#21 もし明日、世界が終るなら―色とりどりの花を咲かす

「ねぇラプトちゃん。もしも明日、世界が終るなら何をしたい?」

「シオンちゃん?いきなりどうしたの?らしくもない」

「んーっとね、ちょっと気になって。それで、何をしたい?」

「答える前に一つだけ確認したいんだけど、その世界が終るのって《脅威》が原因ってことでいいの?」

「うん」

 考える間もなく緋色の少女シオンが返答する。それを確認した緑髪の少女ラプトは答えた。

「その終わる日に備えて準備をする。ギリギリまで抗いたいし、何よりこの間はほとんど役に立てなかったからさ」

 なんて会話が隣にいるレイネスの耳に嫌でも入ってくる。それでも何も言わずに聞き流す。

 いつだったかのように馬鹿な会話だとは思わない。

 この世界はゆっくりと終わりへと向かっている。誰の目にも見えずいつ起こるかなんて誰にもわかりはしないけど《脅威》と言う存在がいる限りは静かに滅亡へと歩み進める。

 その《脅威》のうちの一体は三日前に軍学校の生徒たちの手によって消え去った。それ が戦闘の翌日にミリフェリアの新聞の一面を飾った記事だった。

 間違ってはいない。けどその記事は決定的に情報が不足していた。指揮官である黒髪のエルフ族の活躍は一言も書かれてはいなかった。

「ねぇ、レイネスちゃんはどう?」

「えっと、何が?」

 シオンに話しかけられて我に返る。

「だから、世界が終る前に何をしたいかって話!」

 あぁ、その話ってまだ続いていたのか。

「私は」

 世界が終わる前に何をしたいのだろう。

 今はある程度の力もあるからラプトの言っていたように、初めてハイドに問いかけられた時のように抗うと答えることも出来る。

 ただ本当にやりたいこととは違う気がする。《脅威》に抗ってその末に退けられるのなら先があるからいいとしよう。しかし今のこの話は終わることが前提とされている。ニウスのように言うのなら確定した未来だ。抗った末に命が尽きるのなら、それは恐怖に支配された最悪な死に方だ。

「レイネスちゃん?」

 世界が終ることが確定されているなら、いや、難しく考える必要はないか。どうせこの話はフィクション、想像の話だ。無理に現実と合わせる必要はない。

「私は世界が終る前にもう一回だけでいいから先生と会いたい」

 レイネスのその一言は大きい声ではなかったのにもかかわらず教室の空気を凍らせた。

「えーと、私、なにかおかしなこと言ったかな?」

「いえいえ!あの、その、素敵だと思いますよ!」

「ラプトちゃん?何言ってんの?だって先生は」

「シオンちゃん!しっ!」

 どうして空気が凍り付いたのかをやっと理解した。

「あのねシオン。これはあくまでも想像の話でしかないんだよ。いくらこの世界がゆっくりと終わりに向かっているとしても突然「明日!」なんてことにはならないと思うの。多分、本当に世界が明日終わるって確定していたら、それよりも前になんとなくやりたいことはやっていて、前日だからって特別なことはしない」

 クラスの全員がただ黙ってその話に耳を傾けていた。大層な話もしていないだけに少しだけ恥ずかしい。

「もし明日、世界が終るなら。私は過去の思い出に浸ることにする」

 シオンとラプトは驚いたようにこちらを見ていた。

「変、かな?」

「全然変じゃないですよ!」

「うん!かっこいい!」

「そう?ありがとう」

 そう言ってレイネスは微笑んだ。同じようにシオンとラプトも笑った。けれども、レイネスの心にはぽっかりと穴が開いてしまったかのようで落ち着かない。

 戦いが終わってから聞いたあの話の影響かもしれない。

 それは、ニウスとした話。

 レイネスは戦いが終わった後こんなことを聞いた。

「先生が戻ってくるような未来はないのか?」と。その返答は首を横に振られただけだった。次にこんな質問もした。

「先生を失うことが最善の未来だったのか?」と。それに対しての答えはこうだ。

「世界規模で見ればそれが最善だった。けど、あなたにとっては最悪な未来を招く結果となってしまった。だから、前に忠告したの『先生とは一緒にいない方がいい』って」

 確かにその忠告は受けた。しばらくしてから確定的になってきているとも聞いた。それでもレイネスはハイドといることをやめなかった。レイネス自身がそうしたかった。

 その結果、不幸は訪れた。何もかも忠告を無視したレイネスの自業自得が招いた結果だ。

 思い出したら涙があふれそうになってきたが何とかこらえた。

「まったく。完全に恋をしていたんだね」

「え?」

 いつの間にか目の前に立っていた水色髪の少女チコがそんなことを言ってきた。

「やっぱりシオンが言った通りだったね!先生と生徒の」

「ごめんシオン。間違ってないんだけど少し黙って?」

 チコの笑顔の威圧。レイネスはこの時初めて誰かの笑顔を見て怖いと思った。

「あ、レイネスもそんなに怖い顔をしないで?シオンみたいに茶化すつもりはないからさ」

「じゃあ、何の用?」

 それを聞かれてチコは無言で軍服のポケットからネックレス型の時計を取り出した。いつもハイドが身に着けていたものと同じだ。

「これさ、あの時先生があんたの所に行く前、預けていったんだ。汚したらいけないからって見えついた嘘までついてね。きっと先生は初めから死ぬつもりだったんじゃないかな」

