#18 《黄金色の脅威》は未来を笑う

《黄金色の脅威》はニウスの予知通り正午にミリフェリア西の森に上陸した。

 どうやってこの島に来たのかは知らない。ただ上陸したとの報告を受け、それが出陣の合図となった。

 ハイドを先頭に道なき森を進み《脅威》の下へと向かう。途中、作戦通りにニトだけが気配を消して別ルートを進む。

 《黄金色の脅威》の周りには何もなかった。正確に言えば下には地面があるし上には空があったが、森の中であるはずなのにその周りにだけ草木が一本も生えていなかった。

「うぅ、植物さんたちが泣いていますよ」

 ラプトは残っている植物たちの声が聞こえたのだろう。悲痛に顔を歪ませている。

「クックック。待ち構えたぞ」

 どこからか声が聞こえた。明らかに生徒でもハイド自身でもない声。ってことは、

「お前さんは喋ることが出来る魔性生物だったか」

 一般的な魔性生物と言うのは話すほどの知性がない。が、魔力が強いと高い知性を持つという研究結果がある。だが、フィメロの報告からは魔力が高くても知性がそこまで高くなかったので完全に考えから除外していた。

 結果として分かったのは《黄金色の脅威》は数ヶ月前に現れた《緑色の脅威》よりもはるかに強いということ。だからと言って慌てるようなことはない。ここにいるのは子供だがただの子供じゃない。ハイドの認める立派な兵士たちだ。

「全員気を引き締めろよ。散開!」

 ハイドの合図で各班が事前に決めた方へと移動する。

 作戦一は既にどこかにいるであろうニトの奇襲。それを成功させるのに必要なのは、陽動。これは各班の班長が担当することとなっている。

「『ウォーターランス』」

「『イビィウィップ』」

「『フレイムバースト』」

「『アイスタスク』」

 息ぴったりの魔力による攻撃は奴が手にした四本の大きな片刃の剣により防がれた。しかし、

「グォ⁉」

 次に聞こえたのは明らかに攻撃を受けたことによる小さな悲鳴だった。

「『鈍重の一撃』」

 気配を消していたニトの死角からのハンマーでの一撃。地面に当たれば地割れが起きるほどの威力を持った大きな衝撃。

 奇襲は成功。

「にゃ!」

 と、ニトは地面に着地し、喜びによるものか小さくそう鳴いて班員と合流した。

「作戦二!開始!」

 当初の予定通り一班と四班が足に向けての攻撃を開始する。それに伴い、二班と三班もそれぞれ動き始めた。

 空の飛べるネクタとシオン。姿を変える特殊能力を持つハドントが空中での陽動を始め、地上に残ったものもそれぞれ魔力による遠距離攻撃で相手を牽制する。

 その間、四班。

「『汝らに自然なる安らぎを。眠りし力を開花せよ』」

「『汝らに光の祝福を。天使の加護があらんことを』」

 ラプトとシントが他の班員に身体能力を一時的に向上させる詠唱術をかけていた。

「うむ。みなぎってきたぞ!」

 エドパスは自身の背丈ほどもある巨大な戦斧を掲げ、宿っている猛禽類の如く《脅威》へと攻撃を仕掛けた。

 目にもとまらぬ速さで足を挟んで反対側へと移動し、通り道にあったそれはぱっくり問われていた。

「なるほど。巨漢のエドパスがあそこまで速く動けるなんてね。じゃあ、僕もやるか。『カマイタチ』!」

 魔力により操られた強風が鎌となり《脅威》の足に無数の傷をつける。が、致命傷にはならない。

「ま、チビ助にはそんなもんかぁ」

「誰がチビ助だ」

「まぁ落ち着きなよ。ここは私に任せてさ」

 トフレのことを煽るだけ煽ってチコは片刃の大剣を手にまるで散歩をするかのような軽い足取りで《脅威》の足元に行く。

「あの、チコちゃん。そんなに近づいたら」

「ラプト、見ていてご覧。彼女は大丈夫だから」

 シントに言われてラプトはチコを見た。

 目に映ったのは振り上げられた《脅威》の足が振り降ろされ今にもチコにぶつかる!そんな瞬間だった。だが、実際にチコへと足が当たることはなかった。ぶつかるその寸前に《脅威》の足が凍り付いた。

