生まれはノースカロライナ。アメリカにおいて失われつつあった、自然の残る温暖な土地に遊んだジョン少年は、しかし、その家の貧しさゆえに、軍に志願することとなる。

 …プア・ホワイトであった彼の家庭は、荒んでこそいたが崩壊はしていなかった。彼の父親は、かつてバークレイ家が紳士階級であったことを彼に語った。酒瓶を片手に、過去の栄光を朗じては、悲嘆のうちに床に横たわる。彼は、ジョンが19のときに、肝硬変によりこの世を去った。

 予想外にも各種試験を好成績でパスしたジョンは、新設された海軍起動歩兵部隊に配属された。五メートル程の大きさのヒト用強化外骨格兵装…通称“コフィン”の運用を主目的とする部隊だ。没落の超大国の持つ、新たなる技術の粋を集めたような部隊であった。そこには、多くの部隊で失われた、生きている組織としての、確かな活力があった。

 訓練の日々は苦痛ではなかった。統率をこそ彼は好んでいたし、更に、そのときに彼は恋人をも得たからだ。

 愛しのマリィ。麗しき金の髪、慈愛に満ちた青い瞳。一度抱けば壊れてしまいそうな、小柄な身体。なんと素晴らしいことか!あのときは幸福だった、眼に映る総てが輝いていた。隊の同僚も、高圧的な司令官も。政情は緩やかに破滅に向かっていた、失業者は段々と増えていた、人の内側にはやり場のない怒りがあった、それがどうしたというのだ!俺は幸せに満たされていた。間違いなく。

 歓喜の時が終わるのは…209X年の、日本で発生した、群馬県が突如として日本国からの独立を宣言したことに端を発する内戦、“グンマー独立戦争”に参加した頃だ。

 突如として生じたこの内乱にアメリカはひどく困惑した。何故このような事が起こったのか、理性的に説明することは不可能であるように思えた。

 そして、戦場の様相が伝えられると、彼等は更なる混乱の渦に叩き落とされた。

 物理法則を無視して空を飛び回るもの、熱光線で戦車を焼き切るもの、磁気嵐を呼び寄せジャミングを行うもの。市民階層を当然のように巻き込んで行われていた内乱は、異界の理論と“ちから”が飛び交う、悪夢のごとき事態になっていた。

 様々な名目のもとにジョンの部隊も戦線に投入され…結果として、彼は大いに疲弊した。眼に見える未知の総てが彼の精神を責め苛んだ。

 最新鋭の兵器たる“コフィン”のマシンスペックは異形の現実改竄者たちにあっさり越えられた。かつて存在していなかった輩への対処策は皆無であり、彼等は零からそれらを現場で組み立てるしかなかった。此処こそが地獄か、と何度も何度もジョンは呟いた。待機中、戦闘中…死の間際にも。

 彼は何度も死に、そして蘇った。この現象は正規軍、反乱軍を問わずに発生していた。この怪現象を起こしていたのは、無論、“東の大学”である。戦場にて、彼等は新たなるシステムの大規模実験を行っていたのだ。

 三年の月日が経ち、ジョンは帰国した。旧来の価値観がありとあらゆる冒涜的な事象によって破壊され、彼の精神は著しく弱っていた。そのリハビリに10年もの月日を要することになるほどに。

 …彼を苦しめたのは、戦場の記憶ばかりではない。世界の変化と、時間の経過もまた、彼を散々に苦しめた。

 ああそうだとも、そうだとも。俺は覚えているぞ。あの忌まわしい、あの合衆国独立記念日を、空より“東の大学”の校舎の醜悪なレプリカが落ち、ホワイトハウスを押し潰した事を!あれからだ。グンマーにあったあの狂気が、アメリカ中に伝染した。現実改竄者が大手を振って町を闊歩し、広告はそのほとんどが予備校の浅ましいものに刷り変わった!なんと云う悪夢!世界は狂ってしまった、俺には正気を残して!