「先生が?どうして?」

 彼は彼で生きたがっていたはずだ。少なくともレイネスが死ぬときまでいると約束してくれていた。

「理由は私にもわかりかねないけどさ、心当たりはあるんだ。例えば、誰かに聞かされていたとかさ。ほら、このクラスには予知者がいるんだから」

 チコが目を向けたのは茶髪ツインテールの少女ニウス。

 彼女はこちらの話を聞いていたようでただただ申し訳なさそうに委縮していた。

「どうなの?」

「・・・先生が死ぬのは、ここに来た時から確定されたものだったの」

 ・・・え?

 一瞬だけ自分の耳を疑った。けど、聞いたことに嘘をついている様子はない。じゃあ、ここに来た時から決まっていたっていったいどういう。

「説明してくれないかな?」

 チコも驚いたようで説明を求める。

「どうもこうもない。《黄金色の脅威》の襲撃が確定していた未来だった。それから世界を守るのに犠牲が出ることも確定していた。それがたまたま先生になってしまった。どんな形であれ、あの先生は自分の命と引き換えに倒すつもりだった。・・・確かに私は先生に未来のことを少しだけ話した。それは、先生にとっての最善の未来の話」

「先生にとっての最善な未来って?」

 レイネスは首を傾げる。

「・・・レイネスの前で死ぬこと」

「はぁ⁉どういうこと⁉」

 わけがわからないという風にチコが声を荒げる。もちろんレイネスにも言っている意味がよく理解できなかったがこれに関して深く考えようとは思わなかった。

「チコ。もういい。もう、過ぎたことだから」

「あんたがそう言うならいいか。あと、はい。これはあんたが持つべきだ」

 レイネスはチコからネックレス型の時計を受け取り、懐にしまった。

 何かがあれば守ってくれるなんて期待はしたって無駄だろうけど、見守っていて欲しいと。その程度のことは期待した。

 ―ゴーン、ゴーンと朝礼の集合を告げる鐘が鳴る。

 レイネスはいつものように職員室の横を通って校庭に向かった。すると、職員室からしたその声を耳にした。

「新人の新任教師が遅刻⁉」

 いつだったかに聞いたセリフだ。確かハイドに変わり新しい教師が来るというのを噂で聞いた。十中八九特殊組を担当するのだろうが、正直どうでもよかった。レイネスの求めている教師はもういない。


 この日、新人の新任教師は現れず手の空いた教師がかわるがわる特殊組へと赴いて授業をした。が、ハイドの教えに加え覚醒が済んだ生徒たちは兵士と言っても申し分ないほどであった。ゆえに授業自体は難なく進んだが真面目に受けている生徒と言うのはいなかった。レイネスですら聞き逃しがあったほどだ。

 そして放課後。レイネスは戦闘から昨日の間にゴーレム族と妖精族、エルフ族によって直された戦場跡地へと向かった。

 《黄金色の脅威》と戦闘したあの場所は元々は木の生えない小高い丘だったそうで、今はその頂上に盛土に白い十字架が立つ簡易的なお墓が出来ていた。墓標には『ハイド・ナムハ ここに眠る』と刻まれている。

 その十字架の前にレイネスは座り、チコから貰った時計を取り出す。

「先生。昨日ぶり」

 戦場が直されたのは戦闘の翌日。つまり一昨日のこと。ハイドの墓が建てられたのも同じく一昨日のこと。レイネスは昨日も一昨日もここにきては、何があったのかを報告していた。