「『アイスフィールド』」

 次いで、《脅威》の足元から島の外に向かって氷の道が作られた。

 さらに大剣を手に凍った足を胴体から切断。ただの魔力の塊へと変わった凍り付いたそれをチコは一蹴りすると、その勢いと氷の道により《脅威》の左足だったものを島の外へと落下させた。

「ま、こんなものかな」

 どこからとなく拍手が起きる。それを耳にしながらチコは陽動をしてくれていた他の兵士たちに敬礼した。

 

 同じタイミングで一班。

「四班がやったみたいだね」

「チッ!遅れてたまるか」

 慌てて右足へと駆けだそうとしたロギルの袖をニウスが掴んで止めた。

「ロギルが行かなくても、すぐ終わる。ほら、あれ」

 説明するよりも見た方が早いと、ロギルに足の方を見るように促す。

 そしてロギルは絶句した。

 ハイドとミルムが線にしか見えない速さで足を切り裂き続けていた。

「あの二人ってあんなに早く動けたのか?先生って戦闘型ですらないのに」

「先生は、少し特別。それと」

「私の詠唱のおかげだね」

 えっへんと無い胸を張ってフィメロは言う。

「援護系の術か?いや、だったらなぜ俺にもかけない?」

「うっかり」

「うっかりじゃねぇえよ!そこで舌を出すな!」

「ロギル、うるさい。もう終わるから、見な?」

 うるさいと言われ、さらにもう終わると聞けば黙ってみるしかない。頑張ってハイドとミルムの動きを観察する。

 ハイドの方は手にした双剣で自身の体を何度も捻りながら果物の皮をむくような感じで足の表面を削り細くしていく。

 ミルムの方は武器の大きさを自由に変えられるという特殊能力を駆使し、最終的に自分の背丈をはるか超える剣を振るい胴体から切り離した。

 それでもあの二人は止まらない。

「終わらせる」

「ぶった切る」

 地面に完全につく前にハイドとミルムは足だったものをみじん切りにし、地面に着くころには空気中に溶けるようにしてその姿を失っていた。

「俺の勝ち」

「何言ってんだ先生。オレだろ」

「こんな時に何を競っているんですか。ほら、次、やりますよ」

「「珍しくロギルがまともなことを言った」」

 珍しくは余計だ。てかハモるな妖魔と天使。と思いながらロギルは手にした槍を構えた。


 ―二班

 胴体が地面へと落下し陽動の役目は終わった。

「なんだか不満そうですね」

「ん、そう?」

 頭上にいるタイニーにそう言われてため息を一つこぼす。

 あの《脅威》は弱い。そうレイネスは思い始めていた。油断してはいけないと習ってはいるし、言葉を話すことが出来るほど大きな魔力を持っているのも確かなのだろうけど、そう思わずにはいられなかった。だって、空にいる者たちに気を取られ簡単に両足を失い、失うまで足元でなにが行われていたのかをあの《脅威》は理解できていなかったのだ。

 これならまだ《緑色の脅威》の方が脅威的だった。あれがこの世界に何体かいる《脅威》のうちに一体であることに変わりはないのだろうが、何か魚の骨が喉に引っかかっているかのような違和感。

 何だろう。何かがおかしい。いや、おかしいのではない。ハイドの作戦が上手く行き過ぎているのだ。うまく行き過ぎて、それが逆に違和感となって表れている。

 よく考えてもみろ。奴はまだ一度も魔力の発動はおろか反撃すらしてきていない。空中の陽動に気を取られていたが陽動に対しては特に何もしてこなかった。一瞬だけチコに攻撃しそうな素振りはあったが、あれはチコが凍らせる寸前に《脅威》自らが動きを止めているように見えた。