 …だが。最も辛かったのは、マリィが老いていった事だ。

 彼女の美しい髪は何処に消えた?彼女の瑞々しい肌は一体全体誰が隠したんだ?…いいや、違う、彼女は真摯に、本当に真摯に俺に向き合ってくれたし、俺もそうしようとしてマリィを直視したんだ。だから解ってしまった。彼女は間違いなく老いていっている。彼女の外見の美は日を追う毎に失われ、枯木のごとき老婆が鎌首をもたげて彼女の中から俺を睨んでいた。

 …娘がいた。拵えたのは、確か、グンマーに行く前の事だ。世界の変容と妻の老いで俺の精神がグチャグチャになっていた間に、アレは童から女になっていた。

 勿論、マトモに面倒を見なかったのは悪いと思っているんだ、シャルロッテ。しかし、しかしだ。俺は自分のことで精いっぱいだったんだ。だから、許してはくれないか。

 けれども、彼の一人娘、シャルロッテは彼を拒絶した。彼女が見た己の父親は、酷く神経質であり、情緒不安定であり、突如堰が切れたように感情を剥き出しにして怒ったり泣きわめいたりしては、電池切れを起こしたロボットのように蹲る、そのような家に現れた異物であった。彼の苦痛をまったく解せないほど愚かではなかったが、しかし、父親は、恐怖の象徴でしかなかった。彼の人間性を掴めないままに、シャルロッテは家を離れた。

 ジョンにとっての慰めは、実際のところ、時間であった。時の経過が、彼を取り巻く世界の変化が与えるショックを、徐々に和らげた。ジョンの恐怖感は順応によって薄れ、悟りからは程遠い虚無感がそれを埋めた。

 彼はまた働くことにした。システムの混乱により大量に支払われていた、アメリカ軍からの死亡手当金が尽きようとしていたからだ。けれども、その時には最早アメリカ軍には、彼の居場所はなかった。

 …結局、彼が就労したのは東不退転予備校であり、実質的な殺し屋としての就職であった。いえいえ便利屋ですよぅ、と予備校のエージェントは笑った。ええ、あなた様の経歴ならば…改良型の“コフィン”を差し上げましょう。そう言って、男はまた笑った。

 そして、予備校の狗となって、早三年。俺は完全に、嘗ての勘やら何やらを取り戻した。否、以前のそれを凌駕する程に、俺は一個の殺戮機構となった。殆ど、圧倒的なマシンパワーのお蔭で。虚無感はそのままに、世界の狂気に半端に迎合して。情けない話だ。満ち足りていないが、餓えてもいない。俺も…多分、老いたのだろう。

 「どうしたんですかぁ?センパァイ」横に座り、機器の確認をしていた同僚が話し掛けてきた。見た目こそアルビノの幼い少女だが、その正体はさる企業の隠し玉として鋳造された生体兵器だ。M&Aにより母体が買収されていなければ、彼女―――スノーフィールドもこのようなつまらない仕事に就くことも無かったろうに。…ああ、なんとバカらしい。世界最高峰の殺し屋を討ち、“ちから”を失った、最大のおとぎ話にして『金庫の死体』であるアトランティス遺跡を確保しろ、などと。

 「老人の愚痴だ。気にしないでくれ」

 「ハッ、そう言いなさんな。俺のような若人にとっちゃあ、意味のある事かもしれん」もう一人の同僚、イッサカルがジョンの肩を叩いた。この日焼けしたコーカソイドの青年は、怪盗寄りの受験生であり、小遣い稼ぎとしてこの雑事稼業を行っている。

 「ケッ。アンタ儒家か何かなの?」

 「いやいやぁ。盗めそうなもんは何でも盗みたいからなぁ、性分さ」

 「貴様ら。そろそろだ、準備を抜かりなく行え。

 ―――これより、対象、『ハワイアン太郎』を殺害する」




 一方その頃。この世界のどこかに存在する、“東の大学”本校舎。その校舎の142+251i階698室、円卓設置型会議室にて、教授たちによる定例会議が行われていた。前日魔賊院で可決された地の文削減法案に乗っ取り、会話のみでやらせてもらう。いいね?