「ねぇ先生。今日の朝礼でね、賞状をもらったんだ。《黄金色の脅威》を倒したことを褒められたんだ。本当は先生が倒したのにね」

 言いながら涙が一つこぼれて地面に吸い込まれた。

 はたから見ると独り言の激しいおかしな子だがそれで構わない。話さないとレイネスの気が済まなかった。

 指先で涙を拭い、同じ手で墓標に刻まれた文字をなぞる。

 レイネスの脳裏にハイドと過ごした日々がよみがえる。

 最初は関わるなんて思っていなかった。

 ここの生徒たちを想って悩んでいた。向いていないと言ったこともあった。

 一緒に組み手をした。負けず嫌いなんだとこの時に知った。大人げないとも思った。

 武術も体術も長けているわけじゃなかったけど、魔力の扱い方だけはすごかった。そこは素直に認めていた。

 元が人間であることを知った。人間でも教師をやっていて、やっぱり生徒について悩んでいた。

 何にしても教えるのが上手かった。クラスの全員が覚醒したのはやはりハイドの影響力が大きい。

「先生、ほんとうにありがとう」

 またしても涙があふれて止まらなかった。

『恋をしていたんだね』

 チコに言われたことが不意に思い出された。

 恋と言うのはよくわからないけど、レイネスはハイドのことが好きだった。

「だから、戻ってきてよ」

 涙を流し、鼻水を垂らし、ひどい顔をしてレイネスは泣いた。

「次も、先生じゃなきゃ、やだよ」

 言っている最中に足音が近づいているのを耳にした。

 慌ててハンカチで顔を拭いた。

 足音はなおも近づきレイネスの背後で止まった。その間レイネスは動けなかった。聞こえた足音がよく知る足音だったから。

「すいませんお嬢さん。そこを避けてもらってもいいか?」

 声をかけられてゆっくりと振り返る。

 黒いフードを被り同じく黒いローブに身を包んだ男。少しだけ見える髪と左目は黒く、右目には眼帯をしていた。限りなく怪しい見た目の男の手には誰に向けてか花束が握られていた。

「まったく土葬ってのは死んだ奴の骨を埋めるんじゃなかったか?この墓の主の遺体は見つかっていないのに誰の骨が埋まっているのかねぇ」

「先生・・・?」

「『ハイド・ナムハ ここに眠る』ね。・・・ここにばっちり起きているじゃねぇかよぉぉお!」

 フードの男は、ハイド・ナムハは白い十字架を地面から引き抜き壊した。

「よぉ、レイネスじゃないか。三日ぶり」

「先生!」

 フードとローブを脱ぎ三日前と変わらない笑顔を浮かべた教師の胸へとレイネスは飛び込んだ。

 ハイドは穏やかな笑みを浮かべて優しく抱きしる。




 ハイド・ナムハは《脅威》の爆発に巻き込まれて死んだということにされていた。それは間違いだ。ハイドは爆発が起こるコンマ数秒前、とある存在によって助けられた。

 空間の神であるミノ・ディーテだ。

 彼女の魔力によりハイドは別の島へと飛ばされディーテと対面した。

 紫色のウェーブがかかった長い髪。とにかく目のやり場が困る布面積の少ない格好をしていた。

「まったく。これが元人間か」

 感謝を言う前にディーテはため息をついてそう吐き出して姿を消した。

 彼女がハイドを助けた理由は分からないが何はともあれ蘇生の力を消費することなくハイドは生き延びた。この未来をニウスは予知できていなかっただろう。なにせ、神と言う存在が関わっていたのだから。「奇跡」と言うものが起きたのだ。

 それからはあっという間だった。いくつかの飛空艇を乗り継いで今朝方この島へと戻ってきた。学校に顔を出したのはついさっきだ。島に来てから学校に行くまでは寮で寝ていた。

 学校に顔を出した時シントとフィメロがいたのでレイネスの居場所を聞き出した。あの二人はとても驚いていたがはそれを気にすることなく自分の墓があることを聞いた。そして、レイネスはそこにいるだろうとも。

 一応サプライズとして黒いフードとローブを着てみたものの足音で気づかれていたようだった。

 で、現在に至りその説明をした。

 レイネスは涙を流しながらも内容はきちんと理解したようで、大粒の涙を流した。

 ハイドはレイネスが泣き止むまで何も言わず見守った。そして、泣き止むころにはレイネスは眠ってしまった。

「まったく。無防備な寝顔だ」

 安心しきったような安らかな寝顔。どことなく幼さの残る美しい顔だ。

 レイネスを背に乗せてハイドはその場から立ち去る。


 カルベン兵士学校は神民、精霊、無族、魔族までもが集められた兵士を育てるための学校だ。世界を終わりに導く《脅威》から世界を守るために、終わりゆく世界を終わらせないために子供たちは日々鍛錬に励む。立派な兵士になるために。

 ハイドはそこの教師だ。子供たちを立派な兵士へと導く。迷いはない。

 もし明日、世界が終るなら。いや、そんなことは考えるだけ無駄だ。世界は終わらないし終わらせない。たとえ世界の終わりが確定していようとアンカモクラス。通称特殊組の生徒たちならば確定的な未来さえも変えることが出来る。そんな気がした。

 ふと空を見上げる。

 雲一つないオレンジ色に染まった空が広がっていた。

 壊れゆく世界の片隅で平和な日が続く。

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