 なぜだ。足を失っているのにも関わらず奴はどうして笑みを浮かべていられる?答えは単純で簡単。それだけの余裕があるということ。

「タイニー、行くよ」

「任せて」

 ぴょんとレイネスの頭を踏み台にしたレイニーは地面へと降りると、ウサギのように跳ねながら駆けて行った。

 それを追うようにレイネスは巨大な剣を構え四本の腕のうちの一本へと高く飛んで切りかかる。しかし、それは相手の剣によりはじかれ地面へと着地。それも束の間、息をつく間もなく足に魔力を集中。地面を軽く蹴って懐に入り込むと、今度は刀身がしっかりと脇のあたりを切り裂いた。

「鬱陶しい虫共じゃ」

 次の瞬間。《脅威》がそう呟いたかと思うと、魔力が急激に高まった。それを体で感じ取りレイネスは大きく距離をとった。他の生徒たちもまた、急激な魔力の高まりに気付き同じように距離をとる。だが一人だけ、いや、一体だけ逃げ遅れている者がいるのをレイネスは目にした。

 機械族のロイス。彼だけが充分に距離が取れていないまま《脅威》は白くまばゆい光を放った。


 ―三班。

 作戦通り足が切断され、それを確認し総攻撃を始めた。

「シオン、どうするの?」

 メグは班長である緋色の髪の少女へと判断を仰ぐ。

「どうするも何も攻撃するんだよ?」

「そんな分かり切ったことは聞いていないわよ。どんな風にとかないの?」

「どんな風に?じゃあ、全力で」

 メリケンサックを手にはめたシオンが自身の体に炎を纏って《脅威》へ突撃するのを見てメグはため息をついた。

「実力はあるのに決定的なアホだよな」

 メグが今まさに思っていたことをハドントが口にした。

「やっぱりあんたもそう思う?まぁ、いいや。私らもやろっか」

「デスネ。チナミニココノ土壌ハ」

「別に聞いてないわよ」

「ショボーン」

 ロイスの特殊能力は土壌を事細かに知ることらしいが、機械族にしては地味と言うか、それは一つの機能ではないのかとさえ疑ってしまう。戦闘で使うこともないだろうしもっと他に便利な能力でもあればなぁと、自分には関係ないのに思ってしまう。

 なんて、今は考えている場合ではない。両手のチャクラムを構えてメグは地面を蹴った。

 自身のチャクラムに雷を纏わせて剣を握っている指をめがけて投げる。くるくると回りながら相手の指の表面を切り裂いて戻ってきたチャクラムをキャッチしもう一度投げる。

 それに合わせてハドントもとげとげのこん棒を武器に重い一撃を与える。

 その後に遅れてやってきたロイスが魔力を発動した。

「『クリエイトマシネリー:ライトバズーガ』」

 ロイスの体に巨大な砲塔が出現したかと思うと、そこから光り輝く魔力の弾を発射した。着弾した光の弾は爆発してそれなりにダメージを与えたが、それなりにしかダメージを与えられなかった。指には無数の傷があるのに、まだ剣を落とす素振りはない。

(これくらいの方がやりがいもあるわよね)

「『サモンズ―』」

「鬱陶しい虫共じゃ」

「え?」

《脅威》の声を聞き、魔力の発動を中断する。と、同時に大きく後方へ跳躍した。

 奴の魔力が異常なまでに高まっていた。奴が何かをしようとしている兆し。

 何度かバックステップをして充分だと思われる距離まで移動すると、同じく異変に気付いたシオン、ハドントと合流する。・・・あれ?ロイスは?

