#19 未来の真偽

 市街地にこんなアナウンスが流れた。

『《脅威》襲撃。市民の皆さんは東港湾区画へと避難してください。繰り返します―』

 それは《脅威》の爆発から一分とたたないうちに市民に伝えられた。

 この島にある港湾区画は西南と東。西側に《脅威》がいるのだからこの避難指示は的確だ。市街地はたちまち大騒ぎになり悲鳴と怒号が織り交ざり学校の屋上にいたレイネスの耳を刺激した。

 屋上にいるのはレイネスだけではない。シオンもラプトもチコも、特殊組の生徒たちが全員この屋上からさっきまでいた戦場を見ていた。その目に、光はなかった。

 すでに戦場は文字通り消えてなくなっていた。地面などなく島の面積が減った。

 《脅威》は、魔性生物は死ぬと爆発する。《黄金色の脅威》の持つ魔力とこの自爆との相性はこちらからすると最悪なものだった。島がその面積を減らしている。消滅させている。このままだとこの学校はおろか市街地も、島そのものが消えてなってしまうだろう。しかし、生徒たちにそれを止める術は持っていない。だから、みんなの目に光はない。

「お前ら!今どんな感じだ?」

 医務室で治療を受けていたハイドが右目に黒い眼帯をして屋上に上がってきた。

 ハイドの問いに答える者はいない。そうなることをハイドは分かっていたのだろう。特に落胆する様子もなくいきなり頭を下げた。

「すまない」

 生徒たちは突然の教師の謝罪に困惑した。

「俺の判断ミスだ。もう少し慎重に行動していれば」

「気にしないで」

 言葉を遮って声をかけたのはニウスだった。

「先生の指示で《脅威》そのものを私たちは倒した。倒したからあれは爆発した。そうでしょ?」

「それは」

 ハイドが頭を上げて狼狽の色を見せる。

「私たちは《脅威》を倒した。その後に起こる爆発を止めることが出来るのは私たちの中にはいない」

「けど、方法はあったはずだ」

「ないよ。今のこの状況こそが私の見た最善の未来」

 嘘だ。レイネスはそう直感した。

 前にハイドが言った『最悪な未来だと世界は終わる。最善の未来だと全員が生きてハッピーエンド』と言う言葉にも嘘を感じた。

 今の状況で最悪な未来が嘘だったとは考えにくい。きっと、あの《脅威》の爆発による消滅はこの島だけにはとどまらないだろう。ならば、ハイドの言った最善の未来が嘘。ニウスの言った最善も嘘なら『この状況は最善でこそないが、全員が死ぬことでハッピーエンド』と解釈できる。

 この期に及んでニウスが最善の未来を隠すのは、ハイドが犠牲とならなければならないから。それは、特殊能力により耳にした。

(先生が死ぬとレイネスも死ぬ。なら、全員で死ぬこの未来が私たちにとっては最善。誰も傷つく必要も、悲しむ必要もない)

 なんて自分勝手なんだと言いたかった。けど、言えなかった。考えてもみろ。ニウスは未来を知っているのだ。何通りも、最悪から最善までの全てを。彼女は彼女なりに考えて彼女だけが悲しみを知ることにした。知らなければみんなは幸せになれるからと。けど、やっぱり自分勝手だ。

 その時、声がした。

 優しい男の声だ。ハイドのものではなく、そもそもこの場から発生された声じゃない。その証拠に、レイネス以外の誰かが声に気付いている様子はない。的確な距離までは分からないけどかなり遠くから発せられているようだ。

「私の声が聞こえるね?お主に救いの手をやろう。世界の危機を、お主が救うんだ」

 声の主はこの場にいないながらも何が起きたのかをしっかりと理解しているようだった。と、いうことは軍の関係者だろうか。

「今は余計なことを考えずに聞いてほしい。お主が今も手にしている大剣は何百年も前のエルフ族である神が使っていた武器。いわゆる神器だ。名を『リエション』という」

 この大剣が神器であることは前にトリアから聞いていたために驚かない。名前だって正直どうでもいい。

「もう少し興味を持ってくれ。知っていると思うけど、神器にはそれぞれ特殊な性能を持つ。お主の持つそれは触れた魔力に直接干渉できる。刀身が魔力に触れている時だけその魔力を操ることが出来ると言った方が理解はしやすいかな?これだけで、賢いお主は何をすべきか分かったようだね。それじゃあ頼んだよ。若き兵士」

 それきり男の声が聞こえることがなかった。

 ただ一方的に武器の特徴を告げられ世界を守るように頼まれた。

 この大剣に、リエションとかいう神器にそんな力があるのなら、やるしかないだろう。けど、怖い。

 島を消してしまうほど強大な魔力に直接干渉して無事でいられる保証はどこにもない。死ぬかもしれない。

 ここでハタと思う。何をいまさら弱気になっているのだと。この学校に入学した時から、いや、兵士になると決めたその時から死を覚悟していたはずだ。いくら生き残りたいとはいっても、兵士になって戦って死ぬことを求めていたはずだ。

 ハイド・ナムハ。数ヶ月前ここに来た新人の新任教師がレイネス・メリケルの心を変えた。生への執着心はあったにせよ、兵となり死ぬという願いを思い留めていた。しかし、彼がそれに拍車をかけた。生きるために戦う。死にたくないと思った。

 変えられた。何もかもが彼という存在によって変えられてしまった。変えられていない唯一のものがあるとするなら、それは兵士になりたいという願い。

『兵士とは世界を守るために戦う。そこで生死を気にしてはいけない』この学校の学園長の言葉だ。入学式の時に聞いた言葉。

 それを思い出してからは早かった。授業でならった魔力を使わなくてもできる気配を極限まで薄める武術を使い、レイネスは屋上からそっと姿を消した。




 場所は変わってミリフェリアから何万キロとなれた神殿。神が普段いる場所にしてトリアの職場。

 コンコンと軽くノックしてトリアは目の前の大きな扉を開けた。

「エスト?入るぞ?」

 神の名前を呼び捨てにしながらただ広いだけの白を基調とした部屋へと足を踏み入れる。

「やぁ、トリア。待っていたよ」

 神は穏やかな笑みを浮かべてトリアを出迎えた。

 白髪で細身の青年。どことなくひ弱そうで威厳のかけらもない容姿をしているこいつこそがアーウェルサを統べる神エスト・テリッサ。トリアの幼馴染でもあるためこの世で一番偉い存在であっても敬語は使わないし使えばエストに気持ち悪がられる。

「で?忙しい俺を呼び出すとは一体どういった了見だ?」

 心底不快そうにトリアは言う。それもそのはず、業務机には何千枚と言う紙の束が放置されているのだ。本来ならここに来て話している余裕もない。

「今すぐミリフェリアに向かってくれるかい?」

「はぁ⁉なんで?まだ仕事が山ほど残っているんだぞ?」

「今行けば面白いものが見られるのさ。そして、これは神の命だ」

 神の命と言われればトリアは従うしかなくなる。神の命は絶対だ。逆らえば死ぬ。

「わかったよ。ただし、俺がいない分の仕事はしといてくれよ?本来はお前がすべき仕事がこっちに回ってきているんだからさ」

「うん。そのくらいはやるよ」

 おい目が泳いでいるぞ?お前絶対にやらないだろ。にしてもミリフェリアね。最後に授業した時からそんなに経たないうちに行くのは初めてだな。エストの言う面白いものと言うのも気になる。神の命を使ってまでだ。くだらないということでもなさそうだ。

 トリアは準備もそこそこに翼を広げて神殿を後にした。

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