 「キョキョキョ…如何ですか、試験の進捗は」

 「概ね良好ですね」

 「へぇそうかい、そいつぁよかった…所でお前。そこのお前だよッ!貴様ヴァンパイアだなッ!死ねッ!何度も何度もこのヴァン・ヘルシングの前に姿を現しやがって!今度こそ死ねッ!」(ショットガンの複数の発砲音)

 「まぁまたノスフェラトゥ教授が発作を起こしてるわよ御姉様」

 「そうわね妹。それより私ね、般若心経を数学的に表現できると思うのだけど」

 「無意味だな。何もかもが無意味」

 「キヒヒ、ボクの試験問題を見てもそう言えるかな?」

 「ジバババ(口癖)。若者の量子社会学離れが著しい。対策を講じなければ」

 「ムククケケ(笑い声)、何をいっている?新世代型統一宇宙言語論の発展が先だ」

 「私思うの。この会議いる?」

 「(^^;)))」

 「世界には不思議が満たされる。それをはっきりさせなさい。ソロモンの意志によって」

 「そうです。そうなのですとも。恒星と天球儀の滑り台での会合!それが最も最も最も美しい」

 「御堂教授すき。社会的に破滅されられられたい」

 「訴えませんよ」

 「ラララ、ラララ。世界は終わり。可能性は何処にもない。終わり。終わり。終わり…」






 ―――恐ろしい。

 俺の目の前にいる、アロハシャツを着た日本人の中年が、堪らなく恐ろしい。ジョンは深く深呼吸をして、相手を捉え直す。

 戦闘海域に侵入した時には既に、彼等の強化外骨格に軋みが見られた。モノとしての死期を近付けられたのだ。

 その2秒後、“ネオ・コフィン”三機が凡そ一キロの遠方からアンチマテリアルライフルを同時に撃ち込んだ時、ハワイアン太郎はウクレレのコードを#だけ上げた。

 炸裂音とともに『ブルーハワイ』のメロディが鳴り響く。ハワイアン太郎は水面を超高速で蹴りながら、イッサカルの機体に接近。

 男の拳と鋼の拳がぶつかり合う。当然、勝つのは死に満ちた男の拳だ。イッサカルは知っていたとでも言うように口角を上げ、機体の接合を解除。鉄の鎧が崩れ落ち、その中から青い、異常に細長い腕が伸びる。

 その腕の名はルドラ。苦行として肌を青く染めた破壊神にちなむ、絶えず青酸カリを垂らす毒手。嘗てイッサカルが盗みとったものである。

 スノーフィールドも機体の前部装甲をパージ。彼女の胸元に描かれた、禍々しくねじ曲がった樹の彫刻が現れる。名はクリフォトレプリカ。炭疽菌等の致死性細菌の芽胞を指向的に散布するものだ。

 「―――いいや、いいや。それでは我が観光は終わらぬ」

 瞬間。ハワイアン太郎の周辺の空気が乱れる。超音速で乱舞するウクレレの弦が爆音を発生させ、真空空間が産み出される。毒手も、生物兵器も、彼の肌に触れることは出来ない。

 「弾けよ真空」僅か二センチの半月状の真空空間が、彼の魔技により“発射”される。その小さな空間の破片は、的確にイッサカルとスノーフィールドの頸動脈を両断した。

 「…!」

 「あっ…がぁっ…お前ッ…!」どくどくと流れる血を小さな手で押さえながら、スノーフィールドが男を睨む。

 「…若者よ、去れ、去れ。ハワイは親父の夢の果て、貴様らには辿り着けぬ…おや」

 アロハシャツ中年の顔が、その攻撃の悉くを避けたジョンを見つめた。サングラスに隠されたその目には、なんの感慨も見出だせなかった。

 「年季のお陰だな」一歩踏み出し。右の鋼鉄の腕を振るう。左も同時に。出来るだけ同時に…因果を歪めるほどに、速く。

 ラッシュの全てをひょいひょいとハワイアン太郎は避ける。鉄が軋む。相手の弦が降りかかる。最小の動きで回避。隙がない。死が近い。だからどうしたというのだ?ジョンは己に言い聞かせる。お前はとうに死人だ。死につつあるマリィと添い遂げるために動いている、ただの死体だ。