「メグ、あそこだ」

 ハドントが指したのは《脅威》の足元。ロイスが動くこともなくただじっとたたずんでいた。

「あいつ、あんなところで何してるのよ」

 まさか魔力の高まりに気付いていないわけでもないだろう。じゃあなんで動かないの?

「シオンが行ってくるよ!」

「待って。私に任せて」

 シオンが今から行っても多分間に合わない。往復して帰ってこられるだけの猶予もない。もしかしたら行く分には間に合うかもしれないが、戻ってこられないのなら意味はない。

「あいつの体って特殊の金属よね?なら、いける」

 手を伸ばして何かを掴むような感覚でロイスの体を捕らえ一気に引き寄せる。その瞬間脅威から白くまばゆい光が放たれた。

 あまりの光量に目を閉じ、次いで何かが腹部に当たった。薄く目を開けると、そこにはついさっきまで離れたところにいたロイスの姿があった。

「なんとか間に合ったようね」

「申シ訳アリマセン。マサカバスーガノ衝撃デ電源ガ落ルトハ思イマセンデシタヨ」

「もうちょっと気にしなさいよね。ほら、行くわよ?」

 メグは再度チャクラムに魔力を通し光の収まった《脅威》へと走った。


 ―一班

 ハイドは近くにあった木に登り《脅威》の放った魔力を回避するとともに生徒の全員が無事であることを確認する。

 ロイスの身に何かあったようだが、それは金属を引き寄せることのできる特殊能力を持つメグに助けられたようだ。やはりあの二人を一緒の班にしてよかったと自分をほめる。

 あの白い光は『イグティクション』と『インパクト』の複合魔力だろう。巻き込まれると跡形もなく消滅する爆発を奴は起こした。

 迂闊に近づかせさないために発せられたのだろうが、あれだけ大きな魔力を使えていたのなら、両足を簡単に失わせることが出来たのは運がよかったということだろう。

 木から飛び降りて一班と合流する。当然みんな無事だ。

「先生。次は手を切った数で勝負しようぜ」

「やだよ。俺は勝ち逃げしたい」

「だから先生方は何の勝負をしているんですか。と、いうか大人げな!」

「また今度別のことで勝負しよう」

 ミルムの申し出を断り、ロギルの言ったことも聞き流して考える。

 今回の相手は前回と違って言葉を話すほどの知能がある。だが、言葉を話すほどの知能しかない。魔力はかなり高いようだが、あまり頭はよくなさそうと言うのがハイドの見たままの分析結果だ。

「フィメロ。あいつの数値って今はいくらだ?」

「えーっと、って、あれ?二万三千?昨日見た時よりも上がってるよ!」

 両足を失っての数値上昇。何かがおかしいというのは言うまでもなく明らかだ。

「単にフィメロの特殊能力がポンコツってだけじゃ」

「ロギル、少し黙って。黙ることを、覚えた方がいいよ?」

「ニウスさ、俺に冷たくない?それ前に俺が言ったことだし根に持つタイプだろ」

「気のせい」

「おい。目を逸らすな」

 やかましい音を耳にしながらハイドはふと一人の生徒を思い出した。

 小獣族のタイニーだ。彼の特殊能力は傷を負えば負うほど戦闘能力が上がるというもの。もしも《黄金色の脅威》にも似たような能力があるとすれば納得できる。

 だが、そうなるとハイドたちの勝ち目が薄くなる。だからこそ、集団で挑めば生存率が下がるという予知があったのか。けど、どうする。このままだと勝ち目が薄くなるどころか希望すらも無くなってしまいそうだ。

「ククク。迷っているな?元人間」

「うるせぇよ。・・・って、ん?」

 今話しかけてきたのって一班以外から総攻撃を受けているあいつからだよな?

