#20 世界はゆるりと終わりを―

 レイネスは森の中にいた。

 位置としては学校から遠くて戦場だった場所からは近い中途半端な位置。

 手ごろな大きさの木に登り枝に座って島が消滅していく様子を眺める。

 消滅の速さは特別早いというわけでもないが遅くもない。ただこの小さな島ならば一晩あれば完全にその姿を失ってしまうだろう。その侵攻を止めるのが今のレイネスの役目。

 なんの考えもなしに突っ込むようなことはしない。消滅の様子を観察すると、大きさ、形、硬さ、質量問わずに速さは変わらない。それは生物だろうと関係ないようで小鳥がつい先ほど島の外に行こうとして消えた。

 消え方としては徐々に結界を狭めていくような自分らを中心に追い詰めていくような消え方だ。光が放たれるとか、音がすることもなく消えていく。

 大丈夫。魔力に干渉してしまえばそれも止まる。体が耐えてくれるかはわからないけど耐えてくれなきゃ困る。できるとか出来ないとかじゃない。やらなくちゃいけない。

 先生はどこかで見ていてくれないだろうか。もしかしたら最初で最後になるかもしれないこの大舞台を。

 レイネスは静かに木から飛び降りた。しかし、足元がおぼつかず倒れそうになる。それでもこんなところで倒れてはいられないとリエションを杖代わりにして歩みを進めた。

 純粋に怖かった。恐ろしかった。少し気を緩めれば涙が出てきそうだった。それすらもこらえて前に進む。一歩ずつ一歩ずつ。確かに足元を確かめるように森の中を進む。

 視界の先に消えゆく島の端を捉えた。そこで足を止めてリエションを地面へと突き刺した。

 あたりは危機が迫っているとは思えないほどの静けさだった。さすがに市街地の方は未だ騒がしかったけどここは不気味なほどの静寂に包まれていた。

 ふぅっと息を吐いて心を落ち着かせる。

 眼前に広がる大地のない空虚な世界。レイネスの立っている場所が消えるのも遅くはない。もちろん、ここで食い止めるつもりだ。

「・・・ありがとう」

 ボソッと呟いて刺さったリエションの柄を両手でつかみ目を閉じて集中する。それと同時にリエションへ魔力を流すのも忘れない。

 リエションを通じて何か強大な魔力がじりじりと近づいているのを感じ、やがてそれは刀身に触れた。

 その瞬間。全身に針が刺さったかのような激痛が走った。体がこの魔力を受け入れることを拒んでいた。

 声にならない悲鳴を上げながらもリエションを離すことはなかった。手を離せば激痛から解放されるとともにこの体は消滅する。島も消滅する。

 やがて足に力を入れることが出来ず両膝をついた。

 まだ終わるわけにはいかない。

 強大な魔力を何とか制御しようとするが、それでも消滅の侵攻はレイネスを避けるようにして進む。

「・・・だ・・・め」

 止まらない。制御できない。あぁ、そうか。自分には無理だった。無茶だった。無謀すぎた。

 レイネスの心は完全に折れた。

 もうどうしようもない。何もできない。もう無理なら、この激痛から解放されてもいいよね。

 みんなごめんなさい。私には世界を守ることなんてできなかったよ。

 レイネスの目から涙がこぼれた。そして、手からも力が・・・抜けることはなかった。むしろ体の激痛が減り力を入れやすくなっていた。

「諦めんな」

 近くで声がした。

 ゆっくりと目を開けると、レイネスのものではない別の誰かの手がリエションを掴んでいるのが見えた。

「お前が俺に教えた武術でどこかに行ったから少し遅れて後を追いかけてきてみれば。・・・悪いな、何をしようとしていたのか気づけなくて」

 ハイドのその言葉に黙って首を横に振る。

 よく考えてみれば気配を薄めるこの術を教えてくれたのはハイドなのだから見破られても不思議じゃない。というか、何回か見破っている場面に遭遇したこともあった。

「さて。もうひと踏ん張りだ」

 言いながらもどんどんレイネスの体から痛みが引いていく。ハイドはレイネスが何をしようとしていたのかをはっきりと理解しているということか。あと、ついさっき教えてもらったリエションの性能も。それを問いかけた。

「当然だ。俺だってこっちの世界にいたころからエルフ族だからな」

 聞きながら疑問がもう一つ。ハイドは普通に話しているが激痛が走っていないのだろうか。魔力を受け入れているのだろうか。その答えは聞かずとも額に浮かんだ脂汗を見てわかった。