 感触が変わる。一撃。確実に入った。ハワイアン太郎はのけ反る。ああ、しかし。“ネオ・コフィン”も限界だ。結合を解除し、遺跡の先端に己の脚を下ろす。ナイフを構える。CQC、という奴だ。ジョンは笑った。ハワイアン太郎も笑った。


 一瞬で勝負は着いた。頸動脈を開かれたジョンが、ゆっくりと崩れ落ちる。いやいや素晴らしかった、とハワイアン太郎は言った。殴られたのは何年ぶりか。しかし、ジョンは掠れゆく意識の中、ノースカロライナの風景を思い出していた。

 そうだよ母さん。北の野原の先に洞窟があったんだよ。そう、あの野原、アザミの綺麗な花があったところ。その先さ。うん、すごいところだったよ。トム・ソーヤのあのお話に出てくるような。広くて、でも不思議と明るくて、ひんやりしてて。ぼくの影がとっても大きくなって壁にうつるんだ。それでね、洞窟の一番奥にね…。




 「初めまして」

 死闘を終えたハワイアン太郎の元に、間髪措かずに新たなるチャレンジャーが現れた。

 「射石律易というものだ。アトランティス遺跡を解きに来た」











―――多分同刻。

「…ここは?」

 俺の名前は双子素数藤双子赤字之助ユークリッドウ ロナルドレーガンノスケ。何処にでもいるようなごく普通の高校生だ。いや、だったと言うべきか。

 「そう…不運にも道の真ん中で足を挫いた女の子を助けようとしてトラックに轢かれ…ややっそこな青い髪に歯車とレザーのなんだかスチームパンクな、あいや物語的ポリティカルコレクトネスに即した言い方ではクロックパンク的な衣装の御姉さん、おおこれが異世界転生と云う奴か」

 「フフフ話が早い男は好き、私はオメガダ・コーヒールズ・バベッジ・ノクティス…自己言及性計算機サークルタワーリィエンジンを杖とする魔女の一人よ…『アナヤ!神様とかではないのか!?』って顔をしてるわね、ええその通り、私は神ではない、しかし、お前の“ちから”を必要としている…つまり!お前が転生…あぁ物語的ポリティカルコレクトネスに基づけば転移か…すると!私が!得をする!」

 「カハハなるほど合点承知、俺も再びの生を得られると!じゃあ転生…転移?するわ…ウワッ急に足下に穴が開きヒュウウウゥゥゥゥゥ………」

 「フフフちなみにお前が転移する世界は“東の大学”が世界を支配した世界、基底界からは大きく外れた地獄インフェルノ…フフフ…これは試練なのだわ…双子素数藤双子赤字之助、お前にとってはこれといって特に意味のない…フフフ…フフハハハ…」

 しかし!

 「なっ!バチチチチ…チュギャオンという音ともに何かがこの世界に介入!?」

 突如として謎の空間を雷光が照らす!中心には人影!そう!双子素数藤双子赤字之助が帰ってきたのだ!

 「アナヤ!いったいどうして…!」

 「コッコココクハケケケケ(笑い声)…俺は…この生では只の高校生だった…しかし!俺はある時空神が造った非常用のスペアボディなのだったのな!今思い出した!そして時空を司るパワーによりここに帰り、そして死ね!」

 「やや!話が早い!好き!」

 (戦闘描写規制法の影響により、SEだけとなっています。各自再生してください)

 キーン!カーン!シュイーン!ジャッ!キュミーン…ドゥム!キュピーン!「遅い」ジャムジャムジャム、ドゥクシズバッ、カチッ、ピュララララ!シャッ!ドゴーン!ドンゴーン!「喚くな」ミシャッ!バーン!

 ゲームエンド!(倒れる魔女)(鳴り響くファンファーレ)

 「では私死ぬのね、ギャー」

 「アッ死んだ、しかし意識はこの腕時計に残っているようだな、これが自己言及性計算機というわけか、では俺はこれを持って問題の異世界に行く、俺には俺の望みがあるからなフフハハハ…」

 こうしてバリバリと空間を引き裂いて新たなる世界に飛び込み、そして俺の異世界転生、おおっと物語的ポリティカルコレクトネス的に間違っていた、正しくは、異世界転移は始まったのだ…。

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