「なんでお前がんなことを知っているんだよ」

「我はすべてを見通す」

「そんな重大なことを敵である俺に話しても大丈夫なのか?」

「冥途の土産だ」

 つまり、両足を失ってもお前らには勝てる。そう言ったのか。まったく腹立たしいやつだ。

 昨日買ったネックレス型の魔道具を手にして魔力を込める。

『全班長に告ぐ。今回の相手はちまちまやっているとこちらの分が悪くなるということが判明した。よって、強烈な一撃で一斉に攻撃するものとする』

 言い終わると同時に各班で小さなどよめきが起きた。初めて通信と言うものをやったがうまくいったようだ。

『先生、タイミングは?』

『俺が合図を出す。それまでは各自魔力を高めて待機。いいか?俺が指示を出すまで絶対に行動を起こすな』

『了解』

 レイネスの質問に答えハイドは手にしていた双剣に魔力を流し込む。

 他の生徒たちも《脅威》への攻撃をやめて手にした武器や自身の体に魔力を集中させ、大きな一撃を叩き込む準備を始めた。

「ニウス、奴は何をしようとしてくる?」

 隣に立つニウスに未来を聞く。

「一斉に襲い掛かってきた私たちをさっきと同じ攻撃方法でまとめて消そうとしている」

「は?それはどう考えても」

「「ロギルはちょっと黙ってて」」

 喚こうとしたロギルを黙らせ、ハイドはあの程度なら何とかなると確信する。

「俺が一人で突っ込んだ場合だと?」

「何もしないで攻撃を受ける」

 それはきっと、何もしなくても大丈夫だと判断された場合だろう。

「じゃあさ、あいつを万が一でも倒せてしまうような大きなものだったら?」

「やむなくため込んだ魔力を発動して、五割の確率で先生は消えて、五割の確率で合図を出すことが出来る」

「充分だ」

 聞き終わるや否や姿勢を低くして魔力を足に集中。地面を強く蹴って高く跳躍し体を軽く前に倒す。そして空中を蹴って加速。《黄金色の脅威》の首筋に鋭い一撃と、その通り道にあった四本の腕のうちの一本、その肘から先を切断し地面に着地した。

 ただ、この程度の攻撃では奴は魔力を発動しない。首が大きく裂かれようと、腕が減ろうと不敵な笑みを浮かべて動かない。

「すべてを見通す力、ね」

 さっき聞いた能力を復唱する。

 要するに過去も未来も、現在こうして考えていることも奴には筒抜けということだろう。だからといってどうということはない。すべてを見通す力。聞くだけなら便利そうだし実際その通りだろうが必ず穴があるはずだ。便利なものと言うのは全てが便利と言うわけでもあるまい。必ず何かしらのデメリットが存在する。これはどこの世界でも共通している。

 そう考え、手にした双剣のうち一本を地面に突き刺した。今ハイドの頭には一個だけそのデメリットと言うものが思い浮かんでいる。それを試してみる。

 手にした一本の剣を両手で構え、さっきと全く同じ動きで反対側の首筋と、ついでに腕を狙う。しかし、今度は《脅威》の持つ剣に阻まれ、刀身に沿って《脅威》の背後へと着地した。

「同じ動きが通用すると思ったか?」

「逆に同じ動きだと思ったか?」

「グッ」

 背後から小さなうめき声。

 ハイドの言った意味が理解できずに振り返ろうとしたところ、ハイドは剣に通した魔力を発動した。一本の剣に魔力を通すと対になった剣にも同じだけの魔力が込められるという双剣の特徴を利用し、魔力で操作した地面異に突き刺した方の剣で奴の両目を切り裂いた。

 ハイドの頭に浮かんでいた全てを見通す力のデメリットとはつまり、対象を見なければ見通すことが出来ないということ。それを実行し、《脅威》の視界からハイドが消えた時点で作戦は始まっていた。実際、ハイドの攻撃を避けることが出来なかったわけだしその通りだったのだろう。