「先生。無理しないで」

 きっと今のハイドはレイネスが受けていた激痛を肩代わりし我慢している。

 これは自分が始めたことだと再度立ち上がり魔力を制御できないか試みる。

 少しずつ、本当に少しずつだが侵攻が遅くなっているように感じた。

「レイネス。いけるぞ」

 こんな時でもハイドは笑っていた。

 なんとかレイネスも笑い返し『イグティクション』の魔力を操る。

 次第に強大な魔力が収束しリエションへと集まる。それと同時に侵攻も止まった。それでもまだ終わらない。この魔力をどうにかして消さなければいけない。その方法までは考えていなかったのでハイドに聞こうとした。

 それは叶わなかった。

 レイネスの手からリエションが離れてしまった。当然そうしたくてそうしたわけじゃない。誰かに後ろへ引っ張られたのだ。

 引っ張ったものの正体を確認すると、それは魔力により生み出されたツタだった。『ベジテーション』の魔力。それを使えるのはこの場で自分とハイドのみ。もう一度言うが、レイネス自身が発動したものではない。なら考えるのは一人だけだ。

「先生!」

 叫ぶようにして呼んだが返事はない。

 ただリエションを手に苦痛に顔を歪めながらもなんとか笑顔を浮かべ佇んでいる。

 近づきたかったが腰に巻き付いたツタがそうはさせてくれなかった。それに、今のレイネスにはツタを切り裂くほどの体力が残っていなかった。

 ハイドはこちらに顔を向けたまま唇を動かした。

「また会おう」

 音はしなかったけどそう聞こえた。

 そして、ハイドは陸地のない前方へと倒れ島の外へと落下した。

「先生!」

 レイネスが最後に叫んだその声は島の外でした巨大な爆発音にかき消された。

 その時、腰に巻かれたツタは音もなく、初めからそこになかったかのように消えてなくなった。

 レイネスはすべてを理解した。

 魔力の発動者が死ねば発動していた魔力も消える。それがたった今起きた。

 ハイドは死んだのだ。死んだから腰に巻かれていたツタは消えた。

 爆発音から推測するに体も消滅したと考えていいだろう。そもそも、あれが魔力による爆発ならば確実に消えてしまっただろう。・・・体が完全に消滅すればハイドに備わった蘇生能力は働かない。前にハイド自身がそう言っていた。正真正銘、彼は死んだ。

「あぁぁぁぁぁぁ!」

 今まで抑えていた涙が、まるでダムが決壊したかの如く溢れて止まらない。

 レイネスはしばらくの間そこから動くけず枯らすことなく涙を流し続けた。

 いつまでそうしていたかはわからない。完全に時間感覚がマヒしていた。それでも確かに時間は流れ、気づけば誰かが背後に立っていた。

「こいつは派手にやられたな」

「ト・・・リア?」

 天使族のトリアだった。その背中にはハイドと共に落下したはずのリエションがある。

「これお前のだろ?ここから何千キロと下にある工業島『ルニウス』に落ちてきたらしいぞ」

 トリアからリエションを受け取りその姿を見る。傷一つなく柄を握っても当然激痛など走りはしない。

「トリア、先生は?」

 リエションがここにあるのなら先生だって無事かもしれない。そんな淡い期待は首を横に振られたことによって砕かれる。

「完全に消滅しちまったようだ」

 今度は涙が出なかった。けど、その場にうずくまり立ち上がることが出来なかった。

 トリアはそんな放心状態のレイネスを直視することが出来ず暗くなり始めている空を見上げた。

 何が面白いものが見られるだ。何も面白いことはなかったしただ辛いだけの現実があるだけじゃないか。

 誰かを失う辛さと言うのはトリアも過去に何度も経験した。レイネスの辛さだって理解できる。理解できるからこそ何も声をかけてやることが出来なかった。何を言ってもこの状態になれば意味を持たないただの音でしかない。これも経験則だ。

 トリアはこの島に到着する間際で大きな剣を持った黒髪のエルフ族が島から落下し白く輝く爆発を起こしたのを見た。

 光がなくなって剣が落下していくのだけが見えた。それを先に回収しミリフェリアで事情を聞いた。それで分かったことは、今まで動かなかった《黄金色の脅威》が攻め込んできた。そして、戦いはまもなく終了したということ。

 そう。《黄金色の脅威》との戦いはハイドの死をもって決着。こちら側の勝利に終わった。


 カルベン兵士学校アンカモクラス。通称特殊組。その第二戦の結果は負傷者三名。指揮官一名の死亡と言う形で終わった。


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