「じゃ、さようなら」

 またも大きく跳躍して空中で剣を回収。脳天めがけて落下する。

「消えてなくなれ」

「消えるのは・・・貴様だぁ!」

 ここでやっと《黄金色の脅威》はため込んだ魔力を発動した。

 この時を待っていた。知力が低いものは挑発に乗りやすい。それが《脅威》にも通じるかは正直半信半疑ではあったが、うまいこと乗ってくれた。

 先ほどと同じく白くまばゆい光が放たれようとしている。触れると消滅待ったなし。空中では避けることも難しいだろうな。・・・で?わざわざ挑発までして魔力を発動させたのだ。何も対策をしていないわけがない。

 剣に集中していた魔力をここでようやく解き放つ。同じく剣から白い光が放たれ、奴の魔力を相殺した。

 そして知力がそんなに高くない奴は何が起きたのかわからず呆けているようだ。

「・・・今だ、やれ!」

『了解!』

 魔道具を通しての指示に班長達が答え、花火のように色鮮やかな魔力の集中砲火により《黄金色の脅威》の体は分裂。さらに各自が手にした武器で切り裂かれ、潰され、砕かれ、燃やされ、奴の魔力でできた体は空気中に溶けるようにして消滅した。

「やったー!」

 あたりに響く大歓声。見事この戦いを勝利に収めることが出来たんだ。それは、立派な兵士になれたとともに世界を守ったということでもある。喜ばないわけがない。

「先生、大丈夫?」

 この声は、レイネスか。

「大丈夫そうに見えるか?」

「ううん。全然」

 だろうな。自分が空中にいるのも構わずここがチャンスだと攻撃命令を出した。その結果、攻撃を受けた《脅威》の一番近くで魔力の花火を見ることとなり、その余波でうつぶせに倒れ動けずにいるのが現状。

 レイネスの助けで何とか立ち上がったもののどことなく違和感があった。いや、体の調子が悪いとか睡眠不足と魔力の過剰放出のせいでだるいとかでもない。何と言うか、視界が狭かった。と、レイネスがじっとこちらの顔を見ているのを目にした。

「何だ?俺の顔に何かついているか?」

 しかし首を横に振られた。

「逆。ないの。あるべきものが」

 なぜか涙ぐむレイネス。その涙と碧い瞳をみてやっと自分の顔の違和感に気付いた。

 右目を閉じた。視界に異変はない。異変がないということ自体が異変なのだとハイドはこの時気付いていない。

 左目を閉じた。真っ暗だった。光が一切ない闇そのものだった。

 つまり、ハイドは右目の視力を完全に失っていた。と、言うよりも眼球そのものが消滅していた。レイネスの言う「あるべきものがない」とはそう言うことだ。

「大丈夫、じゃないよね」

「かすり傷だ」

「トリアが言うと説得力があるかもしれないけど先生が言っても信用ならない」

 だよな。わかってる。けど、痛みも何もないんだ。

「あの野郎。最後の最後までやってくれたな」

「言ったであろう?全てを見通すとな」

 どこからか、声がした。その瞬間歓声は消えて場が凍り付いた。

 あいつの声だ。どこだ?あいつはどこにいる?残った左目へと魔力を集中すると、奴がいた場所にまだ奴の魔力が残っているのが確認できた。

「ではさらばだ。若き兵士たちよ」

 奴の魔力が今までにないほどに高まった。これから何が起こるのかは簡単に理解できた。

「全員退避!急いで学校に向かえ!」

 ハイドの指示に生徒の全員が戸惑いながらも従った。

 ハイドもレイネスの手を借りて戦場を後にする。

 直後。誰もいなくなった戦場で大きな魔力が爆発を起こした。



 ハイドは忘れていた。《脅威》とは数値では図りしえない大きな力を持っているということを。

 ハイドは忘れていた。魔性生物は自分が死ぬときに魔力を放出して爆発するということを。

 ハイドは理解できていなかった。《脅威》と呼ばれる強大な魔力の塊が、魔力を放出して爆発することでどんな影響をもたらすのかを。


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